第26話 成立

「神隠し……行方不明事件に巻き込まれた女の子を助けに行かなければいけないのです。彼女が生きているうちに助け出すには最低でも今日中にはいかなければなりません。その為にはツクモ様にあった武器が必要なのです」


「行方不明事件だあ……? そりゃあ犯人の手がかりどころか被害者の目撃情報すら出でないはずだ。それに巻き込まれた女の子を助けるってことは……それを解決するってのか? あんたらが?」


 シキが言うと、ガンツが怪訝そうな顔で聞き返す。確かにそうだろう。犯人の証拠も手がかりも何一つなく、街の衛兵ですら一切進展のない事件を解決すると言い切ったのだ。


 シキとツクモはどうみても成人したての初心者、ツクモの剣の扱いは一流だと知っているがそれだけだ。どう考えても解決できるとは思えない。


しかしシキははっきりと


「ツクモ様は女の子を無事に助けて事件も解決します」


 そう断言する。

 その目にはツクモを信じ切っているシキの強い意志と絶対的な信頼が宿っていた。


 ガンツはその様子を見てハッと笑ってから言う。


「なるほどな! いいぞ、譲ってやる」


「……よろしいのですか?」


 譲ってもらえることは好都合だが、あまりにも話がスムーズに行き過ぎてしまっている。だが、そんなシキの疑問を晴らすかのようにガンツが続ける。


「はっ! 勘違いすんじゃねぇぞ! お前さんはツクモの小僧と同じ目をしている。絶対的な自信が浮かんだ目をな! 長いこと鍛治師をしてるとわかるようになるんだ。理想や妄想を語る奴と真実を語る奴の目の違いがな……」


 確かにシキはツクモが負ける可能性など微塵も考えていなかった。そしてキャロルが生きているということも信じていた。


 行方不明事件を解決するなどというこんな突拍子のないことを信じたというわけではなく、ツクモと同じ自信にあふれた目を信じてくれた。だから、ガンツに礼を言う。


「ありがとうございます!」


 シキは再度深々と頭を下げる。これでツクモは戦える。キャロルを救い、神隠しを、行方不明事件を終わらせることができる。


 やるべきことはやった。あとはツクモの努力次第だ。どれほど早く鍵を見つけることができるかどうかですべてが変わるだろう。


「十分間その椅子に座って待ってろ」


「はい!」


 ガンツはそう言ってから裏の鍛冶部屋へと入っていった。言われた通りシキは椅子に座って待つ。誰が見ても満点をつけるようなきれいな姿勢で座る。


 そしてすぐに奥から金属を叩くような音が響いてきた。待ち時間は十分間なのだから、きっとこれは仕上げなのだろう。


 そして約十分後、ガンツが一振りの剣を持って奥から出てきた。


「これが今のところ一番ツクモの坊主が望むものに近い物だ。今急いで持ち手を整えて鞘を付けたが、完成品はこれより上だと覚えておけ」


 反りもなく、ただ刃が片方にしかないだけのそれは刀と呼ぶよりは刀に寄せた剣という感じだったが、それでも確かにツクモのことを考えて作られた一振りだった。


「本当にありがとうございます。……少ないですが金貨一枚を代金としてお受け取りください」


 シキはさっとお金を出して台の上に置くが、


「こんな失敗作に金なんかいらねぇよ」


 と言って受け取ろうとしない。しかし、シキもこのお金は受け取ってもらわねば納得することができそうにない。だから渡し方を変えてみる。


「では、ガンツさんのプライドを傷つけた事に対する賠償とでも思っておいてください」


「ちっ……。おい、これも持っていけ。嬢ちゃんも武器を持っていないだろ」


 そう言う言い方をされてしまえばもうガンツにつき返すという選択肢はなくなってしまう。


 もし、受け取らなかったらプライドが傷ついてないということつまり、渡した剣は失敗作ではないということを言ってしまうようなものだ。


 だから受け取ることにしたが、ガンツは金貨を渡されて終わるような男ではない。だから代わりの物を用意した。


 金貨をつき返す代わりにガンツが無造作に取り出したのは二本の短剣だった。それは、シキのような女性でも使えるような重さであり、ガンツのものらしい刻印が刻まれていた。


 その短剣は誰がどう見ても失敗作じゃない、とてもじゃないが金貨一枚に釣り合うような物ではなかった。少なく見積もっても金貨50枚の価値はあるだろう。


「……ありがとうございます」


 だが、シキは素直に受け取り礼を言う。これは値段の問題ではなかったのだ。


「おうよ。代わりに、必ず解決して帰って来いよ?」


 そう。この短剣はシキが使うと思って渡したものではない。この短剣は貸しだ、貸しは必ず生きて返しに来いということだろう。


 それほど気に入られたのかそれともほかの理由でもあったのかは分からないが、ガンツなりの不器用なそれでいて想いのこもった激励を受け、シキはフッと微笑む。


「大丈夫です。この物語はバッドエンドでは終わらせませんから」


 シキはもう一度だけ礼をしてから出口の方へと向かう。そのシキにガンツが再度声をかける。


「そうか……最後に! 犯人の名前を教えてくれ」


「神隠しです」


 シキはそう言って工房を出る。一人残った工房にガンツの呟きが残る。


「神隠しって……大災厄と同じ名前じゃないか……」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る