第19話 宿屋にて
ツクモは、キャロルを背負ったままキャロルの夜ご飯と朝に食べるパンを購入し、キャロルの家まで送っていった。
キャロルの家は森の隠れ家から五分程で着くくらい近くにあり、迎えに行くときも安心して向かうことができそうだった。
明日の朝向かうということを指切りをして約束してからシキが待っているであろう宿へと向かう。
時間通りだったのか、シキは宿の前に立っていた。
「おーい! ちょうどいい時間だったかな?」
「そうですね。私も今さっき帰ってきたところでした」
ツクモはシキと共に宿の中へと戻っていく。
そして、宿に戻ったツクモは夕食を食べにシキとどこかへでかけた……わけではなく、宿の中にいた。
シキは厨房で料理の盛り付けを行っている。
「完成です。私が知ってる調味料が少なくて少し戸惑いましたが、美味しくできたと思います」
「おお、さすがシキ! 本当に美味しそうだね!」
「この宿が料理を売りにしていただけあって、器具もかなり高性能なものが揃っていたからこそです。でも美味しく作ることができた自信はあるので、どうぞ召し上がってください。まぁ、まさかお金がない訳でもないのに夕食を作る事になるとは思っていませんでしたが……」
そう。今夜の夕飯はシキが買ってきた食材で料理を作ってくれたのだ。もちろん、最初からシキが作る予定ではなく元々は昨日一昨日同様どこかの店で夕食を済ませる予定だった。
しかし、やむを得ない理由からこうなったのだ。
「わぁ! すごいすごい! 見たことないお料理ばっかだ!」
「あの、本当に私たちも頂いていいんですか?」
ナナがシキの料理を見てはしゃぎ、シエラは申し訳なさそうな顔をしてこちらを見ていた。
「シエラさんはお菓子しか作れないんでしょ?」
「うぐっ……作れはしますけど食べられるだけのものです……」
「なら遠慮せずに貰っちゃえばいいじゃん。ほら、ナナちゃんも食べたそうにしてるよ?」
「……おねぇちゃん食べないの?」
「で、でも私が作ったお菓子は買い取ってもらっているのに……」
「まさかお店が酒場くらいしかやってないなんて普通分かりませんし、しょうがないですよ」
そう。行方不明事件のことが領主の名前で発表されたことによって噂が事実と知られ、危険を避けるために暗くなった途端にほとんどの店が閉店してしまったのだ。
街にある店が夜に開かないと困るのではないかと思うかもしれないが、行方不明事件を怖がってほとんどの住民が夜は家から一歩も出ないため支障はなかった。
冒険者ギルドに隣接されている酒場は開いているらしいが、そんな場所にナナを連れて行くわけにもいかないし、ツクモとシキは酒場料理ではなく普通の食事を食べたかった。
そのため街で買い物をしていた時にその情報を得ていたシキが食材を買っており、宿の厨房を借りて夕食を作ったのだ。
「じゃあさ、明日から一人ここに泊まらせたい子がいるんだけど、その子に時々でいいからお菓子をサービスしてくれないかな?」
シエラが金銭関係で躊躇っているならとツクモはそう提案する。しかしシエラが返事をする前にシキがゆらりと立ち上がった。
「……ツクモ様? そんなこと聞いていないんですけど、どういうことか説明してくれますよね?」
顔を上げたシキの目には心なしか、ハイライトが入っていない気がする。笑っているようで笑っていない微笑みと突き刺さるような目線がとても痛い。
「あ、あとで部屋に戻ってからちゃんと説明するから!」
「言いましたからね? 私が納得できる理由でなかったら……分かってますね?」
なんだかだんだん辺りが寒くなってきた気がする。おかしい、今は花がきれいに咲く季節のはずだ。横目で見るとナナとシエラもブルブルと震えているように見える。
「だ、だだ大丈夫だ。マークがあったからだから! それより漏れてるから抑えて!」
そういうと、目に光が戻り椅子に座りなおした。
「なんだ。そういう事ならそう言ってくださいよ。てっきり、武器を買わずに女を買ったのかと思ってしまいました。……あれ? そういえば武器はどこですか?」
しかし、武器がないということに気がついたシキがまたもや立ち上がろうとする。ツクモの武器は作ってもらっているところだから今は丸腰だ。
確かに、何も言わなければ何も買っていないとしか思えないだろう。だが今回は長持ちする良い剣を注文することができたはずだから文句は言われないはず。
「注文中だから! と、とりあえず冷めちゃうから食べよう……な? シエラさんもその条件でいいでしょ? 良いよね!?」
「は、はい! 食べさせていただきます! ナナも食べて良いんだよ!」
「うん! 食べるー! ……わぁ、おいしい! すごいすごい! 綺麗で美味しいお料理だ!」
「はぁ……今日何があったかあとで聞かせてくださいね?」
ひとまず嵐は過ぎ去ったようだ。ツクモは、シキを説得する自信はあるとはいえ、本当に大丈夫かと少しだけ心配になっていた。
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