第21話 旧友の巻

 中学生の頃、俺はバスケ部だった。たった五人しかいないバスケ部。試合に出るのもギリギリで、一人でも欠けたらもう出れない。でも県大会で上位にも入った事のある中々の面子だった。その中で俺は一応エースと言われていたが……悔しい思い出がある。


 毎回、俺達は同じチームに負けていた。部員数も五十名近い強豪校だ。俺はそこまで身長も高く無かったが、ポジションはセンター。その強豪校のセンターは、一つ上の上級生。


 その上級生を、俺は一方的にライバル視していた。そいつを押さえれば勝てる、そう思っていた。実際、唯一勝てた試合は、そいつの……不調による物。練習で足を捻って怪我したらしい。


 時間ギリギリに俺はシュートを決めて勝つことが出来た。最後の最後、そいつの動きが妙に気になったのを覚えている。だから、試合終了のブザーが鳴ると同時に、喜ぶチームメイトを差し置いて俺はその上級生に詰め寄っていた。


『お前、手加減してたんじゃねえだろうな!』


 納得がいかなかった。明らかに動きがおかしかった。

 喧嘩でも始まるのかと、互いのチームメイト達が集まってくる。そんな中、その上級生は爽やかな笑顔で自分のチームを宥めると、そのまま俺に足を怪我したと言ってきた。


 そして、その時がそいつの最後の試合。もう、こいつと戦う事が無いと知った瞬間、俺は一気に……何か込み上げてきて……


『おいおい、泣くなよ戸城、おおげさな奴だな……。お前も俺と同じ高校来いよ、そしたら嫌ってほど相手してやるよ』


 その言葉が切っ掛けで、俺は今……この高校に居る。猛勉強して、当時の俺の学力では絶対落ちると言われた高校に。

 でも……俺は今、女子高生になってしまった。あいつ……バスケ部にいるのかな。俺がバスケ部に入らないって知ったら……怒るかな……。




 ※




 放課後、まるで忍者のようにコソコソと体育館を覗きに行く俺。そーっと……気配を悟られないように……


『梢さん、何してるんですか?』


「しー……静かに。バレたらどうすんだ」


 ラスティナが呆れた顔で冷たい視線を送ってくる。

 だって仕方ないじゃないか。俺は今……まごうことなき美少女。あの時とはまるで違う。もしこんな状態であいつに出会ってしまったら……こ、困ってしまう!


『別にいいじゃないですか。向こうも事情は知ってるでしょうし。なにせ全国にニュースで知れ渡りましたからね、梢さんの事は』


 そうなんだけども……なんか気まずいだろ。

 あれだけ啖呵切っといて、実はバスケ部入りませんとか……。


『だから事情が事情なんだから仕方ないじゃないですか。何をそんなに後ろ向きに……』


「う、うるさいな、男のプライドってもんがあってだなぁ……」



「戸城?」



 すると聞き覚えのある声が……コートの中から聞こえてきた。

 そこには……あの時、最後の試合を最後に俺の前から姿を消した、あの男。


「……うす」


 思わずそっぽを向きながら挨拶。チラッチラとそいつを観察すると、なんだか体付きが変わったな。筋肉がついている! うらやましい! 俺は身長とかも縮んでるのに!


