第2話 石鹸の悪夢

 4月11日(火)


 本日、退院します。

 というわけで検査地獄から抜け出しました。

 よっしゃー! 家に帰って……とりあえず風呂入ろう。

 入院中はロクにシャワーすら浴びる事が出来なかったのだ。


 荷物を纏めて鞄を肩に……って、重いぃ!


「ほら、貸せ」


 迎えに来てくれた正宗にカバンを奪われる。

 ふむぅ、くるしゅうない。


「……お前……他に服無かったのか?」


 あ?

 今俺はジーンズにTシャツ。

 なんか悪いか。


「いや……今度好きなの買ってやるよ」


 なんだろう、正宗が良い奴過ぎる。

 まさか……コイツ……


「おい、正宗。俺は男だぞ」


「わかってるともさ!」


 ともさ……って。

 いかん、こいつ大混乱してるな。

 まあ無理も無いが……。


 そのまま看護師さんに挨拶しつつ病院から出る。

 出た瞬間、空調が完備された病室と違って暖かい空気にさらされた。

 なんか凄い熱く感じる……春なのに夏のようだ。


「こっちだ。ぁ、車回してくるか?」


「いや、いい。リハビリしないと」


 歩いて車が止めてある駐車場まで歩く。

 この病院自体なかなかデカい。

 駐車場もかなり広い。


「なんか食ってくか? 昼飯まだだろ」


 あぁ、そういえば腹減ったなぁ……

 久しぶりにガッツリ食いたい。


「じゃあ……らーめん」


「ういうい。いくぞ」


 車に到着し、そのまま助手席に乗る。

 シートベルトを締め……って、うお!

 な、なんか谷間にベルトが……なんか微妙に痛い……。


「おま……デカいな」


 胸を凝視しながら言い放ってくる正宗。

 やだキモイ。


「触るか?」


 試しに聞いてみる。

 返事は無い。

 ふふん、根性なしめ……ってー! こいつめっちゃ顔赤!

 まじか……やばい、俺襲われないよな?



 ※




 結局車の中で一言も会話が無いままラーメン屋に到着。

 ガッツリトンコツらーめん! 俺の心の叫びでは無い、店の名前だ。


「らっしゃーい! 二名様どうぞー!」


 気合の入った店員の案内で席に。

 ん……店に入った瞬間凄い視線が気になる……。

 なんかジロジロ見られてるな……もしかして匂うか?


「何してんだ」


 クンクンと体臭を気にする俺を、不審者を見るかのような表情を向けてくる正宗。


「いや、なんか見られてると思って……匂うか? 俺」


「大丈夫だ」


 言いつつ、正宗はタバコに火を付ける。

 本当に大丈夫なのか? タバコの匂いで誤魔化そうってんじゃねえよな?


「いっらしゃいませー。注文はお決まりですかー?」


 店員のお姉さんが、お冷と共に注文を聞いてくる。

 あー、どうしよう。

 むむ、そういえば……俺は女だったな。

 レディースセットって食ってみたかったんだ。


「じゃあ俺……レディースセット」


 その瞬間咽る正宗。

 お冷を一気飲みしつつ、何事も無かったかのように店員へ注文を告げる。


「畏まりました~。しばらくお待ちくださいー」


 そのまま店員が去るなり


「お前……何気に楽しんでる?」


 そんな事を尋ねてくる正宗。

 いや、別に楽しんではいないが……


「まあ、気にしたって無駄だろ。すぐに戻れねーんだし」


 精密検査の結果、再びナノマシンを注射して元に戻す案も出たらしいが却下された。

 なにせ完全に女体化した原因すら分からないのだ。

 安易に男性用のナノマシンを注射する事は出来ないらしい。


「まあ、前向きで良いけど……そういえば梢、制服どうすんだ?」


 どうするって……何がだ。


「別に……男子の制服でいいだろ。嫌だぞ、服まで女子なんて……」


「そ、そっか……」


 何やら微妙な表情を浮かべる正宗。

 そうこうしている内に注文したラーメンが届いた。

 きた! レディースセット。

 ラーメンに酢の物、そしてデザートまで着いている。


 ふふふ、男の頃は不公平だ! とか思ってたが……今はちょっと優越感……

 ふはは、男には食えんのだ、レディースセット!


【注意:注文すれば食べれます。御断りする店はそうそうありませぬ】



 ☆三十分後☆


 く、苦しい……バカな……以前ならこのくらいの量……軽く食えたのに……。


「おい、無理すんな、胃袋縮んでんだろ」


 そ、そうか……病院でもかなり量少なかったもんな……。

 おのれ、しかし残す事は俺のプライドが許さん!

