第19話 交流1

 愛美は何度も訪問しているMASATOのブログのゲストページを開いた。


 『MASATOさん、はじめまして。訪問ありがとうございました。MASATOさんもアボカド育ててらっしゃるんですね、お互い大きく育てられるといいですね。ファン登録もありがとうございました。私もファンボタン押していきますね。これからもよろしくお願いします』


 書いてから何度もこれでいいか読み直して、投稿ボタンを押した。


 ここに書く言葉は重要だ。特に『はじめまして』の言葉をここに加えることは重要だ。


 MASATOが先にAIに対してアクションを起こした。MASATOがAIというブロガーを見つけ、交流を持とうとした。そのことが、のちに重要になってくることがあるかもしれない。そんなことを思っていた。


 ファンボタンを押して、MASATOの記事のページを開くと、今までと違う世界の一部が見られた。


「やっぱり……ファンだけが見ることができる記事もあったんだ」


 知らなかったMASATOがここにいると思うと、少しだけ出遅れた気がして、悔しい気持ちが湧いた。


 こんな感情を持つことが自分でも不思議でならなかった。だって、真崎先生って、つい最近まで存在すらたいして意識していなかった人なのだから。


 MASATOの一番最近のファン記事は、サーフィンをしている海でその様子を写したもので、一緒に行った人に写してもらったと思われる一枚で、夜明けをし始めたばかりの薄青い空を背に、カメラに背を向けボードの上に乗っている、まさに今、サーフィンしてますな写真が記事と共に載っていた。


     サーフィン(F)


   いい写真でしょ?


   海はいいねぇ……嫌なことも飲み込んでくれる。


   明日はもっと早くこようかな。


   ……誰もいないうちに。



そんな記事のコメント欄には、


 『内緒さん、大丈夫ですよ。そうですそうです、あそこの海です』


そんなMASATOの書き込みだけが見えていた。


 内緒さん……か。あそこの海です……か。


 これはきっと、さつきさんが内緒でコメントした返事なんだろう。ラーメンのやり取りで、さつきさんが同じ県内の、それもそう遠くないところにいる人なのかもしれないとは思っていたけれど、それが確実なことになった。


 さつきという人は要注意かもしれないと愛美は思った。下手に交流を持つと、自分も近くにいる人だとこの人にバレる。そんな気がした。


 女の勘って侮れないと、それは高校生の愛美でさえ感じるほどの人付き合いはしてきたつもりだ。


 それにしても、『嫌なことも飲み込んでくれる』という一文には引っ掛かりを覚える。MASATOに何か嫌な出来事が起きたのだろうか?

 

 愛美はその、『嫌なこと』が気になり、MASATOの記事にコメントを残す時、注意が必要だと感じた。


 愛美は遡ってMASATOの限定記事を読み進めた。



     道化師(F)


   道化師って、なんのことだと思いますか?


   一般的に、これを「ピエロ」と呼ぶんでしょう。


   でもね、ピエロっていうのは一人の道化師の名前なんですよ。


   それをひっくるめて「ピエロ」と呼ばれてしまうことに、


   多少の違和感を感じてしまいますが、


   それでも、たくさんの子供の笑顔を見ていると、


   そんなことを考えている自分がとても小さく思えたりもします。


   今日もたくさんの子供の笑顔に自分が救われてきました。



 その記事の下に、ピエロの……いや、道化師の姿をした人が被る帽子のつばを掴みポーズを取る姿が写る写真が載っていた。これはたぶん、MASATOだ。


 よーく見ても、そう言われなければMASATOだとは思えないほど、素顔のわからない姿だった。


 『これ、MASATOどのですか?サーカスにでも出てるんでしょうか?MASATOどのは教員でしたよね?』


 『さつきさん、はい、これは自分です。あるワークショップに参加したことをきっかけに、ボランティアでクリニクラウンをやっています』


 はじめて聞く言葉だった。


 愛美はそれが何なのか、目の前にあるパソコンを検索してウィキで調べてみた。


 クリニクラウンとは、入院中の小児の病室を訪れ、遊びやコミュニケーションなどを通じて心のケアをする専門家のことなんだそうだ。


 MASATOの、また違った意外な一面を知り、めんどくさがりの自分と違って、サーフィンもそうだけれど、こんなにもアクティブにしているMASATOを知り、どうにも今まで感じたことのない感情に心を動かされている自分を感じていた。


「あれ?なんか揺れてる?」


 周りを見渡して、一瞬地震かと思った揺れが自分の鼓動だったことに気付き、息詰まるほどの感情が押し寄せてきていた。


 愛美はその感情の揺れを鎮めるため、大きく息を吸って、深くそれを吐いた。



     ねえさん(F)



   「ねえさん」と呼んで慕う人が自分にはいる。


   この仕事に就いたとき、新任だった自分の指導を担当してくれた人だ。


   ねえさんが大変な思いをしているときには、


   何かしらの力になれないものかと、強く思う。


   自分にそれほどの力がついてきているのかわからないけれど、


   今の自分の基礎となるものを作ってくれた人だから


   助けを必要としているときには、力になりたい。


   そんな自分になれるよう、頼ってもらえるようになれるよう


   日々、精進していきたいと思う。



 「ねえさん」か。


 本当のお姉さんじゃないのにそう呼ぶって、頼ってもらえるようというより、まだ全然頼っているみたいだな。でも、それほど信頼している人がいるということか。


 MASATOって、たくさんの人と関りがあって、いつも沢山の人が周りにいるんだな。そう思うと、何故か自分の孤独感のようなものを強く感じた。高校生の自分にそんな多くの人脈がないのは当たり前のことだとも思うけれど、まだ知り合ったばかりのMASATOだって、知らない人には違いないけれど、でも本当は真崎先生で知っている人だけれど、でもやっぱり知らない人で、そのMASATOの知り合いの輪の中に、いや、真崎先生の輪の中に生徒の自分はきっと絶対に入れないんだろうと思うと、恐ろしく孤独感を感じてしまった。


 愛美は自分でも不思議なこの感情に、どんな名をつけたらいいのかわからず、ただ感じた寂しさに途方に暮れた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る