第3話 ショッピング(1)
4月12日(水)
朝五時起床。俺はお爺ちゃんか。
なんか最近眠くて、すぐに寝てしまう。
昨日も夜の九時にはぐっすりだった。
女の体になって神経使ってるからかな……。
俺の部屋は自宅の二階にある。
階段を降りて一階に。既に母親は起きているようだ。
「おはよぅ……」
キッチンに立つ母親に挨拶しつつ、冷蔵庫からミネラルウォーターを取ってガブ飲み。
体が水分を欲しているのか、500ml一気飲みしてしまう。
「おはよう、梢。あら、凄い寝グセ付いてるわよ。美奈ちゃんに見つかる前に直した方がいいわね」
うっ、確かに……。
まあ色々教えてくれるのは有り難いんだが……。
朝から美奈のテンションに着いて行く自信が無い。
キャッキャ言いながら体中弄り回されるのが目に見えてる。
洗面台に向かい鏡を見ると、見事なまでにスーパーサ○ヤ人のようになっていた。
えーっと……寝グセ直しは……男の頃に使っていた奴で良いんだろうか。
別に変らないよな?
そのまま髪に振り掛け手櫛で直す……が。
「うっ……な、なぜだ……昨日みたいに……フワっとしない……」
なんかペチャンコに……どんぐりみたいな頭になってしまう!
お、おのれ……フワっと……フワッとなるのだ! 俺の髪!
「なにしてんの?」
ゾクっと背筋が凍る。
いつのまにか真後ろに美奈が立っていた。
バカな……俺は鏡に向かっていたというのに……っ
美奈の気配を全く感じる事が出来なかった! こいつ、出来る!
「アホな事言ってないで……そんなんで直るわけないでしょ……ふぁ……」
アクビをしながら目を擦り俺の隣りに立つ美奈。
むむぅ、男の頃は俺の方が背高かったのに……今では美奈を見上げるくらい背が縮んでる。
「んー……ちょっと顔洗わせて……」
洗面台で顔を洗う美奈にタオルを手渡す俺優しい。
「ありがと……ぁー……おしっこしてくる」
黙って行って来い。
っていうか見つかってしまったな……まあフワっとならんし……教えてもらうか。
朝ごはん食べたら。
その後、父親も起きてきて四人で朝食を囲む。
食パンにサラダ、そして目玉焼きにヨーグルト。
なんだろう、このカッコイイ朝食は……。
以前は白ご飯に納豆に漬物だったのに……。
もしかして母親が俺に合わせてくれてるんだろうか。
昨日の夕食も結構残しちゃったしな……昔みたいに食べれないのもバレたし……。
「梢、学校いつから行くの?」
美奈が食パンを齧りながら聞いてくる。
学校か……決めてないんだよな。いつでも好きな時に登校してこいって事だし……。
「そんなに急ぐ必要も無いわ。校長先生も出席日数は気にしなくていいって言ってたしね」
母親の言葉に一瞬呆ける。
校長? ま、まさか……
「家に来たのか……? 校長……」
「梢が入院してる時にね。お見舞い行けなくて申し訳ないって言ってたわ」
初めて聞いたぞ。
まあ、別にいいけども……。
そのまま目玉焼きを食パンに乗せて齧る。
むむ、こういう朝飯も悪くない。
「じゃあ今日はフリーだね、梢。買い物行こっか」
美奈が申し出てくるが……買い物って何を買うんだ。
言っとくが女物の服はイランぞ。っていうか俺は頑固として男の服を着る。
「まだそんな事言ってんの? せめて下着くらいちゃんとしないと……」
コーヒーに口を付けていた俺は思わず吹き出し、父親の顔にぶっかけた。
しかし何事もなかったかのように父は布巾で顔を拭いている。
「し、下着って……下着こそ俺は男物を付ける! 今だってトランクスなんだ!」
「ないわー」
先に完食した美奈は食器を降ろしつつ、リビングから出ていく。
続いて俺も完食し、同じく食器を下ろしてトイレに。
「はぁ……って、そうだ。座ってしないと……よっこらせ……」
おっさんか、俺は……と、その時トイレの扉が開く。
「ん? あぁ、入ってるぞ、親父」
「…………」
「親父?」
なんか固まってる。なんだ、どうしたんだ。
「ちょ、ちょっと! おじさんのスケベ! 何してんの!」
美奈が後ろから大声で叫ぶなり親父は慌てて扉を閉めた。
スケベって……酷いな美奈。別にいいじゃないか、俺は男だし……。
と、次に美奈も扉を開いて……しかも中に入ってくる……っておい。
「お、お前の方が変態だろ! 何で入ってくんだよ!」
「五月蝿い! ちゃんとカギ締めなさい! ったくもう……」
そのまま中に入ったまま鍵を閉める美奈。っていうか出てけ。
「全部出た?」
「出たよ、何の報告だよ。まったく……」
カラカラとトイレットペーパーを巻き取る俺の手を叩く美奈。
痛いでござるよ。
「あんた、学校では仕方ないかもしれないけど……家でくらいはビデ使いなさい」
ビデ……ビデって……あぁ、ウォッシュレットの事か。
なんでだ、めんどくさい。
「トランクスなんでしょ? そのままだと酷い目に合うわよ」
酷い目って……な、なんすか、怖い。
むぅ、昨日の石鹸の件もあるし……言う通りにしておくか……。
「やっぱり下着買ったほうが良いわね……かぶれるわよ。そしたらオシッコする度に激痛走るんだから……」
え、そ、そうなん?