「……ニュースで見たけど……ホントに女子になっちまったんだな、お前。というか、久しぶりだな。元気にしてたか?」


「……まあ、それなりには」


「お前、頭も良かったんだな。この学校に入るなんて結構成績良くないとダメだもんな。で、今日はどうした? バスケ部入るのか? あー、でもお前なら女子バスケか……」


「いや、俺は……もう、バスケ辞めるんだ」


 しばし沈黙。

 空気を読んだかのように、そいつは「そっか」と少し寂しそうに。


「まあ、仕方ないよな。まあ、暇があったらまた覗きにこいよ」


「……なあ、あんた……名前なんだっけ」


 ガクっと肩を落とすそいつ。

 呆れた顔をしつつも笑顔で


森永もりながだ。森永もりなが つかさ


「森永……俺は戸城梢……ッス」


 知ってるよ、と爽やかな笑顔を見せつつ、森永先輩はもっていたバスケットボールを床へとドリブルしながら


「……戸城、一回、フリースローやってみろよ。お前、結構スリーポイント上手かっただろ」


「えぇ、でも筋肉も落ちてるしなぁ……」


「いいから、ほら」


 バスケットボールを受け取り、まあここまで来たらやってみるか……と、軽くドリブルしながらゴール下へ。他のバスケ部員の視線を感じる……。まあ、一本だけだ。


『こ、梢さん、その恰好でやるんですか?』


 あん? なんか問題でも?


『いや……まあ、幸い、女子の姿はありませんし……咎められる事はないでしょうけど……』


 何の話してるんだ、君は。

 フリースローくらいなら……制服でも……!


 そのままフォームを思い出しつつ、思い切り体を使ってシュート。ボールはリングに当たり……そのままネットを揺らす事は無かった。


「はぁ……ダメか。やっぱ筋肉落ちてる……って、森永先輩、どうしたんスか」


 なんか……めっちゃ俯いてる。どうしたんだこの人。


「……す、すまん、戸城……配慮が足りなかった……」


「……? 何が?」


「……スカート……」


 ボソっと森永先輩が言った台詞で……うわぁぁぁああぁぁ! そ、そういえば! 俺今スカートだった! やばい、もしかして……


「……み、みたのか?」


「みてない……」


 絶対嘘だ! 顔真っ赤に……いや、何故そんな顔を赤くして困ってるんだ、俺は男だぞ。

 というか……他のバスケ部員も同じような姿勢で俯いてる! なんか凄い罪悪感に苛まれてるみたいに!


『だから言ったのに……ちなみに梢さん。男子達の目線は言うまでも無いですが、梢さんが独占してましたよ』


 いらん報告するな!


「戸城、すまん、俺のジャージならあるが……着るか?」


「……スケベ……」


 ぁ、森永先輩が! 突然土下座に! 


「も、申し訳ありませんでした……」


「みたんだな……いい眺めだったか? 後輩の女子を罠にはめて覗こうとするとは……」


「そ、そんなつもりは……」


 いかん、あんまり虐めると可哀想だ。森永先輩は、恐らくただ俺にバスケをやらせたかっただけなんだ、たぶん。決してスカートの中を覗こうとしたわけではない……たぶん。


「冗談だよ。俺は男だ、男にパンツ見られたからって別に……は、はずかしいなんて思わないし……」


『梢さん、顔真っ赤でそんな事言っても説得力無いですよ』


 うっさい! 


「……戸城、部活前に良い物を見せて貰った」


「変態!」


「そっちじゃないわ! お前の……フリースロー、相変わらずフォームが綺麗だったぞ」


「パンツ見てたくせに……」


「……白とは……流石男心分かってるな、戸城」


 俺はそんな先輩の顔面へと、思いっきりバスケットボールをぶん投げて……体育館を後にした。

 もう知らん! 二度と行くもんか! ひどいセクハラを受けた!


『やっぱり恥ずかしかったんですね。普通に羞恥心が女子に近づいてますね、良い傾向ですよ』


「お、おれは男だ!」


『いいえ、梢さんは元々女の子なんですから。人体実験で体を弄られて、男になってたんですよ。本来の梢さんの姿は、紛れもなく今のその姿なんです。いい加減、認めて下さい』


 認めてはいるもん……!


『もん……って。また可愛い事言って! あと一人称治しなさい! いつまで俺って言ってるつもりですか!』


「そんな簡単に変えられるか! 俺は……ま、まだ男だもん……」


『今の……めっちゃ可愛いですよ、梢さん!』


 うるさいうるさいうるさい!



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