第13話 出会い12

 翌朝も、春休みのいつもと変わらない朝を過ごし、昨日と変化のないアボカドの水を新しいものに取り換えると、すぐに自分の部屋へと向かった。


 今日は、母が有休で家にいるため、朝ご飯の片付けや、掃除洗濯物干しから解放され、美菜の相手もしなくて済むため、いつもよりだいぶ早くパソコンに向かうことができた。明日からのディズニーや、中学進学に備え、母と美菜は午前から買い物に出かけるので、思う存分に自分のためだけに時間が使える。本当は愛美も一緒に行くはずだったが、気持ちがそれどころではない愛美は、宿題が終わらないことを言い訳に使った。


「じゃあ、お昼はカップ麺でもいい?何も準備がないわ」


 朝、愛美が行かないなら昼前に帰ると言っていた母に、美菜がランチを楽しみにしていたから2人で行ってきてよ。なんなら洗濯も取り込んでおくからゆっくりしてきてと愛美が言うと、そう言う母に、いいよいいよと返事をした。これならば、何の気兼ねもなく気楽なまま、途中で部屋を覗かれる不安もなくなるのでパソコンをつけっぱなしでもいいし、実際、有り難い。


 パソコンを立ち上げ、いよいよ今日はログインしたまま自分の履歴をMASATOのブログに残すため、自分のブログを先に開いた。そしてホームにNEWの印があったアボカドの記事を開くと、そこには初めての訪問者がいた。


 『こんにちは。アボカド育ててるんですね。自分もやってるんです。いくつか成長をしているアボカドをUPしているので、よかったら見に来てください』


 『テツさん、訪問ありがとうございます。アボカド成長しているんですね。ぜひ参考にさせてください』


 そう書き込むと、テツさんのブログへを飛んだ。


 テツのブログにはアボカドの成長がいくつかの段階でわかるような写真がUPされていて、やはり最初にアボカドの成長の検索をして読んだ文章にあったように、芽が出るまでは3週間から1ヶ月ほどかかるようだ。となると、たった1日で根らしきものが出て種に割れ目が出た愛美の種は、この先、そう簡単には成長してくれそうもないなと、昨日と全く変化のない種を思い浮かべ、MASATOの目を引くために、いくつもアボカドの記事を続けてあげることもできないかと、心底ガッカリした。


 愛美はテツさんのゲストページを開くと、コメントのお礼とファンになるためにボタンを押していくと書き込んだ。


 愛美は自分のブログに戻ると、まず、自分のところの訪問者履歴をクリックした。


「えっ、うそ……」


 身体中の血液が沸騰するような感じとは、こういうことだろう。その言葉の意味がはじめて理解できた気がした。『カーッ』っと身体中が熱くなるその感覚が、愛美を一気に襲ったのだ。


「うそみたい……MASATOの履歴がある」


 上から3つ目、SUN、テツに続いて、その下にMASATOがいた。それを目にした愛美は、嬉しいとか喜ぶとかそういった感情では言葉に表せられないような、自分でも抑えられなくなるほどの鼓動を感じ、その熱さで汗ばみ始めた首筋に風を通すために、長い髪をかき上げた。


「どうしよう。でも、履歴があっただけで書き込みはない。でも、これなら履歴から来ましたって、MASATOのブログに書きこめる。でも……でも、どうしよう」


 自分からアクションを起こしたくない愛美は、どうやってMASATOが先に書き込みをくれるか考えた。


 もし、もしも万が一にも、いつか現実のMASATOを知っているということがバレたとしても、お互い近くにいる同士だったということがバレても、それを知ってて交流を持とうとしたわけではない、あくまでも偶然に、たまたまそうだっただけだという事実を残すためにも、MASATOのほうから先に交流を持つようにして欲しかったのだ。


 そのためにも、まず、とりあえず当初の予定通り、自分の履歴をMASATOのところへ残す。


 それは今日の予定にはなかったはずの、MASATOの方が先に履歴を残してくれたのだから、自分がそれを辿って履歴を残しても何の不思議もない。これは実際、嬉しい誤算であり、MASATOの方から先に愛美のブログを見つけてやってきたその事実は、元々愛美が願っていたことでもあったのだ。


 愛美はその自分のところの履歴にあるMASATOの名を押し、MASATOのブログへと飛んだ。


 MASATOのブログの訪問履歴を開くと、一番上に『AI』と表示された。

それを目にし、先程感じたのと似た身体が熱くなる自分を感じ、いったん収まった胸の鼓動をまた感じ、それを鎮めるため、いったん自分のブログへ戻ると、ネコのブログへと飛んだ。


 ネコさんのブログでは、前日に友達と遊びに行った小学生の息子さんが、コンビニで持っていたお小遣いギリギリまで使い切ってカードを買ってきたことや、そのカードを友達と交換したことが載せられていて、いくらなんでも買い過ぎだと憤慨していた。


 男の兄弟がいない愛美にとっては、そのカード遊びがそんなに面白いものなのかよくわからなかったが、


 『お小遣い全部を使っちゃったら、今月はもう使えないでしょうけど、3月ももう終わるし、だから使い切ったのかも』


 そんなコメントを残しながら、鼓動を鎮めることに少しだけ成功していた。


 そして、SUNのブログへと飛び、今日の空という昨日の空の記事に、


 『曇り空だったんですね。私のところは昨日も青空でした。明日はディズニーに行くので……


 と、そこまで書いて、これだと私がどこの誰かわからなくても、明日ディズニーに行くことがわかってしまう。ということは、万が一にも自分が土産を渡した誰かがこれを目にしたら……そう思った愛美は、


 『曇り空だったんですね。私のところは昨日も青空でした。明日は出かけるので、晴れるといいな』


 先に書いた分を消して、新たにそう書き込んで、自分のブログへと戻った。

 

 ディズニーなんて、ものすごい人がいるんだし、自分がそこにいることに対してそこまで気にする必要はないと思っていても、両親がいつも口煩く言っていたデジタルを扱うことに対して慎重にという教えが、もともと慎重な質の愛美に輪をかけて慎重にさせていた。



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