御霊の感覚~地域文化研究部の怪奇譚~

古朗伍

五月下旬『メリーさん』

メリーさん プロローグ

 藤崎直子ふじさきなおこは人生で最も勇気を振り絞る場面に立っていた。


 夕暮れの放課後。校舎の屋上。目の前には中々自分の想いを伝えられなかった幼馴染の男子生徒。

 彼の名前は篠原健吾。彼も彼女が用意したシチュエーションに何が起こるのかを薄々と予想し自分の心臓の鼓動が妙に大きく聞こえてくる。


「ふ、篠原くん! いや、ケンちゃん!」

「お、おう……」


 中学で分かれて、高校で再会した二人。昔は、互いにナオとケンちゃんと呼び合って仲が良かったが、中学は別になり、お互いに成長した事もあって高校で再会した二人の間には妙な壁が出来てしまっていた。


 小さい頃はいつも遊んでいたから、互いに何を考えているのかは手に取る様に分かったのだ。しかし、空白の3年は大きく、心も体も成長した二人は昔のように接する事は気難しくなっていたのである。

 入学日にクラスでお互いの存在に気づいてから、一ヶ月半。先に一歩を踏み出したのは直子の方だった。


「あ、あはは……こんな時間に呼び出しちゃって! そのっ! その……はいこれ!!」


 しかし、面と向かって“その事”を伝えるまでの勇気は持ち合わせておらず、直子も思考が停止しそうなほどに心臓が音を鳴らしていた。


「お、おう? 藤崎……これって――」

「じゃ、じゃあねっ! それは帰ってから読んで! 絶対よ?! 絶対に帰ってから読んでね!! それじゃ、また明日!」

「い、いや……待てって。これってラブ――」

「明日って言ってんでしょ!! じゃあね!!」


 一方的に手紙を押し付けて、直子は逃げるように屋上から去った。

 幼馴染に恋する乙女は顔を真っ赤にして走る。後塵を残しながら家まで全力疾走で駆け抜けると、ドアを閉めてそこでようやく呼吸を落ち着かせる。


 渡した……渡してしまった!! もう後戻りはできないぞ! 直子!!


 そんな事を自分に言い聞かせて携帯を見る。

 着信は無し。手紙の中には自分の携帯の番号とアドレスも書いてある。きっと連絡してくれるハズだ。

 そこで、もしも他に好きな人が居たら、と言う事も頭をよぎる。だが、頭を横に振って直子は嫌な予感を振り払う。


 フラれたらその時だ! その時! ……フラれたら……


 と、先ほどのテンションから一転、若干ネガティブになりながらも自分の部屋へ向かった。





 連絡はお風呂から上がって、部屋で漫画を読んでいるとかかって来た。着信はまだ登録していない番号が表示されている。ケンちゃんの番号で間違いなさそうだ。


 深呼吸をして、深呼吸をして、深呼吸をして――


 そんな事をしている間に着信が切れた。


「…………ああああああああ!!」


 夜中にも関わらずそんな悲しい悲鳴を上げていると、再びかかってくる。同じ番号。今度は即行で出た。


『あ、ええっと藤崎……で合ってる?』

「うぇあ!? あ、おっほん! 合ってますが? なにか?」

『お、おおう……手紙呼んだよ。なんていうか……さ。なんて言っていいのか……さ』


 歯切れの悪い様子に、嫌な予感が当ったのでは、と直子の中で、その不安が大きくなっていく。


「あ……あはは。気にしないでいいよ……あたしから一方的に渡したわけだし……」


 と言いつつも、半泣き状態を悟られないように隠すので必死だった。


『い、いや! そう言う事じゃなくて! その……こう言うのって男からするのが形になると思うんだよ』

「……は?」


 思わず呆れた声が出てしまった。


『だ、だからさ。また明日、朝一でいいから、屋上で答えを返す! お前から踏み込んできてくれたわけだし……俺もお前に対して踏み込みたいんだ!』

「……あんたさ。偶に恥ずかしい事普通に言うよね」

『う、うっせ! べ、別に嫌なら来なくてもいいぞ!』

「行くよ。朝一で行く。ていうか、校門が開くまで手前で待って一番に入るから」

『お、おう。じゃあ、明日の朝、屋上でな』

「うん。お休み、ケンちゃん」


 携帯を切り、一度深呼吸をする。そして、


「~~~~~~~~~~」


 何とも言えない嬉しさから、声が出ない。枕を抱いてベッドの上で悶える。居ても経っても居られなくなって窓から、やっほぅー!! と叫んだ。


 親が上がってきて怒られた。

 小一時間ほど説教をされたが、そんな事は屁でも無かった。明日、あたしとケンちゃんの関係は特別な物になる。それが本当に嬉しかったのだ。






 次の日。あたしはスキップしながら登校していた。

 ケンちゃんには朝一で行くと言ったが、時間をずらしたのだ。朝からテンションの高い直子に彼女の母親は、昨日怒りすぎたかな? と少し心配をするほどである。


 道中、なにか交差点で騒がしい気配がしたがそんな事に構っている場合では無い。


 時間的にも朝礼には十分間に合う時間に教室へたどり着く。そして、鞄を机に置いて屋上に向かう際、何気なくケンちゃんの机を確認すると、


「あれ?」


 まだ来ていないようだった。その後、屋上に向かって彼を待ったが……ケンちゃんは来なかった。電話をしても出ない。

 何とも言えない気持ちで、屋上から教室に帰る。そして、朝礼が始まり抜け殻のように右から左に先生の話を聞き流していると、


「皆さんに伝えなければならない事があります。今朝、登校中に交差点で事故がありまして、その事故に篠原くんが巻き込まれました」


 ざわつく教室の中、呆けていた直子はその情報だけは明確に聞き取って、


「…………え?」


 何が起こったのか、先生の言葉を理解する事が出来なかった。

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