第6話 女子高生、始めます

4月 13日(木) 午前7時


 朝食を済ませ高校に行く準備をし、姿見の前に立つ俺。

 鏡の中に居る俺は何処からどう見ても女子高生。


「ふむぅ……俺ってば可愛い……」


「気に入ってもらって良かったわ」


 後ろに立つ母親も少し申し訳なさそうにしつつも、曲がったネクタイを直してくれる。

 ブレザーの制服。赤と黒のチェックのミニスカ。黒いタイツを履き、下着もちゃんと昨日美奈に買って貰った物を付けている。


【注意:もちろん何着か余分に買って貰いましたよ! なんか一着しか買ってない風にも読めますが!】


「梢、これ付けていきなさい」


 と、腕時計を手渡してくる母親。

 むむ、女物か。まさかこれも買ったのか?


「安物よ。今度友達と好きなの買いに行ってくるといいわ」


 友達か……今のところ花瀬だけだが。

 腕時計を付け、今一度姿見で確認する。


 うむぅ、完全な女子高生だ。

 しかし……高校で虐められそうだな……何と言っても彼らにとっては俺は男だし……。


「梢、準備できた?」


 そこに美奈もやってくる。こちらも大学に行くようで、しっかりと準備を終えていた。

 美奈の通う大学は俺と同じ方向にある。

 途中まで一緒の電車で付いて来てくれる事になっていた。


「うわっ! か、可愛いーっ! お姉ちゃん嬉しい……」


 そうですかい。

 ここは……お世話になった従姉にリップサービスをしておくべきだろう。


「お、お姉ちゃん……」


 美奈に上目使いで言ってみる。

 うわぁー! やべぇ! あかん! これはあかん!


 と、その時美奈も顔を真っ赤にして


「も、もっかい……もっかい言って!」


 断る!


 そのままズンズン玄関へと向かい、靴を履く。

 靴も女物のローファーだ。うぅ、スポーツシューズのほうが走りやすいんだが……。


「梢! もっかい! もっかいだけ!」


「五月蝿い! いくぞ!」


 そのまま母親に手を振りつつ家の外へと出ると、父親が神妙な面持ちでカメラを握りしめていた。

 ま、まさか……また写すのか、構わんけども。


「梢、美奈ちゃんと並んで。撮るぞ」


 その親父の口調はどこか硬い。

 きっとまだ引きずっているんだろう。

 俺の性別の事で……


 そんな親父がシャッターを切る瞬間、俺は思いきり美奈に抱き付いた。


「わひゃ! こ、梢?」


 変な声を上げる美奈。

 ふふぅ、昨日まで振り回されっぱなしだったのだ。

 仕返しだ!


「い、いくぞ、お姉ちゃん……」


 再び小声で言ってみる。

 美奈は嬉しそうに頷きつつ、俺の手を取って繋いできた。


「えへへ、可愛いなぁ、我が妹」


「う、うっさい……」






 家から歩いて数分で無人駅。

 ここから電車で一度大きな駅へと向かい、そこから乗り換える。

 無人駅のホームで電車を待ちつつ


「ぁ、梢。電車に乗るときは毎日場所変えるんだよ。例えば今日は後ろの方、明日は前の方って感じに」


 なんだそれ、めんどくせえ。

 俺は自分の指定位置決めたい派なんだが……。


「ダメ。いい? 自分の身は自分で守るのが鉄則なの。あと帰りは出来るだけ友達と一緒に帰る事。どうしても一人になっちゃった時は、人気の無い場所は避けて帰って来て。分かった?」


 ふむぅ、まあ……一応気を付けておこう。

 これでなんかあったら怒られそうだし……。

 そのまま電車が到着。むむ、座席は全く空いてないな……。

 仕方ない、つり革に掴まって……


「梢……っ、こっち」


 と、美奈に引っ張られる。

 な、なんだ、俺なんか間違えたか?


