第7話 出会い6

 愛美はゲストページに書き込んだ自分の投稿の下にあった一つの書き込みに目をやった。そこには、『履歴からきました』の文字があり、そうかその手があったかと、自分のブログにある訪問履歴を見てみた。


 MASATOが自分から訪問してくれないかな。


 当然のことながらMASATOの履歴はない。


 真崎先生は特に好きな先生でもなく、というよりほぼ接点のない先生だけれど、パソコン、ネット、そういった愛美にはまだ未知のツールを利用するにあたって、誰なのかわからない見ず知らずの人を相手にするよりも、知っている人というだけで1つの安心感が得られるような気がして、なんとかMASATOと交流を持てないものか、それもMASATOの方からやってきてはくれないかと考えていた。


「やっぱ共通の記事とか、書く必要があるな。趣味の中にある読書はどんな本を読んでるのか、記事にはその辺が詳しく書かれたものがないし、私がやれることは、やっぱアボカドかな……」


 愛美はもちろんサッカーやサーフィンなどしない。MASATOの自己紹介にあった、『祭り』も、どこのなんていう祭りかもわからないし、もしかしたらその辺の詳しい記事は、ファンボタンの向こうにあるのかもしれない。まずはそう、MASATOと知り合わないことには何も始まらない。


 愛美はアボカドサラダ好きの母親が冷蔵庫に買い置きをしていなかったかなと、意識して見ていなかった冷蔵庫の野菜室を探りに階下へと向かった。ついでにまたアイスコーヒーも飲もうかとリビングに向かうと、美菜が里奈とちょうどパンナコッタを食べているところだった。あ、もう3時か。


「里奈ちゃん、いらっしゃい」


「こんにちは。マナちゃん、これすっごく美味しいね」


「そう?美味しくできた?よかった。じゃ、また作ってあげるね」


 先に洗濯物を取り込んでしまおうと思い、2人が座るソファの後ろを通り、リビングから庭へ出た。洗濯物を抱えて庭から戻ると、美菜が口をモグモグさせていた。


「お姉ちゃんも一緒に食べる?」


「ううん、今はいいわ。これたたんだらまたコーヒー持って2階に行くから……」


 そうだ、パンナコッタ!

 

 愛美は先程のネコさんのブログで目にした食事の写真を思い出し、こういう手作りのものを写真に撮って載せるのもいいかもしれないな、MASATOもアボカドの記事だけじゃなく、こんなふうに手作り女子に好意的かもしれないし。


 洗濯物をたたみ終え、冷蔵庫の野菜室を探ると、「あ、あった」やはりアボカドがある、それも2つ。今夜なのか明日なのか、いつ使うつもりなのかわからないけれど、この種をもらおう。  


 愛美はアイスコーヒーを入れるのも忘れ、再び部屋に行くと一度は消したパソコンを立ち上げ、アボカドの育て方の検索をした。


「なるほどね、やっぱMASATOが書いていた水耕栽培っていうやり方が一番いいのかも」


 アボカドの育て方を載せているサイトをいくつか検索してみて、それが一番わかりやすいように思う。そしてこれも先程のパンナコッタと同じように、写真に撮ってブログにUPしてみるのもいいかもしれない、それを目にしたMASATOが訪問してくれるようになるかもしれないと、愛美は記事を書き始めるより先に、あれこれとどう進めていくのか考えを巡らせていた。


 これこそ、自分がブログタイトルにした「日常」そのものではないか。

 ブログの方向性が見えたところで、次の読書ネタになる予定の本を読んでしまおうと、パソコンを閉じた。


『その道化師の名は』を読み始めて集中し始めたとき、ふといつもと同じように喉を潤そうと手を伸ばし、愛美はアイスコーヒーを入れ忘れたことに気付き時計を見ると、4時半だった。コーヒーを入れひと休みしようと下に行くと、ちょうど美菜と里奈がリビングから出てくるところだった。


「あ、お姉ちゃん、ちょっとコンビニ行ってくるね」


「そう。あ、まだ31日までは小学生なんだからね、5時半までには戻ってきてよ。お母さん帰ってきたときにいないと怒られるよ。私にまでとばっちりがくるし」


「わかってるって。里奈ちゃんちは5時までなんだから。コンビニ寄って里奈ちゃん帰るし」


「お邪魔しました」


「うん、またおいで」


 2人を見送ると、そうだ、誰もいない今、パンナコッタの写真を撮ってしまおう。そう思った愛美は、飲みたかったコーヒーのことはすっかり忘れ、リビングの扉近くにある電話台の一番上の引き出しを開けた。


 ここにデジカメを入れてあるのは知っていた。

 両親が、なにかと私たちを撮りたがるので、自分にも撮らせてくれと、幼いころから両親にせがんで撮った経験が何度もあり、子供の頃から愛美もデジカメの扱いには慣れていたのだ。


「あったあった。あ、そうだ、SDカードは自分のものにしよう。早くしないと美菜が帰ってきちゃう」


 愛美は自分の部屋に行き、机の引き出しを開けると、自分専用のSDカードを取り出し、カメラに入れ替えリビングに戻ると、写真に撮るなら背景はとずっと考えていた場所、出窓にかかるレースのカーテンのその前に冷蔵庫からパンナコッタを出し、出窓に並ぶ小さい多肉植物を横に寄せると、空いたスペースにパンナコッタを置き、大きさを変え3枚撮ると、急いでカードを差し替え、デジカメを引き出しにしまった。


 ブログを書くなんて両親が知ったら、絶対になんか言われるに決まっている。

両親共にネットを使うことに対して、愛美にも常に慎重であるようにと煩く言っていたのだ。


 そんなこともあって、ブログを書き始めるにあたって、交流する中に知ってる人がいることが、やはり愛美にとっての小さな安心感になると思ったのだった。

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