 トンコツスープまで飲み干し、デザートも平らげる俺。


 やべぇ、吐きそう……。


「まあ、ゆっくり休憩しろよ……。そういえば、高校にはいつから行くんだ?」


 ん? あぁ、退院日が決まった日に学校に連絡したら……


「出てこれる日に出て来いってさ。まあ原因は学校側だし……かなり気使ってるぜ」


 お冷を飲みつつ、それから十分程休憩……。

 そろそろ行くか、と会計は正宗に(俺サイフ自体持ってないし)任せ先に外に出る。


 お、よく見たら歩道の並木に桜咲いてるな、既に。

 花見の季節か……。


「花見行くか?」


 いつのまにか出てきた正宗に言われて一瞬ドキっとする。

 お前エスパーか!


「いや、いいわ。今は家に帰って風呂入りたい」


「別に今すぐ行こうってわけじゃ……」


 そのまま車に乗りこみ家へと向かう。


 両親はどう思っているのだろうか。

 俺が女になって……怒っているだろうか……それとも悲しくて泣いているだろうか。


 ※


 家に到着し、荷物は正宗に任せて玄関から中に入る。


「ただいまー」


 その時、ドタドタと足音が。


「梢! うぁ……ほ、ほんとに梢?」


 げ。


 従姉の戸城 美奈が家に来ていた。

 現在大学生……って、おい。今日めっちゃ平日だろ。学校どうした。


「あぁ、梢……こんなに可愛くなって……じゃない、可哀想に……」


「いや、いいよ、気使わなくて……俺も結構楽しんでるから。今レディースセット食ってきた」


 出来るだけ気を使わせないように気丈に振る舞う。

 美奈は親父の弟の娘。昔から俺を虐めて遊んでいた。

 正宗とも仲が良く、三人で良く走り回っていた物だ。


「おい、美奈。梢が可哀想だろ。あんまりハシャぐな」


 正宗が荷物を運び込みつつ、美奈の襟首を掴んで引きずっていく。

 ふぅ、やれやれだぜ。


 そのままリビングに行くと、母親が何やら部屋中に服を散らかしていた。

 いや、全部の服にタグが付いてる……まさか……


「ぁ、梢……おかえりなさい……ごめんね、お母さん……あんまりお見舞いに行けなくて……」


「いや、いいけど……この服は……」


 目を泳がせながら、テヘっと首を傾げる母親。

 あぁ、もう大体分かった。


「いや、俺……服は今まで通り男物でいいし……」


 その言葉に母親と美奈は有り得ないと睨みつけてくる。


「な、なにいってんの! 折角そんなに可愛くなったのに! お姉ちゃん許しませんよ!」


 おい


「叔母さん! 例の物を!」


 美奈にそう言われ、母親は一枚の制服を出して着た。

 あぁ、そういう事か……さっきラーメン屋で見せた正宗の微妙な表情はこの事か……。


 ブレザーの制服。ただしミニスカ。

 どう見ても女子の制服。


 はぁー……とその場に居る親父、正宗、俺の男三人は溜息を吐いた。


「な、なによ、三人とも……」


 美奈は親父までもが落胆する表情を見せて焦っている。

 そりゃそうだ。この中で一番ショックなのは親父だろう。

 一人息子がいきなり娘になったのだ。

 弟でも居れば良かったのだが。


「制服は……まあ、いいや……それはそうと俺風呂入る……」


「ぁ、じゃあ私も……」


 当然のように付いてくる美奈。

 脱衣所の扉を美奈が入る前に締め、鍵を掛ける。


「あぅー! こずぇー! 一緒にはいろーよー! お姉ちゃん寂しいよぉー!」


「五月蝿い変態。俺をどうするつもりだ」


 いいつつ服を脱ぎ、全裸になる。

 むむぅ、改めて自分の体見ると……なんだか違和感パネエ……

 胸がデカくて……


「あ! こ、梢! お風呂入るのはいいけど……石鹸いつもの使っちゃダメだよ! 私のあるからそれ使って! シャンプーも!」


 ああん? 別に何使っても同じだろ。

 全く、何をいっとるんだね、君は。


 ☆数分後☆


 分かった……凄い分かった……

 美奈が言ってた意味が痛い程分かった。っていうかマジで痛え……肌が……ヒリヒリする。

 な、なんでだ……いつものボディソープ使ったら……


 軽く腕をゴシゴシタオルで擦ってみる。


「いぎゃ!」


 思わず声を出す程痛い。な、なんじゃこりゃぁ!


「こ、梢! ここあけて! 変な事しないから!」


 変な事しないからって……むむぅ、仕方ない……と、開錠。

 そのまま入って来て現状を理解する美奈。


「だから言ったのに……ったく……」


 そのまま服を脱ぎだす美奈。

 ってー! お前なにしてん! 俺男だぞ!


