メリーさん1
五月下旬。
慌ただしい
戸波高校も、連休の低速から少しずつ平常運転へと変わり部活動に所属している生徒たちも、来るべき大会に向けて本腰を入れ始める。
文科系の部活も各々で目指すモノの為に奮起し、吹奏楽の音楽が毎夕、校舎の間を通り抜けるように響き渡っていた。
屋上を除き4階建ての旧校舎は増築された新校舎よりも錆びた印象を受け、全体的に不気味さが漂っている。
その4階の端から二番目の空き教室に部室を構える『地域文化研究部』は、最近になって復活したばかりの部活動だった。
「それで、今月の文化新聞の掲載記事は決まったのですか?」
緩い三つ編みに眼鏡をかけた半眼が、睨みつけている様な威圧感を纏う女子生徒は持参したノートPCのキーボードを打ちながら、目の前で古い資料を広げている金髪の女子生徒に問いかけていた。
眼鏡の女子生徒の名前は
「中々ないデス! むぅ……ゴールデンウィークなら何かあると思っていたのですガ! なーんにも起こらなくて残念でしタ!」
ウェーブのかかる金髪をポニーテールにまとめたアメリカ人は、この学校には珍しい外国の生徒であった。そのプロポーションも、16歳という年齢にしては高い発育性を発揮しており、特に胸周りは最近制服がきつくなってきたと言う程に成長を続けている。
そんな贅沢な悩みを抱える女子外国人生徒――アメリア・バーンは毒の効かない天真爛漫な部員である。
「まったく……いいですか? 今月は本部活動の正式稼働を証明する為に『文化新聞』を発行しなければならないのです。先月は部活動の初期稼働と言う事もあり、伊車先生には時間を貰いましたが……今月はそうもいきません」
「わかってマスヨ! ナゴはせっかちデスネ!!」
期限まで二週間を切ったと言うのに、未だにネタさえも決まっていない様子にナゴは嘆息を吐く。アメリアにネタ集めを一任した事に責任を感じていた。
「貴女に一任した私の責任でもありますが。それでも全く無いと言う事は無いのでは?」
「ウーム……ゴールデンウィークは、ファザーの実家で過ごしていまシタ! アッ! そこで聞いた悪魔祓いの話を載せまショウ!」
「それのどこか、『文化新聞』なのですか? せめて、地元のネタを探してください」
この『地域文化研究部』、通称――“地研部”は4月下旬に出来たばかり――と言うよりは十年前に停止していたのだが、部員が集まって今年から再度活動を開始した、少し特殊な部活である。
「デハ、
「……それは止めておきましょう。過ぎた話題です」
四月下旬。今からちょうど一ヶ月程前に日本中で話題になった『神隠し』の事をアメリアは上げる。しかし、世間にも大題的に取り上げられた事からも、ナゴは二番煎じになると別の話題を求めた。
すると、音を立てて部室の扉が開く。二人は自然と入って来る男子生徒に視線を向けた。
「なんだ。大将は来てないのかよ」
入って来たのは素行の悪そうな男子生徒。
だらしなくズボンから出るシャツに、ずぼらに捲し上げた袖。踵を踏んだ履き方をするシューズと言った、見た目や雰囲気からしても“不良”という単語がぴったり当てはまる生徒だった。
彼の名前は
「笹木さん。珍しく早いですね」
ナゴは変わらない視線を入って来た
「そろそろネタを絞らないといけない時期だろ? 先月は流石にイーサンに見逃してもらったけどよぉ。今月は言い逃れ出来ないぜ」
ポケットに手を入れたまま、聖也は二人の対面側に座った。
『地研部』の部員である彼は、見た目に違わない素行の悪さは学校のみならず、この辺りの地域でも有名な不良として名が通っている生徒だった。
「わかっています。ですが刊行第一号なので、出来れば目を引く話題が欲しいんですよ。ありきたりな物では、他の生徒の興味も引けませんし」
やるからには出来るだけ、上質なモノにしたい。そうでなくても、最低限は納得できるモノを作りたいのがナゴの信条だった。
「伝手を使って適当に話題になりそうな事を集めたけどよ。最近は流行の話や芸能人とかの話題ばっかりだからなぁ。スマホで簡単に情報が調べられる関係上、こういう地域に重点を置いた
「…………」
