第6話 出会い5

 更新ボタンを押すと、自分のブログにはじめての記事が載り、自分で書いたばかりの記事を読んでいると、胸の鼓動が高鳴り始めるのを感じ、これでMASATOに少しだけ近づけた。愛美は、そう思った。


 愛美は昨日パソコンにブックマークした同じ本を読んでいた女性と思われる一人、『ネコ』という人物のブログを開いた。


 ネコのブログの書庫の中から読書を開き、「ふわふわさん」のタイトルを押すと、その記事が出てきた。愛美はそのコメント欄に、


 『はじめまして。私もこれ読みました。人の感情というもは、それを持つ人がいなくなっても、どこかに浮遊し残っているのかなと考えると、なんだか怖くもあり、けれど人によってはその感情を受け取り大事に扱うのかもしれないなとも思いました』


 昨日考えておいたコメントを書き込んだ。

 そのあと、もう一人、『SUN』という、男性と思われる人のブログに行き、同じようなコメントを残した。


「さてと、パンナコッタ作っちゃお」


 時計を見ると、11時を少し過ぎた頃だった。


 どうせすぐに反応があるわけないだろうと、いったんパソコンを消すと、残り少ないアイスにしては生ぬるくなってしまったコーヒーを飲み干し、席を立った。


 美菜とともに ナポリタンになった昼食を済ませると、冷蔵庫に入れて1時間近く経つパンナコッタを取り出し、イチゴジャムで作ったソースをかけ、食品棚にあった桃の缶詰を開けて1cm角に刻んでそれを乗せると、また冷蔵庫に戻した。


 その作業をずっと目で追っていた妹の美菜は、


「おいしそ~う。はやく食べたいなぁ~」


 と、手をグーにして胸の辺りで揺らしていた。

その仕草が幼過ぎて、とてもすぐに中学生になる年齢には見えない。自分がその年の頃には、少しくらいは母に言われて食事の手伝いをしていたはずだ。残った桃を容器に移してしまおうとしていた中からフォークに刺して汁を切り一つ取り出すと、美菜の口に向かって、「ほら」と差し出した。


「やったぁっ」


「美菜、それ食べたら洗っておいてね。お姉ちゃんは部屋で宿題やってるから、里奈ちゃん来るまでテレビでも観て待ってるさ」


「うん。昨日録ったやつ観てる」


 謎を解く番組が好きな美菜は、これを毎週録画している。リアルタイムで観ればいいのに、それだと考えている間に答えが流れて、番組がどんどん進んで行ってしまうので、自分が考えている時間がなくて、美菜はパニくるのだ。美菜は謎が出た瞬間、一時停止して自分で答えを探し出してから、答え合わせのように一時停止を解除しを繰り返していくのがこの番組の美菜の見方だった。


「3時頃にパンナコッタ出して食べてね」


 美菜は桃で口をモグモグさせながらうんうんと2度ほど頷き、使ったフォークを洗うと、早速テレビをビデオのチャンネルに合わせ、録画データ画面を呼び出し、謎の番組をつけた。それを確認して、愛美はリビングを出て2階へ上がった。


 初めての記事、なにか反応はあるかなとドキドキしながらパソコンをつけブログを開いた。

 

 すると、早速管理人のホームに反応があった。まず、記事へのコメントが2件あり、その片方は愛美がコメントを入れたネコさんだった。


 『AIさん、こんにちは。私の記事へのコメントありがとうございます。伝えたいことは伝えたい時に相手に伝えるようにしたいというところ、私も同感です。ただ、どうしても上手く伝えることができないこともあるのかなと思います。そしてそうした感情の方が、想いを残すんでしょうね』


 『AIさん』か。なんだかちょっと別人になったみたいだな。


 愛美はハンドルネームを何にするか、ブログを開設するに当たり長いこと考えていた。


 友人たちは愛美をマナと呼ぶ。だからって、マナにするわけにはいかない。

自分がそうだったように、誰かが愛美の名前からここを探り当てるなんてことは絶対に避けたかった。


 そこで名前の漢字にもある、『アイ』ならば、割とありがちな名前だし、名前というより、『愛』という言葉を使いたがる人は多いのではないかと思ったのだ。


 『愛』だし、『あいうえおの、あい』だし、始まりという意味でもそれがいいと思ったのだ。

そうして決めたハンドルネームを『愛』にしようか、『アイ』にしようか、『あい』にしようか、さんざん悩んだ挙句、『MASATO』のように『AI』にしたのだった。


 もう一人コメントを入れてくれたのは、以前この本を読んだことがあるというリョウという人だった。


 『はじめまして。自分もこれ読みました。自分には見えるという感覚が多少理解できるので、なるほどなあという感じで読みました』


「見えることが理解できるって、この人、見えるのかな……」


 愛美は2つのコメントを読み終えると、もう一つ、ゲストページに書き込みがある知らせがホームにあったので、ブログ画面のそのページを開いた。


 『AIさん、はじめまして。ブログ始めたばかりなんですね。私がここへの書き込み第一号のようです。先ほど私の記事へのコメントをいただき、ありがとうございました。同じ読書が趣味ということで、これからもお付き合いをよろしくお願いします。ファンボタン押していきますね』


 ネコさんがファンボタンを押してくれた。これで自分もネコさんのファンボタンを押してもおかしくないはずだと、愛美は自分の目論見通りに話が進み、その書き込みを見てニンマリとした。


 愛美は早速そのコメントに返事を書き込むと、ネコのブログへと飛んだ。


 愛美はネコさんのゲストページを開くと、そこへ自分の記事へのコメントの礼と、ゲストページへの礼も入れ、自分もこれからネコさんと交流を持ちたい旨書き込み、ファンボタンを押した。


 すると、ネコのページでは先ほどまで目にしていたものとは違うページが、予想以上に多く表示された。


 そこにはネコの家族のことが書かれた記事が現れ、ネコという人物が主婦であること、小学生の子供が2人いて、家族でのお出かけや子育ての悩み、学校のことなど、表面には見えていなかったたくさんの記事が現れ、新たに知ることがとても多かった。


「やっぱ主婦だったか。もうちょっと若いと思っていたけど、子供が2人もいたんだ。全くわからなかったな」


 それまで見えていた記事には子供のことなど全くなく、時々現れる夕食の写真やランチの写真などから若い夫婦2人なのかなと想像をしていたので、愛美は相手を間違えたかなと、年齢がかなり上だと思われるネコという人物と上手く交流していけるか少しだけ不安になったが、そんなネコさんは、愛美にこのブログというものの新しい側面をたくさん教えてくれた。


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