「アンタ……仕方ないかもしれないけど……男の人の前に自分から立たないで……出来るだけ女の人が居る方に乗って」


 い、いや……別にいいじゃないか。

 世の中の男が全員痴漢なわけじゃないし……。


「そりゃそうだろうけど……男の人も目のやり場に困るでしょ? あんた、今ミニスカなんだから……」


 う……確かに……俺も座席に座ってて、いきなり目の前に女子高生が来たら内心焦るだろうな……。


「で、でも……それだったらミニスカじゃなきゃいいじゃないか。普通の丈のスカートでも……」


 男だった時から疑問だった。

 痴漢がどうのこうの言う前にその格好なんとかしろよ! と。


「あのね、周り見てみなさいよ。短かろうが長かろうが……出来るだけ目立つ事は避けるべきなの。制服の着こなしは周りの友達に出来る限り合わせて。派手にしろって意味じゃないわよ? その場に溶け込むの」


 ふ、ふむぅ……。

 なんか色々あるな……頭がパンクしそうでござる……。


「夏場になると更に色々あるわよ」


 マジかよ……先が思いやられる……。



 電車は大きな街の駅へと到着し、そこで一旦乗り換える。

 一度階段を上って違うホームへと向かうのだが……むむ、何やら視線が……。


 あぁ、俺も男だったから分かるぞ。

 俺も階段を上る女子生徒のスカートが気になって気になって……


 しかし気にしてどうする。まさか男が全員階段を昇りきるまで待ってるわけにも行かぬ。

 たしか……こう鞄でスカート隠しつつ……よし。

 これで堂々と上ってやるわ!


 と、そこでまた美奈先生に呼び止められる俺。


「梢……公共の場でそれやらない方がいいわよ」


 むむ、なんでだ、てっきり褒められると思ったのに。


「あんたね……後ろの男の人がそれ見てどう思うか想像してみなさいよ、っていうかあんた元男でしょ」


 想像って……うーん……残念?


「違う、この人スカート覗いてますって言ってるようなもんでしょ? 男からしてみれば痴漢扱いされてるのと同じでしょ。それで実際因縁付けられる事もあるんだから。ゆっくり階段上って。二段飛ばしとか間違ってもするんじゃないわよ」


 うっ……そう言われれば……たしかにそう思うかもしれんけども……。

 言われた通りゆっくり階段上る俺。

 うぅ、しかしタイツ履いてるとは言え……なんか下半身裸で駅に来てるような感覚だな……。



 一度切符を買い直し、再びホームで待つ。

 その時、見覚えのある顔を見つけた。

 花瀬だ。あいつ……今日は走って登校してないんだな。


「ん? 友達居た?」


「あぁ、見舞いにも来てくれた奴だ。ちょっと挨拶してくる」


 いってらーと見送られつつ花瀬に近づく俺。

 しかし……足が止まってしまう。


 俺……ドン引きされないか?


 元々俺は男。

 そんな男が女子の制服を着ていきなり目の前に現れたら……。


 やばい、冷や汗が……や、やっぱり……今は止めとこう……嫌でも学校で会うんだし……。


「ん? あれ! 戸城君?」


 って、ぎゃー! 見つかった! 

 よくコイツ俺って分かったな! 髪型も格好も変わってるのに!


「え、え! か、可愛い……うぁ……おぉーっ……」


 何やら感動した様子で俺に近づくなり観察しまくる花瀬。

 って、俺……こいつよりも背低い……。


「あぁ……ホント可愛い……どうしよう……ニヤニヤが止まらないよっ!」


 知らん。

 つーか怖いわ。

 まあ何かの縁だ。そのまま一緒に行こうと申し出る。


「いいけど……あっちのお姉さんは? 知り合い?」


 ん? と美奈の方を振り向く。


 花瀬と同じく微笑ましい物を見るようにニヤついている美奈。

 なんて目で見てやがる……。


「あ、あぁ……俺の……姉?」


 本当は従姉なんだが。

 まあ説明めんどくせえ。

 もう本当の姉みたいな感じだし。


 そのまま花瀬と一緒にニヤついている美奈の所に。


「おはようございます、戸城君の……お姉さん……き、綺麗ですね……」


「え? あ、ありがと……貴方も可愛いよ?」


 なんだろう、この空気……凄い居づらい……


「えっと……」


「ぁ、私花瀬光といいます。戸城君とは同じクラスで……」


 そうなんだ、と頷きつつ……美奈は神妙な面持ちで花瀬の腕を掴んで寄せつつ


「花瀬さん、その戸城君っていうの……止めてくれる? せめて……さん付けか梢にして」


 ってー! 花瀬も指導されてる!

 別にいいじゃないか! 俺戸城君だし!


