第20話

 2180年 4月15日(土) 午前5時


 なんか……長い夢を見てた気がする。

 自分の部屋で目を覚まし、左右に花京院 雫と光が。生徒会と寝泊まりした時の様に川の字で寝ている。

 そして両側から異なる寝言が……


「んぅー……もう……たべれません……お寿司……もう……お寿司……襲ってくる……お寿司……」


「ワサビ……ワサビが……鶏に……ぬりつけないで……」


 ワサビが……鶏に塗り付けないで? って、どんな夢を見てんだ。非常に気になる。

 ムク……と上体を起こし目を擦る。

 時計を見ると午前五時。まだ二度寝できる。


 が、正面に人影が見えた。ラスティナだ。


『おはようございます。夢……見れましたか?』


 夢……あぁ、なんか……正宗が……って!

 あれ?! 夢だよな? 正宗がFDWで……母親が妊娠してて……AI化して……


『全て真実です。正宗さんに頼まれて……彼の記憶を私がナノマシンを通して梢さんに見せたんです』


 にゃ、にゃんだって……そんな事も出来るのか……いや、でも……


『それはそうと……梢さん、一つだけ言っておきたい事があります』


 な、なんだね、いきなり……改まって……

 ラスティナは一度深呼吸をしつつ、意を決した顔で言い放つ。


『実は……前々から思ってたんですけど……この小説のジャンル、コメディからヒューマンドラマに変えたほうがいいんじゃないかって……だって、前の二話……どこにもコメディの要素ないんですよ?! なんなんですか! 一体!』


 いや……それは……まあ、いったん置いとこうじゃないか。


『っく……最初はコメディ風にしようと思ってたみたいですけど……。やっぱダメですよ! 映画に影響受けやすいんです! 作者! もう、こうなったらディスりまくって無理やりコメディ風にするしか……』


【注意:ごめんなさい……】



 ま、まあ……それくらいに……


『それはそうと……梢さん、なんで完全に女体化したのか……これで分かりましたよね』


 ……ん? いや、分からぬ。


『アーッ! 二話も使って過去編したのに! やっぱ分からない人……大半ですよ! っていうか分かったらエスパーの領域ですよ!』


 そ、そうッスね……


『というわけで補足します。前に説明した通り、ナノマシンは基本的に一種類しか体の中に存在していません。ですが正宗さんは、梢さんの中にリミッターの外れた性転換ナノマシン、そしてお母さんの体から流れ込んだ暴走ナノマシンを、強制的にシャットダウンして残していたんです』


 ふむふむ……で?


『で……少しずつ取り出すつもりだったんでしょうけど、恐らく数十年掛かります。正宗さんは、幼少の頃から梢さんと一緒に居たんですよね? 恐らくナノマシンの監視をしながら体調管理もしていた筈です』


 ふむ、つまり正宗は……俺と契約したFDWって事?


『いえ、正式な契約主は美奈さんです。機会があったら二人の過去編も書こうとしてたみたいなんで、その辺は割愛します』


 は、はい……。


『んで、梢さんが高校入学式の時も正宗さんもずっと監視を続けていた筈です。にも関わらず、梢さんに起きた異常に気が付かなかった。恐らくそれは全力疾走したのが原因だと思われます』


 な、なんで? なんか関係あんの?


『はい、ランナーズハイというのは、エンドルフィンという脳内麻薬が分泌されて起こる現象です。その時、脳波がα波に……。つまり……かなりリラックスした状態です』


 ふむ、それは何か聞いた事あるかも


『ですね、結構漫画とかでも出てきますし。作者の知識も漫画やゲームのみです』


 も、もう止めてあげて! 


『はいはい。それでですね、FDWは一般的に脳波を通じてナノマシンから情報を得ています。正宗さんも、梢さんの脳波を通じて管理していたという訳ですよ。でもランナーズハイになった事で、一時的に正常な情報を得る事が出来なかったんです。だから正宗さんも異常に気が付く事が出来なかった。この小説のタグに「全力疾走」なんて付いてるのはその為です。フラグのつもりだったんですかね?』


 ふ、ふむ、それで? 肝心の女体化した理由は?