「あん? どうした?」
「いえ、ただの頭の悪い不良とばかり思っていましたから」
「何気にひでぇな。それで、バーンが喋らなくなったのはワシが居るせいか?」
と、聖也はナゴから隣にいるアメリアに話題を振る。
「アー、気に障りましたカ?」
それでも目を合わせずにつば悪く、アメリアは聖也から視線を外す。
「いや、俺としちゃあ、簡単に信用してもらえるとは思ってねぇからよ」
「恥ずかしい人ですね。アメリアにレイ○まがいの事をしておいて、よく目の前に顔が出せるものです」
「だーかーらーよ、誤解だって言ってんだろ。まぁ……疑われるのはしょうがねェと思うけどさ」
「その事はワタシもダイジョウブデース。セイヤは良い人と言うのは分かっていますカラ」
「ちゃんと報いは受けたしな」
嫌な事を思い出す様に聖也は包帯が巻かれた左腕を見せる。全治二週間の骨折を負っていた。
「それで、わざわざ部室に姿を見せたのは何か話題があるのですか?」
「ああ。最近、舎弟の間で変な噂が広まっててな。新聞のネタになるかもって思って」
と、聖也は目の前に広げてある資料が目の端に映る。それは過去の地域文化研究部の部員たちが独自に調べてまとめた古い地域の文献だった。
ネタになりそうなモノから、嘘くさい都市伝説まで、色々な情報がまとめられているが、量が膨大でまだ全てを把握していない事もあって、今回の刊行で手を付けるのは避けていたのだ。
「【メリーさん】」
だが、聖也は丁度開いていたファイルを二人の側に向きを変えて差し出すと、そこに乗せられている古い記事を指差す。
「……10年前の記事ですか」
「この辺りの【メリーさん】って他の所とは少し変わってるからなぁ。少しは足しになるんじゃね?」
午前0時00分00秒ピッタリに一人で「XXX-XXXX-9999」に連絡をかける。
その時に、電話が繋がるとノイズが流れ始める。
そこからしばらく待つと、ノイズ混じりにこんな言葉が途切れ途切れに聞こえる。
「あたしメリーさん。今から向かうから……」
そこで、電話は切れる。そして、再びメリーさんから電話がかかってくるのだと言う。
「知ってます。その後に電話の度に近づいてきて、最終的には“後ろに居る”と言って電話をしている人が気絶して終わりな話ですよね」
ありきたり過ぎます、却下。とナゴはPCにまとめた情報から、メリーさんの選択を消す。
「まぁ、聞けよ。この辺りじゃ少し違うんだって」
「と、言いますと?」
「メリーさんの最後だけどな。『今、あなたの後ろにいる』って台詞を聞いた後で、振り向かずに居ると、一つだけ何でも質問に答えてくれるって話なんだよ」
「それ――」
ナゴは聖也の提示した情報に対して違和感があったため、追求しようとした時、
「あの……」
地研部の扉の開く音と共に、顔をのぞかせる一人の女子生徒が居た。
「藤崎さん?」
「大江さんって、『地域文化研究部』だったんだね。知らなかった」
地研部の部室に、部員以外で手をかけて入って来た女子生徒は藤崎直子。ナゴと同じクラスで、顔見知り程度には付き合いをしていた。
「コンニチワー! アメリア・バーン、デス!」
立ち上がってビシッと敬礼するアメリア。どこかズレている自己紹介に驚きつつも藤崎は困ったように笑う。
「よろしくアメリアさん」
「ハーイ!」
アメリアは外国人というステータスもあり、学校でもかなり注目を集めている女子生徒なのだ。戸波高校では知らない者はいないだろう。
「ワシは遠慮するぞ」
空気を呼んだ聖也は立ち上がると鞄を肩に担ぐ。今日は、これ以上は記事の話は進みそうにないと判断して帰る方へシフトしたのだ。
「あ、待ってクダサイ、セイヤ!」
と、アメリアも慌てて鞄を持つと聖也を呼び止める。
「今日も寄るのデショウ? ワタシも行きマス!」
「別にいいけど……前みたいにポン刀振り回すような真似は止めてくれよ?」
「ニホントウハ最高デース」
そんな事を言いながら、直子とは入れ違いに二人は出て行った。
「なんか、凄い部員メンバーだね。アメリアさんと笹木君って……」