そのままビデで洗浄……紙で拭きつつ立ち上がりトランクスを履く。
って、ぐおっ! な、なんか……い、いてえ……。
「ほーら、言わんこっちゃない……そんな生地、直接触れたら痛いに決まってるじゃない。分かったら……とりあえずコレ履きなさい」
と、ポケットから女性用のパンツ出してくる美奈。お前普段ポケットにパンツいれてるん?
渋々受け取りつつ、履き替える。
むむ……確かに……痛くないし……心なしか安心する……。
「それ私のだから……ちゃんとサイズ合ったの付けないとね。ブラも買わないと……」
ぶ、ぶら? そ、それは無理! マジで無理!
「なんでそんなに拒否すんのよ。まあ……そうね、今日一日ブラ無しで買い物行くわよ。素直に欲しいって言うまで」
言う訳なかろう! 俺は男だ!
そのままトイレから二人で出て、歯を磨き出かける準備をする。
寝グセも美奈に教えてもらいながら直す。ふむ、ドライヤーに櫛ついてるやつ……何に使うかと思ってたけど……寝グセを直す為だったのか!
【注意:それだけじゃないですヨ】
俺は昨日と変わらずジーンズにTシャツ。美奈はブラウスにスカート。
ふむぅ、女の格好だな。
「当たり前でしょ。さーてと……正宗に車出して貰おうかなぁ……」
「って、あいつ仕事だろ。今日ド平日……」
そこまで自分で言って疑問に思う。
そういえば昨日もド平日だ。
でも昼間に正宗は俺を迎えに来てくれた。
ということは……
「あぁ、あいつ仕事クビになったから。ここ一週間無断欠勤して」
な、なんですと!
まさかとは思うが……俺のせいか……?
「気にする必要無いわよ。あいつが自分のせいだーって酒飲んだくれただけだし」
そのまま携帯で正宗に電話する美奈。おはようから……いきなり車だせと言い放ち、その数分後に我が家の玄関から
「きたぞー」
と正宗からお呼びが掛かる。マジか、あいつ。
しかし、ここは俺がハッキリと言わねば。
「おい、正宗……お前自分のせいで俺がこんなんになってるとか思ってんのか?」
正宗は俺から目を反らしてコクンと頷く。
おのれ、このバカものめが!
「お前のせいなワケないだろバカ! それに俺は結構楽しんでる! これを見ろ!」
と、ジーンズを下げて先程美奈から借りた下着を見せつけた。その瞬間咳き込む正宗。
「どうだ。女物の下着も悪くない。このフィット感は結構ヤミツキに……」
「おい……」
と、俺の肩に手を置く背後の魔人。
やべぇ、なんか……もう春なのに冬のような寒気が……。
「何……してるんだゴルァ! それ私の下着だぞぉ!」
そのまま後ろからチョークスリーパーされ、美奈の下着だと聞いた正宗はチラチラと見ていた。
あぁ、正宗……お前……ムッツリだな……。
※
そんなこんなで正宗の車でアウトレットモールへと。
おおぅ、何気に初めて来たな。平日なのに人が一杯いりゅ……この暇人どもが!
