第16話 言い争い

 なにやら言い争いをしているようで、それを中心に野次馬ができ、完全に道が塞がれてしまっていた。


「消えた人間は悪人ばかりじゃないか! だから事件を起こしてるのは義賊だっていってんだろ!?」


 奥にいる男がそう叫ぶ。そうだそうだ! とその男の周りの者たちも同調する。


「あぁ!? なら薬師のねぇちゃんとか飯屋のオヤジはどこにいったんだよ!? あいつらが何か悪さをしてたとでもいうのか!? あぁ!?」


 しかし、手前にいる男がそう言って食い下がる。


 キャロルがぶつかったのは、二つに対立して意見を言い合う集団だった。

 どうやら行方不明事件について言い合いをしているようだ。


 両者の間には張り紙がされており、領主から出された発表が書かれている。

 文字を読める人が新しく来た人に書かれている内容を教えているようだ。


 ツクモもその張り紙を覗いてみると、今回の行方不明事件が本当に起きているということとその調査を本格的に執り行うこと、そしてその被害にあっていると思われる人数が書かれていた。


 その数は現時点で判明しているだけでおよそ200名。スラムなどでいなくなった、行方不明事件との関連が不確かな人数も合わせれば300名は余裕で超えるだろう。


 さらに、名誉にかかわるため名前は伏せられていたがこの街へ向かっていた貴族がいなくなったことや到着していない商隊がいくつかあることなども明記されていた。


 ツクモがそれを読んでいる間にも、対立している両者の言い争いは更に苛烈を極めていく。


「別の街に逃げただけじゃないのかよ! 居なくなったのだって噂が広まり始めた頃じゃないか!」


「あいつらがそんなことするわけねぇだろうがよ! 薬師のねぇちゃんなんて商売道具が置きっぱなしで居なくなってんだぞ! おっちゃんだって開店準備がほとんど終わってる状態だったらしいじゃねぇか! なんでそんな中途半端な状態で逃げる必要があるんだ!? あぁ!?」


 両者は義賊による犯行なのかただの犯罪なのかで対立をしているようだ。


 ……いや違う、義賊の犯行だと思い込まなければやっていけないのだ。


 知り合いが次の日に忽然と姿を消す恐怖。

 次は自分かもしれないという不安。

 犯人どころか、被害者すら一切姿を見せないという焦燥。


 そんな中にもたらされた怪しい噂があった商人、素行の悪い冒険者、裏を仕切っていた闇組織が消えたという事実。そして流れるそれらが行方不明事件と関係があるという噂。


 不安に押し流されそうになった者がそれに縋ったのは、ある意味当たり前の流れだったのかも知れない。


 犯人は悪いやつではない……と。


 例えば黒い噂を持つ者が10人いなくなったとしたら、その間に悪い噂など一切ないただの人が50人いなくなってしまっているだろう。


 だが、その事には一切目を向けない。気がつかないふりをする。隣人が消えたのはただ避難しただけで、事件とは関係がないのだと。


 商人が、貴族が消えたのは悪だったから。それは事実かもしれないし嘘かもしれない。消えた理由は分からない。だが、確かに商人貴族は悪だった。 


 だったら、突然消えた隣人は? 悪なのか? 違うだろう、そんなわけがない。

 ならなぜ消えた? それが分からない。


 人は既知を好み未知を恐れる。未知、不明、理不尽。

 分からない、それだけで目を背け現実から逃げようとする。


 だから、正体の分からない理不尽よりもこじつけのような正義を取ってしまう。

 取らざるを得ない。


 そうじゃないと、耐えられないから。


「じゃあ何だっていうんだよ! 人身売買の噂があった商人は商隊ごと消えたし、街を荒らしてた冒険者もいなくなったって噂じゃねぇか! 実際最近の街の治安はどうだよ! 少し活気が減ったかもしれねぇが平和そのもの! これが義賊の仕業じゃないとしたらなんなんだ!?」


「そ、それは……」


 答えることができない。理想を掲げていると分かっていても、残念ながらその犯人は一切分からない。手掛かりすらないし、相手を言い負かすほどの何かがあるわけでもない。


 正論が負け、理想論が勝つ。言い争いはそんな結末を迎えるかのように思われた。


 だが、その言い争いは突如終わりを迎える。


「両者とも言い争いをやめよ!」


 一触即発の雰囲気だった両者の間に街の衛兵と思われる鎧を着た人物が数人入ってきた。騒ぎが大きくなりすぎたため駆けつけてきたのだろう。


「行方不明事件については我々が領主様の命にて責任を持って調査をする! 憶測だけで物事を語るな! 根拠のない言葉が皆を不安にさせていると気づかんか!」


「あ……申し訳ありませんでした……」


「はい……熱くなりすぎました。その……よろしくお願いします。俺も知り合いが何人か行方不明になっているんです……。領主様が調査してくれるなら信じて待てます」


 両者のリーダー格だった二人はすぐに衛兵に謝る。それを受け、衛兵も満足そうにうなずく。


「任せておけ。領主様の人柄は知っているだろう」


 言い争っていた人たちから領主様なら安心だとか、これで解決したも同然だという声が聞こえてくる。この街の領主は平民にかなり信用されているいい領主のようだ。


 それと同時に、行方不明事件がすでに領主が動く事態になるほど広まっていることに驚いた。


 衛兵の言葉を聞いて野次馬が去っていき、言い争いをしていた人たちも帰って行ったことで騒ぎが収まり塞がっていた道が通れるようになった。


 だからツクモは移動を再開しようとした。


「さて、そろそろ俺たちも行こうか。……キャロルちゃん? キャロルちゃんどうしたの?」

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