第9話 宿屋



「お姉ちゃんただいまー!」


「ナナ! 遅いから心配したのよーーって、誰!? ……悪いけど、うちは本当に事件と関係ないから帰ってもらえる?」


 宿屋に入った直後、ナナのお姉ちゃんと思われる人物から睨まれてしまった。


「事件とは何のことかわからないけど……俺たちは泊まりにきたんだよ。ナナちゃんそうだよね?」


 シキがそんな話聞いてないんだけどと言わんばかりの顔でこちらを見てくるが、ツクモはナナだけを見る。


 金貨で舞い上がって言うのを忘れていただなんて口が裂けても言えない。言ったら確実に怒られてしまう。


「えっとね、お兄ちゃんに変な噂が立っていてお店に人が来ないって言ったけどそんなの気にしないって!」


「……本当に?」


「ほんとだよ! 噴水の前できゃっち? してきたの!」


 ナナのその言葉を聞いて、バツの悪そうな顔でこちらを見た。


「そ、そうだったんですか?」


「まぁ、そんな感じかな?」


 どうやらそれが本当のことだと気がついたようで、ナナのお姉ちゃんはバッと頭を下げて謝った。


「ごめんなさい! 私、来てくれたお客様を勘違いしてしまって……でも、悪い噂が立っているのは本当なのですが本当にいいんですか? あ、もちろん言われていることは事実無根なのですが!」


「まぁ悪い噂って言われても、俺たちは他人から聞いたことより自分の目で見て判断するからね。……といっても、見たところ大丈夫そうだしこの街にいる間はここに泊まろうと思うんだけど、シキ的にはどうかな?」


「そうですね……。ツクモ様が決めたのならここに泊まることは構いませんが、念のため噂というものを教えてもらってもいいですか?」


 シキはツクモが決めたことだからと泊まることには賛成したが、噂というものは把握しておきたいようだ。

 すると、ナナのお姉ちゃんは噂の内容を話しはじめた。


「最近、この街で行方不明者が多発しているのは知ってますか?」


「えっと、男女年齢関係なく多くの人がいなくなっているんだっけ?」


「そこまで知っているなら話は早いんですけど、居なくなった人の多くが最後に森へ行ったらしくて、うちが森の隠れ家っていう名前の宿だから関わりがあるっていう根も葉もない噂が流れているんです。うちの経営が厳しいからってそんなことするわけないんですけどね……」


 ナナのお姉ちゃんはため息をつきながらそういう。確かに、名前に森と入っているだけなら根も葉もない噂にしかならないだろう。


 しかし、少し気になる事も聞こえてきた。


「えっと……厳しいとはどういうことか聞いてもいいですか?」


「そうですね……まぁ、周りにも知られていることなんですけど、半年前くらいに両親が揃って亡くなってしまい、私が務めていた菓子屋を辞めて宿を継いだんです。ここの宿の売りが料理だったんですけど、私はお菓子は作れてもなぜか料理を作ることができなくて、料理目的のお客さんが離れて行ってしまったんです」


「それは……大変ですね。でも、ラスクでしたっけ? あれはとても美味しかったです」


「ありがとうございます。だから生活は少し大変になりましたが、それでも生活できないほどではなかったんです。でも、噂のせいで見ての通り誰も来なくなってしまってお菓子も売ってぎりぎりという感じになってしまい……」


 だから宿屋なのにラスクというお菓子が売っているというチグハグな状況になってしまったのだろう。


 それに、ナナのお姉さんがお菓子作りの道に進んでいたわけだし、本来の予定ではもしかしたら宿はナナちゃんが継ぐ予定だったのかもしれない。


 しかし、ナナちゃんはまだ幼い。だから急遽ナナのお姉さんが戻ってきたのだろう。


「まぁ完全に言いがかりのようですし安心しました。事件が解決するまでの辛抱ですね……。ではとりあえず一週間お願いしてもいいですか?」


「はい。一週間で一人部屋の場合二人で銀貨四十枚です。二人部屋なら三十枚になります。あと、さっき言った通りご飯を出すことはできないのですが、一泊あたり銅貨五十枚でお菓子をつけているんですけどどうしますか?」


「宿には基本的に夜にしか戻らない予定なのでお菓子は大丈夫です。二人部屋でお願いします」


「分かりました。部屋は二階の奥になります。何か困ったことがあったらいつでも言ってください。私はナナの姉のシエラって言います」


 男女で二人部屋と言うと恋人同士と思われがちだが、二人は成人したてにしか見えないため、シエラは二人のことをなりたての冒険者だと考えた。


 恋人同士かな? と一瞬考えはしたが、ツクモ様と呼ばれていたことからそれは無いと判断している。


「あ、そうだ。シエラさん」


「どうしました?」


「ラスクを銀貨3枚分お願い! すごく美味しかった!」


「えっ本当ですか! ありがとうございます! あれは私が作ったお菓子の中でも一番の自信作なんです! 作り次第持っていきますね!」


 ナナに貰ったラスクを気に入っていたツクモは必ず買おうと決めていた。

 しかし、買うことができてウキウキな気分のツクモにシキが言う。


「……ツクモ様? さっき散財はしないようにするって言いったばかりですよね?」


「これはノーカン! しない宣言した時には買うことを決めてたから!」


「でもこれでツクモ様に渡したお金が一刻も経たずに六割消えたわけですが、どう言い訳するんですか?」


「で、でも美味しかっただろ!? シキもまた食べたいって思っただろ!?」


「そ、それは思いましたけど……それとこれとは話が別です!」


 ラスクは確かにツクモもシキも食べたことがないくらい美味しいものだった。


 だけど、だからといって大量に買っていいというものでもない。


 今回は臨時収入が入ったが、基本的にEランクの依頼では無駄使いできるほどのお金は手に入らない。


 そういったことを考えてシキは無駄使いをしないようにと言ったのだが、ツクモは見当違いなことを言う。


「分かった! ちゃんと分けるしあーんもしてあげるから!」


「なななな、何をおっしゃいますか!? そそ、そんなことで誤魔化されると思わないでください!」


「昔はよく喜んでたのに……」


 そう言いながらもシキの顔は真っ赤だ。意外と見当違いではなかったのかもしれない。


「え、買うことは確定してるんだけど分けなくていいのか?」


「いります!」


「あーんしなくていいのか?」


「いらな……うっ……してください!」


 その様子を見ていた二人は呟く。


「もしかして恋人同士で当たってた……?」


「二人とも仲良しだね!」


 結局、ラスクはツクモの自費で購入することになったが、銀貨3枚分だとかなりの量になるため明日の朝受け取ることにした。


 宿は森の隠れ家に決めて借りたが、昼過ぎに冒険者登録をしてそのままここに来たため、まだ日も沈んでないくらいの時間だ。


 加えてこの宿では残念ながら食事を取ることができない。だから二人は、買い物をしてから夕食をどこかで食べることにした。


「その前に、門番さんにギルドカード見せに行かなきゃね」

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