「さーって……まずは小物から見ようか。ぁ、正宗は遊園地で遊んできなさい」
シッシ、と手を振る美奈。正宗可哀想でござるよ。車出してもらったのに。
ちなみに、このアウトレットモールの隣に遊園地がある。ド平日の朝だというのにキャーキャー声がする……。
しかし男一人で遊園地って……寂しいにも程があるぞ。
正宗素直に離れていくし……。
「梢、とりあえず……着替えよっか?」
手をポキポキ鳴らしながら笑顔で言い放つ美奈。
こいつは何気に空手の有段者だ。
しかし着替えるって……。
「服買ってあげるから。あんた家で着替えろって言っても聞かないでしょ?」
そりゃそうだ。朝食の時にも言ったが俺はスカートなど履くつもりは……
と、周りからなんか視線が……
「ねえねえ、見てあの子……何あの格好……」
「うあ、マジか……」
「大胆というか……野生児?」
「ある意味萌え……」
おい待て! 最後の誰だ!
っていうか何でだ! 男の頃は普通にコレでどこでも行ってたぞ!
「男は良くても女はダメなの。ジーンズにTシャツって……漂白剤のCMじゃないんだから……」
悪いか! 爽やかでいいじゃないか!
おのれ……もう拗ねた! 俺はこの格好で通すもん!
しかし……その後も周りから異様な目で見られ続ける。
それに対して美奈はニヤニヤと少し離れた位置から俺を見ていた。
あいつ、絶対いつか泣かす……。
と、そんな俺の前に何やら立ちはだかる女が居た。
むむ、何奴……っ
「貴方……何をしにここへ?」
女は見るからにオシャレだった。
なんかダボダボの……なんだっけ、コレ。
とりあえず変なスカートに……カーディガン?
良くわからんがサングラスに帽子……。
「ダボダボの良くわからんスカートとは失敬な。これはガウチョパンツよ!」
そ、そうなんすか。
じゃあ拙者は失礼します……。
「待ちなさい。貴方可愛いのにそんな格好で歩いて……神が許しても私が許さないわ、ちょっと来なさい」
そのまま店の中へと引きずり込まれる。
うわぁ! お、襲われる! 三十代前半に!
「私は二十代後半よ! 失礼な子ね! ほら、これとこれと……これもって試着室へ行きなさい」
な、なんですか、いきなり……。
って、美奈! 遠くから見てないで助けろ!
「ん……靴もそれしか無いの? ちょっと待ってなさい。見繕ってきてあげるわ。靴のサイズは?」
サイズ? あぁ、えーっと……
「28.0cmッス……」
「噓でしょ……そんなデカくは見えないけど……」
って、ぁ……男の頃のサイズだった……あれ? そういえばこの靴……なんかサイズ合ってるよな……。
今履いているのは病院で正宗から受け取った靴。今まで疑問にも思わなかったが、小さくなった俺のサイズにピッタリだった。まさか……正宗の奴……見るだけで足のサイズが分かる能力の持ち主か?
って、んなワケないか。
そういえば病院で精密検査を受けた時に体の各部のサイズも図られたんだった。
恐らく母親がそれを見て買ってきたんだろう。
と、そこにコソコソ美奈がやっと近づいてくる。
そしてジェスチャーで、指を二本、三本、五本……
「235cm……?」
「貴方、私をバカにしてるの?」
再び美奈を見るとブンブン手を振りながら、再びジェスチャー。
今度は両手で指を二本と三本立て、次に五本。
「兄さん、ご飯?」
「誰が兄さんよ。せめてお姉さんと言いなさい。っていうかお腹空いてるの?」
再び美奈を見ると何か怒り狂った顔をしながら、メモ帳にサインペンで書いて見せてくる。
最初からそうしろや。
「23,5cm……」
「分かったわ。ちょっと待ってなさい」
そのまま何処かに向かう二十代後半。
美奈は変な汗掻いたと額を拭っていた。
そんなオッサンみたいな仕草をする女を呼ぶ。
俺が抱えている服を見るなり称賛する美奈。
「うわぁ、あの人分かってるなぁ……梢がファッション素人だと見抜いて……って、丸わかりか。そんな格好してたら」
うるさいでござる
「ん? タイツとか履け……るわけないか。手伝うから、ほら入った入った」
無理やり試着室に押し込まれ、そのままパンツを残して服を剥がされる。
いやぁ! 犯される!