「ぁ、ご、ごめんなさい! 配慮が足りませんでした……」


 素直に謝る花瀬。

 美奈厳しいでござるよ。


「女の子が君付けされてたら誰でも疑問に思うでしょ。アンタ……自分の事がニュースになってるの忘れたの?」


 うっ……そういえばそうだった。

 全国区で流されたんだ。実名と顔写真も一緒に……。


 ここで俺が俺だとバレたら……ゾっとする。

 周りの人間が俺をジロジロと……


「花瀬さん、この子色々とまだ足りない所あるから……助けてあげてね……。ごめんね、ちょっとキツイ言い方しちゃって……」


「い、いえ! 私も考えが足らなくて……。ま、任せてください! 梢さんは私が守ります!」


 守りますって……。

 お前も可愛いし……女子だろ。

 俺だって……


 そんなこんなで次の電車が到着。

 しかし……明らかな満員電車。


「見送ろうか……次の電車まで……げ、三十分」


 なんでだ。別に乗りこめばいいじゃないか。


「「ダメ」」


 二人で言い放ってくる。

 うぅ、理由は流石に分かるが……三十分のロスは痛いでござるよ!


「そうだろうけど……梢、痴漢で被害に遭うのは女の子だけじゃないんだよ。ちょっと喫茶店でも入ろうか。花瀬さんも一緒にどう?」


 おま、贅沢な……登校途中で喫茶店て……。


「遅れても問題ないわ。素直に満員電車で遅れたって言っとけばいいのよ。それで文句言うような教師だったら私が殴りこみに行くから」


 空手有段者が言うと冗談に聞こえんな……。

 何気にこいつ高校の時……主将だったし……。




 駅の喫茶店へと入り、三人一緒にテーブル席へ。

 俺はアイスコーヒーを頼み、女子二人はホットを頼む。


「それでね、梢。さっきの話だけど……」


 あぁ、被害に遭うのは女子だけじゃないって奴か。

 他に誰が被害に遭うんだ。


「痴漢した人」


 えっ、いや、普通に加害者やん。

 痴漢犯罪ですたい。


「そうだけど……好きで痴漢してるわけじゃない人も居るって分かってる?」


 好きで痴漢してないって言うのか。

 嫌々痴漢してるって言うのか?


「そうよ。特に満員電車では良くあるんだけど……。例えば……あんたの前に花瀬さんが立ってて……手の甲がお尻に触れました。それは痴漢?」


 いや、当たっただけなら……仕方ないだろ。


「そう思うのは触れた人だけよ。触られた方は痴漢だと思うだろうし、周りで見てた人も痴漢だと思うでしょうね」


 むむ、ま、まさか……そのまま冤罪確定か? こ、怖い!


「そう、だから満員電車は極力避けるべきなの。どうしてもって場合は花瀬さんや他の友達と一緒に乗って。今日みたいにまだ時間に余裕がある場合は見送るのよ?」


 ふ、ふむぅ……元男として痴漢扱いされた奴には申し訳なさすぎるからな……わかったでござる……。


「と……、こんな感じで教えてあげてね、花瀬さん」


「ぁ、はい。凄いですね……お姉さん……すごいハキハキしてるっていうか……」


 こいつはその辺の男より逞しいからな。

 とか言うと鉄拳が飛んできそうだが。


「おまたせしましたーっ」


 と、店員がコーヒーを運んでくる。

 そのまましばし談笑しつつ休憩。時刻は午前7時50分。

 むぅ、あと十分くらいで次の電車が来て……そこから高校までも十分くらいだ。

 朝のホームルームが8時25分からだから……なんとか間に合うか。


「ぁ、私ちょっと御手洗い行ってきまね」


 花瀬が席を立つ。

 ムム、俺もちょっと行きたいでござる。


 そのまま花瀬と共に喫茶店のトイレに……。


「ちょ、ちょっと梢さん……そっち違う……っ」


 ん? 何が? と普通に男子トイレに入ろうとしている俺。

 そこでバッタリ、サラリーマンと鉢合わせに……


 あ、やべ。


「な、なんだね君は! も、もしかして僕の体を狙っているのか!」


 え? え!?


「お、おのれ! 僕の貞操をここで奪われる分けにはいかぬ!」


 ちょ、朝からハイテンションだな! この人!


 そんなハイテンションサラリーマンと俺の間に、慌てて入る花瀬。


「ごめんなさい! この子ちょっと急いでて……間違えただけなんです! その歳でまだ童貞かよとか思ってませんから!」


 ってー! おい! お前何気に酷い事いうな!


「そ、そう? あぁ、そう……」


 すごいションボリしながら去っていくハイテンションサラリーマン。

 ふぅ、と額の汗を拭う花瀬。


「梢さん……今度から気をつけてね……」


「あ、あぁ、ごめん……」


 お前も……もう少し気をつけてやれ……言動に……。


 しかし女子トイレの中に入るのか……ドキドキするな……。

 女が男子トイレの中に入っても別に何とも思われなさそうだが……


【注意:そんな事ないです】


 男が女子トイレに入ったら下手すれば警察沙汰だ。

 むむぅ、なんて理不尽な……。


「あれ、個室一個しか無いんだ」


 ふむ、わし待ってる。

 と、そのまま俺の手を引いて個室に一緒に入る……ってー! おい! 何してんだ!


