第14話 出会い13 MASATO

 2日続けて有休を取り、昨日に引き続き早朝から海にいた真崎直人は、昨日とは打って変わっての静かな波に、早々にサーフィンをすることを諦め、朝食用にどこかで食事をと帰路についた。


 今朝も一緒だった増本正広は既婚者のため、朝食は家でだ。

 今日はせっかく有休で、ゆっくり波を楽しむつもりでいた増本は、昨日のような波でなかったことに心底悔しそうな顔を見せていたが、今日から3連休の増本は朝食後に家族で旅行に行くと話しており、自分の帰宅待ちだと言うので、予定よりも随分と早く帰られるのだから、それも悪くないだろうと仲のいい夫婦ぶりを直人は少しの羨望を持ちつつ口にした。


「まあな、いつも帰りが遅くなるし、休みの日くらいはあいつの相手をしなきゃな」


「そんなこと言って、顔がニヤけてますよ」


「真崎さんも、さっさと結婚しろよ。彼女は今日も仕事か?」


「ああ、まあ、そうですね」


 帰り際のそんな話を思い出しながら、直人は別れたばかりの宮前塔子のことを考えていた。そのことを先輩教員の増本にもだが、塔子を知る友人たちの誰にもまだ話せずにいた。いつプロポーズをしようか、それを考えていた矢先の別れ話で、まだ全く心の整理などついていないのだ。


 直人はそんなことを思いながら車を走らせていて、気付いたら前日と同じラーメン屋に来ていた。


 早朝から開いているこのラーメン屋は、昼のだいぶ前からでも行列ができる人気のラーメン屋だが、さすがにこの時間は行列はなく、それでも混み始めてくるこの店は、海に連れてきていた塔子と海の帰りに何度も食べに来たラーメン屋だった。


 昨日も食べたラーメンだったが、今日もまた食べよう。


 塔子の柔らかな肌に触れ、暑く火照った身体を冷ますように波に興じ、浜辺に昇りはじめた太陽と重なる自分を見るのが好きだと、ボードに立つ自分に手を振るのが好きだと言っていた塔子の姿がまだ瞼のすぐそこにあるうちは、2人の場所を避けなくていいのではないか。直人はしっかりと塔子と別れるために、自分を痛めつけるように塔子との思い出を辿っていた。


 家に着くと、いつものように浴室でボードを洗いベランダに立て掛け、ウエットスーツも干して、部屋を出る前に回しておいた洗濯機から洗濯物を取り出して干し、起きたままで出掛けてしまったベットを直していると、ふわっと塔子の匂いを感じた。


 自分の何がいけなかったのだろう?塔子は、


「ごめんなさい。あなたの何がいけないとか、そういうことじゃないの。ごめんなさい、私、……今の職場に異動してから……気になる人ができてしまって、でも、だからって私には直人がいるし、その人とどうって、考えもしなかったの。でも……」


 ようするに、その『気になる人』も、塔子のことが『気になる人』になっていただけだ。


 お互いにそんな気持ちだったことを年末の忘年会で知り、一気に気持ちが燃え上がってしまったようだ。そんなこととも知らずに、その後も部屋に来ていた塔子が、今までと同じようにその柔らかな肌に触れる自分に身を任せてくれていたことで、全くその気持ちに気付けていなかった自分が憐れで憐れで仕方がなく、その湧き上がる怒りに似た悲しみを向ける術を持たない自分は、怒ることも泣くこともできず、携帯に残る塔子との写真をまだ消すこともできず、それを見ることもできず、ただただ、悶々とした日々を過ごすしかなかった。


 想いを受け止めてくれる人がいなくなった直人は、機械に向けてそれを書くことにした。


 そうしてはじめたブログでも、画面の向こうに生きている人がいると思うと、そのことを素直に書くことができず、なんとなく日々の日記のようにそれを書いていた。



     海


   今朝も海に行ってきた。


   でも昨日とは違い、波は静かで穏やかで、それが今朝は悲しかった。


   M先生も同じで、せっかくの有休でこれではと、早々に帰って行った。


   自分はときたら、昨日とまた同じラーメン屋に寄り、


   昨日と同じラーメンを食べ帰宅。


   昨日と同じ今日の始まり、我ながら芸がない(笑)


   部屋の片付けもなんとなく済んだし、


   さて、今日はどうしよう。


   朝からビールでもいっちゃおうか?


   有休バンザイ(笑)


   明日は職場の若手たちとネズミの遊園地だし、


   早起きは慣れているけど、念のために今日は早く寝ることにしよう。


   と、朝から書くことじゃないな(笑)



 そこまで書いて更新すると、自分のゲストたちのページを覗きにネットサーフィンに興じた。

 そうして文字を眺めているうちに、直人はいつの間にか眠りに落ち、寄りかかっていたベットから身体が横にずり落ちそうになり、ハッと気づくともう昼を過ぎていた。


「まだお腹が空かないな……でも何か買ってこないと、冷蔵庫になにもなかったし」


 昨夜、夕方のスーパーで割引きになっていた海鮮丼を買ってきて食べたあと、柿の種をつまみに冷蔵庫にあった残り2本のビールを飲み干していたため、記事に朝からビールとは書いたものの、それにないことに気付き、後で買いに行こうと思っていた。


 ビールなど大量に買い置けばいいのかもしれないが、日によって飲みたいメーカーが変わることがあるため、多くても6本ひと塊で買うことを習慣にしていたのだ。また割引がはじまる夕方にでもスーパーに行こうかと、つけっぱなしのパソコン画面で、今朝の記事に書かれたコメントを2つ確認すると、返事は夜にしようとパソコンを消そうと思い、ふと、その前にと、訪問者履歴をチェックした。


 記事を更新した日には、いつも履歴をチェックしていた。

 訪問数が表示されるが、その数字と履歴の数が合わないことがある。それは、ログイン外の数字を知るためと、タイトルで記事が気になり訪問してくれた人を知るためであり、それ以外の理由は特にはなかった。ただ、タイトルを見て来てくれた人の中には同じ趣味の人がいることもあり、交流を持てる人がいるかもしれないという気持ちも、ささやかだがあったのだ。


 そしてそこには、上からよく目にするゲストの名が4つほど並び、その下に『AI』という履歴を見つけた。


「AI?誰だっけ?新規さんかな?あれ?でも見たことがあるような……」


 直人はその履歴からAIのブログへと飛んだ。



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