メリーさん2

 わたし、メリーさん。今、○○の前に居るの――


 それが、メリーさんの口癖である。その一言を伝える為に何度も電話が鳴り、最終的には自分の背後に居ると言う。


「単純明快な話だが、【メリーさん】は会おうとして会える存在じゃない」


 部室に戻ったセージは藤崎に対して、【メリーさん】の大筋を話していた。


「こういう都市伝説ってのは身近な物に対する恐怖を演出する意味で語られるものでな。【メリーさん】の場合は“電話”だ」


 日常的に人が使う「電話」という通信手段は今では当然のように世間に浸透している。「電話」に関わる都市伝説はいくらでもあるが、特に【メリーさん】はその代表的な例と言えるだろう。


「他の都市伝説みたいに、どこかに行けば呪われるとか、何をすると引き込まれるとか、そう言った規則が無い」

「だから……会えないってこと?」

「待ち合せもしていないのに友達と街中で意図的に会うなんて不可能だろ? それが、お互いに認識していない他人同士なら尚の事だ」


 会おうとして会える存在じゃない。だから都市なのだ。

 そもそも、自分から進んでそういうのに触れようするのは、常識を理解していない阿呆か、怖いもの知らずの阿呆だけだろう。


「藤崎は阿呆には見えないけどな」

「?」

「セージは阿呆ですけどね」

「オレは酔狂なだけだ」


 少し離れた所でノートPCを操作しているナゴは、作業をしながらもこちらの話を聞いていた。


「でも……深夜0時00分00秒にxxx-xxxx-9999に電話するとメリーさんから電話がかかって来るって――――」

地元うちの【メリーさん】か。これも典型的な例だな」

「え?」


 額を抑えながら、やれやれと息を吐くセージは、その解釈について説明する。


「薄く広がった情報は各所によって解釈が異なってくる。【メリーさん】もその典型的な例の内さ。他にも似たような怪談が生まれたり、結末が多く用意されているのはその所為だ」


 人が伝える情報はその根幹周辺ではほぼ誤差なしに伝わるが、広い範囲に拡散すると、その端々では別の解釈として創られることが多い。


「正直言って【メリーさん】の起源は不明です。どこから始まって、何が発端なのかは誰にもわかりません」

「だから誰でも簡単に結末や話の流れを変える事が出来る。正しい物語を誰も知らないから、その地域ではソレで定着しちまうんだな」


 【メリーさん】の話を知らない地域で、自分が独自に解釈した【メリーさん】を語る事で、それが正しい【メリーさん】としてその地域では認識されてしまう。


「だから、メリーさんと連絡を取るのは不可能だ。うちの【メリーさん】もそんな噂が立ってるだけで、実際に連絡を取った奴なんて誰もいない」

「…………でも!」


 自分の考えを否定されて藤崎は思わず声を荒げて立ち上がった。その様子は必死に何かを求めている様であり、その意志をセージも汲み取る。汲み取った上で、


「藤崎の言う通り、うちの【メリーさん】はこっちから電話を掛けられる。そして、その先にある願いも間違いないだろう」


 【メリーさん】は本来、電話をかけて来る存在だ。だが、この辺りの話では【メリーさん】には電話を掛けられる、と言う事になっている。無論、ソレに掛けても繋がる筈は無く、使われていない番号だとアナウンスが聞こえるだけ。