「そういうのいいから。ほら、良く覚えときなさいよ。タイツの履き方……」
なんかもう買ってすらいないのにパッケージを破り捨ててタイツを取り出す美奈さん。
一応商品なんですけども。
「買うからいいわよ。ほら、そこの椅子に座って」
試着室には丸椅子も置いてあった。そこに座りつつ、女王様のように片足から差し出す。
そのまま少しずつ履かされる俺。えぇ、なにこれメンドくせえ……
「慣れたら一気に履けるから。元男の梢は基本を抑えなさい」
言われた通り頷く俺。っていうかもう既に女物の服を着る事になってるんですが。まあいいか……。
周りから変な目で見られるよりは遥にマシか……。
そのままタイツを履き、スカートを……って、短くないですか、美奈さん。
「何いってんの。これ膝丈だし。ほら、観念して履きな」
白いスカート……なんだっけ、この……ユラユラしてる……
「プリーツスカートね。はい、次は……」
どんどん着せられていく俺。白のプリーツに薄手のセーター……んで、ジージャン?
「あはは、可愛いーっ うーん、帽子も……なんか欲しいな……」
「そう言うと思ってたわ」
その声に美奈と俺はビクっと震える。
カーテンを半分開けて顔を覗かせる二十代後半。
なんかサンダルみたいな靴に……帽子も持ってる……。
麦わら帽子の……小さい版みたいな……。
「つば広ハットって私は呼んでるわ。正式な名前は知らないの。私も作者も」
そうなのか……。ネットでググレよ。
「あとは……鞄も欲しいわね。安いのが良いわよね」
「あー、そうですね。色々試してみたいし」
なんか女二人で話が進んでる……。っていうか二人ともいつのまにか意気投合してるっ……。
あーでもない、こーでもないと人の服装について論議している。
鞄も数種類持たされ、その中で一番安めなトートバックに決定。
「まあ最初はシンプルなのが一番よ。興味が出てきたら勝手に自分で服買ってくるわ」
「ですよねー、気に入った? 梢」
うぅ、梢って名前で良かった……ここで拓也とか言われたら二十代後半も混乱するだろう。
「まあ……でもなんか下半身がスースーする……」
スカートなんて履いたの人生初だ。当たり前だが。
「普段スカート履かないのね。まあ私も学生の頃はスカートの下にジャージ履いてたわ。でも今では……」
ふむぅ、ファッションに目覚めたんですな。わかります。
良く分からんけど。
「じゃあお会計お願いします」
ん? 誰に言ってんだ。
店員さんはここには……。
「まいどありー」
って、二十代後半! お前店員だったのか! っていうか美奈も気づいてたのか!
「当たり前でしょ。見ず知らずの通りすがりが色々見繕ってくれるわけないでしょ? 言っとくけど……こんな店員さんレアなんだからね、お礼言っときなさい」
あ、ありがとうございます……。
そのままお会計を済ませる美奈。
値段は教えてくれにゃい。
「梢が社会人になったら……なんか奢ってね、それで許してあげる」
ふむぅ、覚えておこう。
そのまま店の外に出て……って寒! 主に下半身が!
うぅ、マジか、これで真冬とかだったら死んでしまう!
「梢、おしゃれはガマンよ。よし、じゃあ……いい時間だしご飯食べよっか」
いつのまにか正午近くになっていた。
ふむぅ、あんまり腹減ってないな……しかし何か食べておかないと……。
そのまま美奈と共にフードコートに。
ハンバーガーを買ってテーブルに座る。
「どう? さっきより周りの視線も優しくなったでしょ」
た、確かに……視線は感じるが、最初みたいな悪口は聞こえてこない。
いたって普通の女子として見られているのか……。俺男なんだが……。
「ご飯食べたらブラブラしよっか。なんか忘れてる気がするけど……」
あぁ、俺もそう思ってた所だ。なんか忘れてるよな……。
ハンバーガーを完食し、外に出て暫く散策……。
美奈も上着を一着買い、俺もそれから数着服を買ってもらう。
こいつ……今日だけでいくら使ってるんだろ……。
「心配ないわよ、バイトしてるし……」
ふむ。
それから数時間ブラブラした後……
俺は異変に気が付いた。
なんか……痛い。
なにがって胸の辺りが……ブラブラして千切れそう……。
どんどん猫背になってくる俺を見て、美奈はため息を吐きつつ
「分かった?」
何がッスカ。
「ブラ」
さっきからブラブラしてるが……って、ぁ……ブラ……
「辛いんでしょ」
ま、まだ行けるもん!
「梢大きいんだから……ほら、行くわよ」
ど、どこに……と連れてこられた店の前で立ち止まる俺。
こ、ここに入れと言うのか……!
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