『ここからが本番ですが、前にも説明しましたよね、ナノマシンは情報や機能を受け継ぐって。入学式の日に打ち込まれたIDナノマシンが、元々梢さんの中に残っていた暴走ナノマシン、リミッターの外れた性転換ナノマシンの、それぞれ情報と機能を引き継いだんです』


 ふむふむ……あれ、でも……それ以前から結構ナノマシンとか打ち込んでるけど……


『それは男性用だったからでしょう。一般的に男性用と女性用は全くの別物ですので、機能を引き継ぐシステムは作動しません。なので、入学式に打ち込まれた女性用のナノマシンが、初めて引き継ぎのシステムを起動させたんです』


 なるほど……


『で、引き継いだはいいけどナノマシンは混乱します。女性用なのに、なんで男性の体の中にいんの? って感じに。普通なら何も起きません。男性に女性用のナノマシン打ち込んでも』


 ふむ、それは病院でも聞いた。


『しかし、暴走ナノマシンの中にはお母さんの情報も入っていました。元々体の中に残ってた情報ですからね。そっちを優先したんでしょう。つまり、ナノマシンは完全に梢さんの事を女性だと認識した。そして男性の体を異常だと認識し、リミッターの外れた性転換機能で作り変えちゃったんです』


 にゃんと……でも体を丸々作り変えるナノマシンなんて存在しないって散々……


『はい、断言します。成長期の人間を、ナノマシン単体で体を作り変える事は不可能です。ですが梢さんは元々女性から男性に作り変えられた体であった事、そしてお母さんのデーター、リミッターの外れたナノマシン、全て揃って出来た芸当なんです』


 ふむぅ……


『まあ、こんなトコですかね。質問はありますか?』


 質問……いや、特には……


『そうですか、なら二度寝どうぞ。まだ時間は早いですし』


 うむぅ、その前にトイレ……


『いってらー』


 そのまま廊下に出ると、バッタリと抄と出会う。

 むむ、なんか……顔色悪いな。


「姉さん……見た?」


 ん? あぁ、抄もトラゴロウさんに見せられたのか、あの夢を……


 抄と俺が離れ離れになったのは、暴走ナノマシンが抄の方に流れ込んで……なんだっけ、人間以外の物に作り変えられたとか何とか……。


「姉さん……姉さんが女の子に戻ったみたいに……ぼ、ぼくも……変なのに戻っちゃうんじゃ……」


 え、え?! そ、それは……


「それは無い、安心しろ」


 むむっ、誰だ! と振り返る。

 そこに居たのは……トイレへの道を塞いでいる正宗だった。


「まずは……謝らせてくれ。梢、抄……お前達を人体実験の被験者にしてしまった事を……」


 いや、それはいいから……


「二人が無事にこうして会えたのは、ただの結果論にすぎん。いや、無事とは言いがたいか……梢は女性に戻って混乱しているし、抄は今まで家族と離れて都会で一人にするハメになった……本当にすまん……」


 う、うん、でも……そんなのはいいんだ……


「抄、恨むなら俺を恨め。俺が……ちゃんとお前に流れた暴走ナノマシンを抑えてさえいれば……都会に送る事も無かったんだ……」


 いや、ちょっと……正宗……


「梢もだ。茜さんは……お前の母さんは、梢を産む為に仕方なく人体実験に加担した。だがあの時、俺にもっと感情があれば……お前を男児に性転換させずとも、無事に……」


「そんな事はどうでもいい!」


 ぁ、思わず叫んじゃった……

 他の連中起きてないよな!?


「どうでもいいって……良くないだろ、俺はお前達の人生を……」


「俺は気にしてない、前にも親父に言ったけど……俺は今を楽しんでる。それにお前が居なかったら……生まれてさえ居ないんだ……だから……お前に感謝こそすれ……恨む事なんて絶対ない。分かったら……」


 分かったら……そこを……


「正宗さん……僕も……恨んでなんかいません。姉さんの言った通り……正宗さんが居なかったら僕達は生まれてさえ居なかっただろうし……それに……都会は寂しくなんて無かったですよ。周りに楽しいFDWが沢山いて……僕は僕で楽しんでたんです」


 う、うむ、抄も恨んでないんだな、分かっただろ、正宗。俺もう限界なんだ、そこを……


「お前等……いや、しかし……俺は自分が許せないんだ……今まで何食わぬ顔で……頼む! 抄! 一発殴ってくれ! それで……」


「ふざけんなバカたれー!」


 バシーンと正宗の頬を平手打ち。俺に殴られるとは思ってなかったのか、目をパチクリさせる。


「そんなに罪悪感感じるなら……俺らじゃなくて母さんに土下座でもしてこい! 俺達は正宗の事、全くこれっぽちも恨んでなんかない! 分かったらそこどけ!」


「へっ? そこどけって……」


 ああ、もう、この鈍感!