「もし、その番号で受け取るヤツが居るとすればそれは人間じゃない。そんな事は有り得ないと思うけどな」






「藤崎さん」


 ナゴはセージとの話を終えて部室を後にした直子に追いつくと、手に持つメモを渡した。


「これは?」

「私の携帯番号です。何かあれば気兼ねなく電話してください」


 すると、藤崎はそのメモを見て、クスリと笑った。その様子にナゴは首をかしげる。


「あ、ごめんね。今時こういう形で番号交換ってしないから。少し珍しくて」

「残念ながら、私はスマホ派ではないので。面倒なら別に捨ててもらっても構いません」


 と、言っている間に藤崎はスマホを取り出すとメモの番号からナゴの携帯を鳴らす。


「はい」

『繋がったね。ありがとう、大江さん』


 それだけを言うと、藤崎は電話を切り、また明日、と言って背を向けて帰って行った。


「…………」


 ナゴは、その背中に少しだけ不安を覚えつつも部室へ踵を返す。

 自分もそろそろ帰ろう。窓から覗く夕日が先ほどよりも薄暗くなっていると感じ、広げたPCを片付けるつもりで部室へ戻った。


「大江はどう思う?」


 アメリアの出した資料を片付けているセージは、その作業から目を離さずにナゴへ先ほどの事の問答を始めた。


「……どう思う、とは?」

「色々だ」

「そう言う曖昧なのは、分かり辛いので要点を絞ってください」

「藤崎の事だ」

「人の話聞いてました?」

「残念ながら、耳は良いんでな」

「はぁ……」


 へ理屈では勝て無い。ここは無視するのが一般的な躱しかたなのだが、セージに限りそれだけは重要な事を聞き逃す事に繋がる。出来るなら成立させたい会話だった。


「正直、【メリーさん】とは会えると思いません。なのに、なぜ彼女があれほどに執着するのか……」

「違う。藤崎の様子だ」


 セージが言っているのは【メリーさん】の事ではなく、藤崎直子という女子生徒の様子である。


「藤崎はいつもあんな感じか? 最初に見た時はもう少し明るくて、別クラスから見ても目立っていた印象があったんだかなぁ」


 合同体育や入学時の学年レクレーションで、ここひと月は他クラスと合同になる事は多かった。その時の藤崎は明るくてかなり、押せ押せな性格だったとセージは記憶している。


「……さぁ。二週間前からなんだが……あ」


 ナゴは二週間前に起こったある事件の事が頭を過った。同じクラスメイトの事故死を告げられた事である。


「たぶん、ソレであたりだ」

「……頭の中を読まないでください」


 細目を僅かに開き、セージはニっと笑う。


「適当に言ったつもりだったんだがな。当ったならオレの勘も捨てたものじゃないだろ?」


 資料の片づけを終えて、ガラス張りの戸棚を閉めるとセージも鞄を持って帰宅モードへ切り替えて廊下へ出る。

 そして、ナゴもノートPCを片付けると廊下に出て部室の扉に鍵をかける。


「つまり、藤崎さんと篠田さんの二人の間に深い接点があったと?」

「たぶんな。それで今回の【メリーさん】だ。今の時代には珍しいほど一途だが、それが色々と見えなくしてるみたいだな」


 この辺りの若者に伝わる【メリーさん】はかなり特殊な部類だ。それこそ、どうしてこれほどに捻じ曲がったのか解らない程に、元の【メリーさん】とは異なる形で伝わっている。

 靴箱で靴に履きかえると、つま先で履き心地を整える。ナゴは同じように履き替えたセージを待った。


「同時に入って来たんだな」

「何がですか?」


 校門をくぐりながら会話を続ける。

 夕日は既に半分ほど地平線に隠れており、建物が作る影が濃く、大きくなっていた。


「噂だ。この辺りに伝わる【メリーさん】の最後。どこかで聞いたことあるだろ?」

「……あります」

「だが、【メリーさん】の方が有名だったからな。そっちに呑み込まれて情調されたんだろ」


 セージは、ぽつぽつと明かりがともり始める外灯を見ながら、街が夜に変わっていく様を感じつつ、


「できればオレは、怠けていたかったんだがな。篠田」


 その一言は何を考えているのかは本人にしか分からない言葉だった。ナゴは真意の読めない彼の発言には、もう慣れっこだと嘆息を吐く。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 二週間前に、ナゴのクラスの男子生徒が交通事故で亡くなった。

 亡くなった男子生徒の名前は篠田健吾しのだけんご。クラスでは明るい生徒で、初対面の生徒に対しても男女関わらず怯まずに話しかける社交性は、クラスの生徒同士の橋渡しにもなっていた。

 その葬儀にはクラス全員が参列し、彼に追悼を捧げていく。中には、涙を流す生徒が居た事からも、彼がたった一ヶ月で築いたクラスでの絆は、揺るぎないものだったと証明していた。

 だが、そんな中、ただ一人だけ彼の死に対して納得していない生徒が居た。


 藤崎直子ふじさきなおこは彼の葬儀が始まってから、一度も涙を流さなかった。ずっと座って、彼の遺影を見つめる視線はどこか盲信的で、己の中で自問自答を繰り返している。

 納得できなかった。

 殺人事件のような複雑性は無く、彼を轢いた乗用車を運転していた運転手は、彼を撥ねたと感じた時、すぐさま車から降りて蘇生処置を行ったと言う。

 だが、その処置も意味を為さず、彼はその場で息を引き取った。


「…………」

「藤崎さん。もう、皆さん帰るみたいですよ」


 まるで一人だけ時間が停止しているように、葬儀中もずっと微動だにしなかった藤崎にナゴは声をかけた。参列したクラスメイトの大半が涙を流す中で、ナゴと彼女だけは涙を流さなかった。


「そうだね……」

「篠田さんとは知り合いだったんですか? 藤崎さん」


 ナゴは自分とは違う理由で涙を流さない藤崎の様子を見て、篠田との関わりは浅いものではないと感じていた。


「……少し……だけね……えっと……」

「大江です」

「あ、ごめんね。大江さん……また明日――」


 そして、立ち上がるとただ家に向かって足を向けた。その帰路は何も変わらなかった。何も感じなかった。明日どうしようとか、今日は何をして寝ようとか、そんな些細な事さえも何も考えられなかった。


「ねぇ、【メリーさん】って知ってる?」


 商店街を歩いていると、すれ違い様にそんな会話が聞こえた。


「【メリーさん】? あの、あなたの後ろにいるよって、やつでしょ?」

「いやいや。この辺りだと、ちょっと違うんだって。最後にメリーさんが背後に立ってる時にさ――」


 その地元に伝わっている都市伝説は藤崎も知っていた。知っていたけど、ソレをやろうと思った事は一度もない。だから……彼女がソレをやる事に疑いは無かった。


 午前0時00分00秒にxxx-xxxx-9999にかけると、【メリーさん】に繋がる。


 彼女はその日の夜に【メリーさん】に電話をかけた。その電話番号はネットの掲示板を調べると以外にもすぐに出て来た事もあり止まる事は無かった。

 そして、午前0時00分00秒に電話をかける。

 電話番号を読み込む数秒が一時間に感じられ、次につながった事を認識させる、着信が鳴り始めた。


「―――――」


 半信半疑だったけれど、繋がったのなら間違いなく……


『わたし、メリーさん。今からあなたのところにいくから』


 それだけを告げ、次には【メリーさん】は電話を切った。

 あたしはそれからもメリーさんからの電話を待った。しかし……


「…………なんで」


 朝になっても【メリーさん】から電話は返ってこなかった。

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