第21話 キャロル

「……うぅん……んっ……ふわぁ……」


 ツクモと出会った次の日、キャロルはいつもより二刻ほど早い鐘の音と共に起きた。外は明るくなったばかりで、まだ鳥のさえずりすら聞こえない。


「……にゃう……今日からツクモお兄ちゃんが一緒……嬉しいなっ」


 昨日は久しぶりにぐっすりと眠ることができた。両親が行方不明になってからずっと感じていた不安や孤独感を感じることなく、悪夢を見て途中で起きることもなく眠ることができたのだ。


 これはツクモに出会って、笑って泣いて約束を交わしたおかげだろう。ツクモが迎えに来るのが待ち遠しい。


「ツクモお兄ちゃんが来るまであと三刻もあるんだ。何して待とうかなぁーーあっ、そうだ!」


 やることを思いついたキャロルはベッドを抜け出しせっせと着替えをして、手提げの中に朝ご飯用のパンを入れる。


 昨日までは毎日大量の花が入れられてあった手提げの中には、赤いリボンが一本。それを取り出して髪に着けた。


 それは昨日ツクモにプレゼントしてもらった、キャロルの宝物だった。


「ふんふふん、にゃはっ、ツクモお兄ちゃん喜んでくれるかな?」


 キャロルは鼻歌を歌いながら準備を進めていた。ツクモと出会うきっかけになったものではあるけれど、昨日は枯れかけの花しか渡すことができなかった。


 だから今日は今から採りに行って採れたての綺麗な花をプレゼントしよう。そうしたらきっと喜んでくれる。昨日は見せられなかったキャロルが好きな綺麗な花を見せてあげよう。そう考えた。


「あっでも……」


 キャロルはツクモが迎えに来るまで家を出ないという約束をした事を思い出した。ツクモは宿から連れの女の人と一緒に迎えに来てくれるのだ。


 でも、綺麗な花をツクモにプレゼントしたい。ツクモならきっと金貨3枚のプレゼントに成功しているはずだから、花と一緒におめでとうと言いたい。


 そんな二つの思考を天秤にかける。


「……うん、時間まで戻れば大丈夫だよね……」


 その結果傾いたのは花をプレゼントしたいという方だった。ツクモがやってくるまでまだ二刻もある。例え二往復しても間に合う時間だった。


「……いってきます……」


 キャロルは家を出る。まだ屋台も出ていない静かな街を進み、花畑に繋がる門へと向かう。


 心なしか、朝日がいつもよりも少しまぶしく感じる。


 花畑へとつながる東の門の開門時間は今さっき、キャロルが起きた鐘の音が示す時間だ。すでに門を開けて門番が守っていることだろう。


 十分ほど歩いていくと、東の門が見えてきた。そこではやはり門番が門を守っており、もはやこの門の常連と化したキャロルは門番に元気よく挨拶をする。


「門番さん! おはようございます!」


「猫の嬢ちゃんおはよう。今日はやけに早いな」


 そこにいたのはいつもと同じ門番だ。毎日のように通っていたら顔を覚えられてしまったようだ。


「うん! 今日は少し早く起きちゃって!」


「ああそうか、確かにまだ街は動いてない時間だから早いな。……なんだかいつもより楽しそうだけど、良いことでもあったのかい?」


「にゃはっ! そうなの! すっごく良いことがあるの!」


 ツクモお兄ちゃんが迎えに来てくれる。その時間が待ち遠しい。そんなウズウズした気持ちを抑え切れず耳をピクピクと動かすキャロルを門番は微笑ましそうに見る。


「そうかそうか……。今日も花を採りに行くのかい?」


 門番は、毎日キャロルが花を採りに来ていることを知っている。ついでに言ってしまえば、それを売っているということも知っていた。


「うん! 今日はね! 売るものじゃなくあげるものなんだ!」


「ん? そうなのか。花を採るだけなら危険はないと思うけど、気をつけるんだよ?」


 花畑は歩いて十分ほどの距離の場所にある。門から花畑は見えないが、少し離れた場所にある森に入らなければ魔物も出ないし危険はない。それに、子どもとはいえ獣人のキャロルなら多少の危険なら乗り越えられるだろう。

 そもそもそれ以前に危険を察知することも可能だろう。


 だから、門番は安心してキャロルを送り出した。


「うん! 行ってきます!」


「あぁ、いってらっしゃい」


 キャロルはよく整備された道を進む。すでに所々に花が咲いているのが分かるが、いつも花を採っている花畑はもう少し先にある。


 暖かい日の昼にはパンを持ってお花見に来るくらい綺麗な場所で、魔物もほとんど出たことがない。出たとしても、森の中で生存競争に勝つことができなかったゴブリン程度だ。


 もっとも、もし魔物が現れても獣人であるキャロルはそれをいち早く察知することが可能だし、すぐそこの門までは逃げ込むことができる。


だけど、警戒は忘れない。ここはあくまで街の外であり、街から近いといっても魔物のテリトリーなのだ。


「ここらへんでいいかな?」


 花畑についたキャロルは早速花を採りはじめる。鼻歌を歌いながら様々な花を採って、丁寧に手提げの中に詰めていく。

 色とりどりの花でどんどん埋まっていく手提げ、花が増えるたびにキャロルのテンションも上がっていく。


「ふんふふん、シャクヤク、たんぽぽ、ダリア! あっ! ……わぁ、もう咲いたんだ!」


 キャロルは、昨日は咲いていなかった花を見つけ手提げを置いて駆け寄る。この花が欲しいとは思っていたけれど、まだ咲いていないと思っていた花だ。


「にゃはっ! ツクモお兄ちゃんと同じ真っ白なアジサイ! んしょ、んしょ、採れた! ……ッ!?」


 キャロルの毛が尻尾まで全て逆立つ。


「……あれ、ここ、どこ? ……違うよね?」

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