「漏れそうなんだよ! おしっこが! いいからどけ! さっさとどけ!」


 あ、ハイ……と道を開ける正宗。

 そのままトイレに直行、二ターンで便座に着地する。

 ぁ、やべえ……天国……


「あーっ……梢……ちょっと相談なんだが……抄も……」


 トイレの外から話しかけてくる正宗。

 なんじゃ、相談って……


「お前等の母さんには……全て知った事を黙っててくれ……自分がAIだと……気づかれたくない筈だ……」


 むむ、そうか……いや、俺は別に気にせんが……母親がAIでも……


「頼む、お前達には辛い思いをさせるが……」


 分かった……黙ってよう……それが母さんの為になるなら……


 そのまま用を足し終え、トイレから出ると抄も我慢していたようで……震えていた。


 ぁ、ごめん、長かったかしら……


「う、ううん、大丈夫……」


 抄がトイレに入り、俺はスッキリした状態で改めて正宗を見た。

 幼い頃から俺と美奈と一緒に遊び回りながら……実は俺を守ってくれてたんだよな……。

 ぁ、やばい……なんか……こいつが愛しくて堪らなくなってきた……。


 思わず正宗に無言で抱き付く……男のままだったら抱き付くなんて絶対にしなかっただろう。

 自分でも分かる。少しずつ俺の心は女に近づいてる。


「こ、梢……? ど、どうした」


「正宗……ありがとな……俺に出来る事があったら……何でもいってくれ。何か欲しい物とか……あるか?」


 正宗の顔を上目使いで見つめた。

 ずっと……ずっと守ってくれてたんだ。

 幼い時からすっと……ってー、なんだ、どうした。


 いきなり股間を押さえて蹲る正宗。


 え? ま、まさか……いや、そういえば遊園地でもコイツ……


 で、でもAIなんだよな? FDWなんだよな?


『そうですね。でもジュールの中には、感情を得ようと……かなり精密な義体に入るのも居ます。性欲もある筈ですよ。梢さん……セクサロイドって知ってます?』


 ら、ラスティナ……いつの間に……っていうか、セクサロイドって……もしかして……


『はい、18禁になるので詳しくは言えませんが……まあ、R指定って言えば分かりますよね?』


 わ、分かります。

 っていうか、コイツ……まさか美奈と……


「いや! それは無い! た、たしかに美奈の事はかなり気になってるけど……それは……」


 と、その時……不穏な気配に気が付く俺達。

 長い髪の女が、いつの間にかそこに居た。

 ひぃ! い、いつのまにホラーに!?


「正宗ぇ……あんた……また……」


「ち、違う! 俺は何もしてない! つーか怖い! 美奈怖い!」


 よし、部屋に戻って二度寝しよう。

 そのまま何事も無かったかのように部屋に戻り、花京院 雫と光の間に潜りこんで再び寝る俺。

 ふふぅ、暖かいでゴザル……。


『躊躇なく入りましたね。梢さんも成長しましたね』


 うむ。俺はもう……完全な女になるって決めたんだ……

 だから……いつまでもビクビクしてたら……


 ぁ、いかん……眠い……


『おやすみなさい。いい夢を』





 白い空間に居る。

 どこだろう……なんか凄い気持ちい……


「梢……梢……」


 ん? ぁ、母さん……


「梢……ごめんね……母さん……AIだったんだ……」


 あぁ、知ってる……って、あぁ、正宗に言うなって言われてたっけ……

 まあいいか……俺は別に気にしない……


「もう……梢の母である資格も……役目も終わったわ。ごめんね……」


 え、ちょっと……待ってよ……どこいくの?