「何よ。別にいいでしょ。梢が男の子のままでも、私は全然平気だけど?」


 え、えぇ……そ、そっか、俺が変に意識しすぎなのか……。

 全裸になった美奈が浴室へと入り、シャワーでお湯をだし


「ほら、洗い流すから……って、このタオル使ってたの? 痛いに決まってるよ、まったく……」


 俺愛用のゴシゴシタオルを濯ぎつつ、美奈が愛用してるスボンジを棚から出してくる。

 って、なんで俺の家にお前愛用のがあるねん。


「梢、女の子の肌は敏感なんだから……。ちょっと変な石鹸使っただけで荒れちゃう人もいるんだよ? ほら、腕だして」


 素直に腕を出す……うぅ、美奈の全裸とか……小学生以来……。


「ん……? 梢おっぱい大きいわね。私より大きいんじゃない? 生意気な……」


 五月蝿いでござる。


「手足も細いし……クビレもあるし……モデルになれるんじゃ……」


 モデル舐めんな。


 そのまま腕から胸、腹、反対側の腕、方向を変えて首から背中にかけて洗われる。


「ほら立って。お尻洗うから」


「い、いぃよ、自分で洗うし……」


「ダメ、いいから……」


 そのまま無理やり立たせられ、お尻まで洗われる俺。

 うぅ、くすぐったい……他人の手で洗わられているからなのか、女になったからなのかは分からんが……。


「贅沢言うと体の部位によってスポンジ変えたほうが良いんだけどね。流石にいきなりは無理だろうし……これあげるから。ちゃんとこれから、これで洗うんだよ?」


 そのまま足の先まで綺麗に洗われ、シャワーで流される。

 うぅ、犬になった気分だ。


「じゃあ次、頭ね。目つむってー」


 もうここまで来たら同じだ。全部洗って貰おうじゃないか!

 素直に目を瞑って髪を濡らされる。

 またまた美奈愛用のシャンプーを塗りたくられ、髪を指で梳かすように洗われていく。


「ふむふむ。髪の質も悪くないわね……入院してた割りに……。あとで髪切ってあげよっか。ボサボサだしね」


「あぁ……じゃあ思いっきり短くお願いします……」


 おっけー、と言いつつシャワーで泡を落とす。

 むぅ、髪だけで五分以上掛かってる気がすりゅ。

 男の頃は三十秒も掛からんかったのに……。


「はい、じゃあ足開いて」


 ……あ?


「足、開いて」


 いや、あの、美奈さん?


「ほら、そこ最後に洗わないと……大丈夫、痛くしないから……」


 言いつつ手にボディソープを付けて泡立てる美奈。

 いや、あの……流石に……


「ここまで来たら観念しなさい」


 必死に抵抗しようとするが……

 その時俺は理解した。

 腕力が美奈より弱くなっている事を……。






 風呂から上がり、自室のベットで倒れる。

 いかん、かなり疲れた……女って風呂に入るだけでこんなに疲れるのか……。


【注意:そんな事ありません】



 ふぅ……まあいい。どうせしばらくはフリータイムだ。

 学校も無理して行く必要もないし……。


 と、その時携帯が鳴る。

 誰だ、と思いつつ画面を見ると花瀬だった。


 そういえば番号交換したな……。


 って、今何時だ? あいつ授業中じゃないのか。


「もしもし……?」


『ぁ、もしもしー。今大丈夫? 少し話せる?』


 うむぅ、別にいいけど……お前こそ大丈夫なのか……


『私は大丈夫だよ、今休み時間だから。ぁ、それでさ、ちょっと相談なんだけど……演劇部とか興味ある?』


 なぜに演劇……俺バスケ部に入ろうと思ってんだけど……


『もし興味あるなら……体験入部一緒にどうかなーっと思って……。っていうか提出期限今日までなんだよね。君の分も私が出しておいてあげるけど……ぁ、もちろん演劇部以外でも……』


「いや、いい。演劇部で出しておいてくれ……」


『え?! いいの? ホントに?』


 あぁ……いいぜよ……だって……


「たった今……俺は女なんだと改めて自覚させられたから……当分はお前の妹分として生活したい気分だ……」


『え、な、何があったの? っていうか……ほ、ほんとに? や、やったー! うんうん、私でよかったら役に立つから! お姉さんと呼んでもいいんだよ!』


 御免被る。

 そのまま一言二言話した後、電話を切って再びベットに寝そべる。

 太陽の匂いがする……。母親が干しておいてくれたのか……。


 ぁ、やべ……むっちゃ眠い……。


 ダメだ……落ちる……。




 その後、夕食前に美奈に髪を切ってもらう。

 元々美容師を目指している美奈。実は男の頃にも切ってもらっていた。


「んー……綺麗な髪だけど……短い方がいいよね。慣れないと大変そうだし」


 うむぅ、髪洗うのも一苦労だ。


「ボブっぽくしてあげよっか。ほら、こんなの」


 いいつつ雑誌を手渡してくる美奈。ふむぅ、こんなフワっと出来るのか?


「私を信じなさい。大丈夫。きっと気に入るから」


 そのまま目を瞑り全てを委ねる俺。


 三十分程かけて髪を切ってもらう。

 おおぅ、頭が軽い。


「あとでまたお風呂入ったほうがいいね。また一緒に入る?」


「結構でござる……」


 笑いながら髪を払う美奈。

 鏡を見るとボブヘアーの美少女がそこに居た。

 っていうか俺か。

 やべえ……自分に一目惚れする所だった。





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