「え? 別に普通じゃない?」


 いやいやいやいやいやい! お前分かってんの?! 俺この前まで男だったんだぞ!


「そんな事気にしてないよ。ほら、先にどうぞ」


 うぅ、少しは気にして欲しい……っていうか女子って平気に二人で個室に入るのか?

 男が二人で個室に入ってたら不気味なだけなのに……。


【注意:個人差あります。女性全員が一緒に個室に入るわけではありません】


 むむぅ……少々気恥ずかしいが……って、やばい……タイツ……うわぁ! っく……脱ぎにくい……。

 あぁ、やばい……脱ぎにくいと思ったらなんか……急に尿意に限界感が! 気のせいだ!


「あぁ、ゆっくり脱がないと……」


 と……手に嫌が感触が……ぁ、なんか破れったっぽい……。

 あちゃー……と花瀬は俺を便座に座らせると、タイツを脱がしにかかる。


「ありゃ……見事に伝線してるね……」


 そのまま全部脱がされ、ビニール袋に放り込む花瀬。

 え、別にまだ履ける……


「ダメ」


 う、はぃ……。

 っていうか、とりあえず尿を……


 そのまま用を足して花瀬と交代。

 流石にここは俺出るわ! と個室から脱出し、手を洗いつつテーブルへと戻る。


「ん? 梢、タイツ……どうしたの?」


「あぁ、破れた」


 あちゃー……と花瀬と同じ反応する美奈。

 あんな薄いんだから……仕方ないじゃない……。


「学校の購買に売ってるかな……。梢スカート慣れてないんだから……あれ110デニールだから。ちゃんと買える?」


 110でにーる?

 あぁ、濃いやつだな。大丈夫だ。


「ホントかなぁ……花瀬さんにちゃんと付いて来てもらうんだよ?」


 わかってるでござる。

 俺はもう花瀬に妹分になりたいと申し出ているのだ。

 ちゃんとお願いすれば着いてきてくれるはず……たぶん。


 そのまま花瀬もトイレから戻り、そろそろ時間だという事で再びホームへ。

 数分後、到着した電車を見て安心する女子二人。

 ふむ、だいぶ空いてるな。

 座席にも座れそうだ。


「はー……よっこらせ……」


 おっさんくさい声を出しながら座る俺。

 やっぱタイツ履いてないと足がスースーするな……寒いでござる……。


「風邪ひいちゃうね……って、梢さん……脚、脚っ……」


 脚? 虫でも着いてるか?


「そうじゃなくてっ……閉じて……!」


 無理やり俺の脚を閉じさせる花瀬。

 目の前に座っていた男が目線を咄嗟にずらすのが分かった。


 げ、見えてた……?


「気を付けて……」


「ご、ごめん……」


 そんな俺と花瀬のやり取りを、うんうん、と頷きながら見る美奈。

 お前はどこの野球監督だ。


「花瀬さん、私次の駅で降りるから……。よろしくね、梢の事」


「ぁ、はい。任せてください」


 うむぅ、任せてやろうではないか。


「なんでアンタはそんなに偉そうなのよ」


 軽くチョップを食らいつつ、次の駅に到着すると美奈は降りていく。

 むむ、ここからは花瀬と本当に二人きりか……な、なんかドキドキすりゅ……。


「タイツ……買わないとね」


「あぁ……美奈にも言われたな……。購買に売ってるのか? 110デニールとか言うの」


「うん、あると思うけど……もっと薄いのでもいいんじゃない? もう春だし……」


 そういうもんか……しかし結構アレが良かったんだが。

 スカート寒いし……。


「梢さん、おしゃれはガマンだよ」


 それ美奈にも言われたな。

 いや、それより……


「花瀬、俺の事……呼び捨てでいいぞ。なんか、こそばゆいし……」


「え、そう……? じゃあ……梢も……私の事名前で呼んでね」


 うっ、いきなり順応してきやがった!

 女子の名前を下の名前で呼ぶだと! そんなの幼稚園以来だ……。


「え、えっと……光……」


「えへへ」



 なにやらニヤついている花瀬と共に高校へと向かう。


 俺の高校生活が本格的に始まろうとしていた。




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