学校一に注目されている女子生徒であるアメリア・バーンと、学校一の不良男子である笹木聖也。二人の名前は真逆の意味で学校では知れ渡っているのだ。
藤崎としては、注目を集めそうな二人が同じ部活に所属しているとは思いもしなかった。
「まだ四人しかいませんが、一応は回っていますので」
「そうなんだ。部長と副部長は?」
「私が副部長です。部長は“怠けもの”なので部室には殆ど来ません」
どうぞ、とナゴは椅子を寄せて座る様に促す。藤崎はおずおずと差し出された椅子に腰を下ろした。
「わざわざ、旧校舎の端の端まで来たのは何か理由でも?」
用事が無ければ旧校舎の4階などには来ない。旧校舎自体にも放課後は、殆ど人気が無く、『地研部』以外に目的は考え辛いのだ。
「ちょっとさっきの話を盗み聞きさせてもらったけど……【メリーさん】についての相談なの」
「……出来れば忘れてください。他愛の無い雑談の部類なので――」
「え、いや、そう言う意味じゃなくて。大江さん。あたし、【メリーさん】と話をしたいの」
ナゴは直子を連れて部室を出ると、旧校舎の屋上へ向かう階段を上がっていた。高い位置に存在する窓から、オレンジ色の光が踊り場の薄暗さを引き立てる。
「大江さん。部長さんの所に行くんじゃないの?」
「そうですよ。雨が降らない限りは屋上にいます。あのアホは、怠け者なので」
「そ、そうなんだ」
藤崎の持つナゴのイメージは、淡々と大人びた冷静な女子生徒と言うモノである。稀に話したり、普段の物腰からも、思っているイメージがぴったり当てはまる人物なのだが。
彼女が『部長』の事を口に出す時は、どこか感情的に感じ取れた。
屋上の扉を抜けると、オレンジ色の空と同時に澄んだ空気に包まれた。旧校舎の埃臭い雰囲気から一変して、水中から水面に出た様な爽快感が身体を包む。
「起きなさい。怠け者」
そんな夕刻の空間に呆けていた藤崎はナゴの声で我に返る。彼女は屋上の更に上の給水タンクが乗っている段台に登っていた。そこで何かを見下ろし、ソレに対して言葉を向けている。
「下校の時間か?」
そう言いながら、のそりと身体を起こすのは男子生徒だった。下に居る直子でもその男子生徒の姿を確認できる。
「違います。少し、手を貸してください」
彼は額に手を当てて、寝起きの微睡から脳を再起動している様だった。
線のように細いキツネ目と口元は、常に笑っている様を連想できる。同時に、けだるそうに鈍く動く動作から渋々といった体を感じ取り、彼女が“怠け者”と言っていた意味も分かる気がした。
「力仕事なら聖也。話し相手ならアメリアが居るだろ?」
体格も小柄でも大柄でもない標準な体躯。しかし、どこか……つい注目してしまう“何か”をその男子生徒から感じ取っていた。
「彼女の話を聞いてください。ていうか、働け」
「手厳しいね。オレは半月前に働いたばかりなんだが……実に人使いが荒い。な、そう思わないか? 藤崎」
自分の名前を言い当てられて、えっ? と驚きの声がでた。
藤崎はこの男子生徒とは初対面なのである。まだ高校学校生活が始まってひと月しか経っていないと言う事もあるが……少なくともクラスメイトでは無い。
「知り合いですか?」
その後ろから同じように梯子を使ってナゴも降りてくる。
「いや、半々って所だ」
細目と、笑みの浮かぶ口元はどこか余裕な雰囲気を絶えず感じ取れ、どこか見透かされている様も感じた。
「不破だ。
「改めまして。『地域文化研究部』副部長の
同年代でも、目の前に立つ二人は明らかに高校生の持つ雰囲気から突出していた。
藤崎はこの二人なら、自分の抱えている問題を解決してくれるかもしれない。確信めいた気持ちを感じ、自分の話を二人に打ち明ける。
「メリーさんと話をしたいんです」
その言葉に勢十郎は、何かを考えるようにポリポリと額を掻く。ナゴは、その言葉に対する彼の発言を待っていた。
「それはまた……夢見がちな事だな」
勢十郎の表情は相変わらず余裕の笑みが崩れぬままだったが、長話になると悟り、部室で話を聞く事にした。
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