「ごめんね……今まで騙してて……」


 いや、そんなのいいから……どこいくの? 待ってよ、行かないでよ。


「梢……梢……」


 待って……待って! 行かないで! 母さん……


 待って……待って……


「梢……梢……っ!」



 目が覚める。あぁ、夢か……びっくりした……。


「梢……大丈夫? 魘されてたみたいだけど……」


 あぁ……光……大丈夫……。


「泣いてるの? 怖い夢でも見たの?」


 そのまま抱きしめてくる光。

 いや、うん……怖い夢だった……


「大丈夫だよ。私達が居るから……」


 うん……


「だから……お母さんが居なくても平気だよね」


 え? な、なに言って……


「梢……お母さんを……行かせてあげて」


 な、何言ってんだ……嫌だ……嫌だ……


「ダメだよ……梢……」


 嫌だ……嫌だ……! 母さんは……俺達を産む為に……辛い目にあったんだ、もう……そんな……


 いや、辛いのか? 俺達と一緒に居たら……母さんは辛いのか?


「そうだよ……だから……梢は……このまま……一人ぼっちだよ……」


 え、な、なんで……


「だって……僕は今まで一人ぼっちだったんだから」


 いつのまにか、光が抄に……

 いや、なんで……待って……


「姉さんだけ……今まで家族に囲まれて……酷いよ。僕の気持ちも考えてくれた事あるの?」


 それは……お前が……俺に双子の弟が居るなんて知らなかったから……


「そんなの言い訳だよ……だから姉さんには……この先……一人で過ごしてもらうから」


 やだ……嫌だ……これからなんだ……これから……お前と、家族と……皆一緒に……


 いやだ……いやだ……


 皆……一緒じゃないと……


 いやだ……いやだ……いやだいやだいやだいやだいやだいやだ


「いやだ!」




 ……あれ?


 息を乱しながら汗だくで起き上がる。

 時刻は……七時。

 あれ……まだ……夢?

 いや、現実だよな……?


「ラスティナ……」


 思わず確認する為に呼び出す。自分のFDWを。


『ふぁい……なんですかぁ? またオシッコですか? 一人で行ってくださいよぉ……』


 パジャマ姿のFDWを、思わず引き寄せて抱きしめた。

 あぁ、夢じゃない……夢じゃなかった……


『はぅぁ! ど、どうしたんですか? ついにロリコンとして覚醒したんですか!?』


 いや、違う。っていうか……ついにって……


『ぁ、いえ……っていうか汗だくですよ、悪い夢でも見たんですか?』


 まあ……最高に怖かった……


『とりあえず……もう起きる時間ですし早く着替えた方がいいですよ。女子二人はもう起きてるみたいですよ』


 むむ……そういえば花京院 雫と光が居ない……


『ほら、立って……お母さん見ても泣いちゃダメですよ』


 んな事いうな……泣いちゃうじゃないか……


 部屋を出て階段を降りて下に。

 台所で母親と花京院 雫、それに光が三人で楽しそうに朝食を作っていた。


「ぁ、おはよー梢。待っててね、今お母さんと一緒にサンドイッチ作ってるから」


 うむ……おはよう、光……


「あら、御寝坊さんね。貴方のお母様素晴らしいわ。私、こんな美味しいサンドイッチ初めてよ」


 あぁ、つまみ食いしたら太るぞ、花京院 雫……


 ………………


 ……母さんの後ろ姿が見える……


 俺を産んでくれた母親の姿が……


 本当の意味で……命がけで産んでくれた……


 AIになってまで……命を落としてまで……


 そんな母親が俺に振り返る


「おはよう、梢。顔あらってらっしゃい。梢もそろそろ、お料理勉強しないと……」


 思わず抱き付いた。


 夢のせいだ……何処かに行ってしまいそうで……


「ど、どうしたの? 梢? 泣いてるの?」


 泣いてない……泣いてない……


 泣いてなんか……


「母さん……」


 だめだ……言っちゃダメだ……

 言ったら……気づかれる……


 俺が……母さんの事をAIだって知ってるって……


 でも……でも……


「母さん……ありがとう……産んで……くれて……」


 何処にも行かないで……何処にも……

 思わず強く抱きしめる

 何処にも行かせない


 ずっと……これから恩返しするんだ


 俺達双子を産んでくれた……恩返しを……


 何かを悟ったように、母親は俺の頭を撫でて来る


「どういたしまして……梢も、生まれてきてくれて……ありがとう」










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