第6話 冒険者ギルド(怒)


「まず、冒険者が荒くれ者の集まりとされていることは事実です。そして、素行の悪い人がいることも事実です。今はいませんが、確かにこのギルドにも新人に絡むような人は居ます。ここまで良いですか?」


「はい」


 ここまではシキが言ったことと全く同じだ。でも、それ以降は違うとカーラは言い切ることができる。なぜなら、組織というものはメリットがデメリットを上回っていなければ存在することはできないのだから!


「まず、犯人にされることはありません。決定的な証拠が無いのに冒険者へ不当な扱いがあった時点でギルドと国が対立することになります。いくら貴族に私兵があっても、魔法が使える人が多いとしても! 冒険者無しでは魔物を討伐しきれずに国が滅びます!」


「滅びるのですか……!」


「ふむ、だから横暴になるやつがいるわけなのかな。俺が守ってやってるんだぞ! みたいな?」


「いえ、素行の悪い冒険者は基本的に中途半端な力しか持たずに腐っている人たちです。大した努力もせずに伸び悩んだ程度でイラついて、新人に絡むことで自尊心を満たしているんです!」


 ここぞとばかりにカーラが主張する。


「ふーん、どんぐりの背比べというやつだね」


「はいその通りなんです! 逆に、実力がある冒険者は素行が良いです。ランクが上がると貴族と接する機会も増えていきますし、素行だけでなくマナーもランクと共に上がっていきます」


 今日は運がいいことにそういう人たちが居なかったけれど、昼から飲んでは怒鳴り散らすということを繰り返す冒険者もいる。もしそれが今居たとしたら、この二人など成人したてで冒険者になりにきた新人という、まさに連中の格好の的だろう。……じゃなくて。


「まず! 冒険者は敬語は極力使いません。下に見られて舐められたり無駄なトラブルの元になるので敬語は非推奨です! 敬語を使うのは貴族から依頼を受けて直接話すときくらいです!」


「なるほど……その理由なら納得です。でも、私はこの話し方が素なのでそこら辺はツクモ様に任せましょう」


「え? 任されたのか? まぁ良いけど。というか……あれ? そういえば冒険者カードは身分証になるんだよね?」


 そこが冒険者のいや、冒険者ギルドのすごいところなのだ。


「なりますよ。身分証にすることができる主な理由はギルドは独立組織だからです。だから国から依頼が来ることがあっても国は冒険者に対しての命令権は持ちません。つまり、国に縛られることがない組織なのです。大きな組織だからこそギルドカードを身分証にすることができたり、ランクによって宿の割引きなどの特典があります。……ただし! スタンピードなどが起きた時は強制招集で、それを破ると最低でもギルドカードの剥奪です」


「なるほど、滞在している町を守ることを交換条件に特権が存在しているのか。上手くできてるもんだね」


 冒険者ギルドは、冒険者カードを身分証と認めさせる代わりに、スタンピードなどで魔物が迫ってきたときは街を守るために最後まで戦うという約束を各国と交わしている。


「こういう説明は普通登録してから説明するんですけど、二人ともまだ未登録じゃないですか。パパッと登録しちゃうので紙を預かっても良いですか?」


「お願いします」


「どうぞー」


 紙を受け取ったカーラは手続きを完了させていく。名前などの必須項目の中でおかしなところがないかを確認する。


 ダイス村が出身なのかは疑わしいがまぁそこはどうでも良いだろう。魔法適性は記入なし。


「魔法適性は、あるとそれだけでパーティなどに誘われやすくなるので、ギルドの方で無料でお調べしておりますが、どうなさいますか?」


「うーん……。身体強化は使えるし調べなくても良いかな。シキは?」


「私は把握しているので大丈夫です」


「まぁ、属性魔法なんて貴族か、多大な魔力を持って生まれて良い師に巡り合えた人くらいしか使えませんからね」


 貴族には基本的に魔法が使える者が生まれるが、両親のどちらかから一属性を引き継ぐことが多い。


 稀に両親から引き継いで二属性、隔世遺伝として祖父母の代以前の属性が発現して三属性、四属性……と数多く使える者も居るが、使える属性の数が増えるほどその人数は反比例的に減っていく。


 更に、使える属性が多くても魔力が少なくて魔法を使うことができないという例もあるし、一属性を極めて宮廷魔導師になっている者も居るため属性量だけが全てとは言えない。


 そうは言っても魔法は魔力がないと使えないし、あればあるだけ有利なため、魔力が多いだけで貴族の妾や養子、養女となることができたりもする。


 遺伝魔法や精霊魔法などの例外もあるが、今は関係ないから良いだろう。


 基本情報を入力して、魔導具を起動させる。最後にこのカードに使用者の魔力を流せば完成だ。


「はい、完成しました。こちらに魔力を流してもらえれば完成です。登録は無料ですが、小さくても冒険者カードは魔道具なため、再発行には金貨一枚かかるので注意してください」


「これが冒険者カードですか……」


「もう依頼って受けてもいいのかな?」


「少々お待ちください。依頼などに関する説明があるのでそれだけ聞いていってください。……といってもさっき半分くらい説明したんですけどね」


「そういえば詳しい説明を聞いていませんでした。 ツクモ様、情報は大事ですししっかり聞きましょう」


「そうだなぁ。よろしくお願いします」


 その言葉を聞いてカーラの顔が喜色がに染まる。


「情報の大切さを分かってくれますか! これを言うと大抵の人が嫌な顔するんですよね……。こっちは丁寧に情報をまとめているのに誰も聞きゃしないし……あぁ、愚痴みたいになってしまいました。でも、ちゃんと聞いてくれるならしっかりと説明させていただきますね!」


 カーラは一冊の冊子を取り出す。嫌な顔をしたり手短にと言ってくる人たちには、必ず説明しなければならないランク分けとランクアップの条件、受けることができるクエスト程度を話しておしまいだ。


 しかし、ちゃんと聞いてくれる人にはカーラお手製の冊子を1グループ一冊プレゼントしている。


 この中にはなんと、絵付きで薬草の採取の仕方が書かれていたり、こちらは文字だけだが魔物の名前と討伐証明部位が推奨ランク別に書かれている。


 品質で買取価格が変化する薬草を採取しなければいけない低ランク時は、これがあるだけで生活の質が変わるだろう。


 手短に済まそうとする人にもこれを一冊渡せば済むだろうと思うかもしれないが、これは備品ではなく手作りなのだ。


 そんな人には渡したくないというのが当たり前だろう。


 他の受付嬢がカーラのように冊子を作っているかは分からないが、受付嬢という職業自体こういった知識がなければ就くことができないのだ。


「まず、この冊子をプレゼントします。この中には薬草の採取方法やモンスターの討伐部位が書かれています。後で目を通しておいてください」


「こんなものがあったのですね……」


「なんだか、これだけでお金が取れそうだね」


「あはは。低ランクの時は参考になると思いますが、ランクが上がってくると当たり前の知識ですからこうしてちゃんと話を聞いてくれる人にだけ渡しているんですよ。といっても、まだ三組にしか渡していないんですよね」


「数分間長く話を聞くかどうかでこれが……損している人が多過ぎます」


 実際そうなのだからカーラは苦笑いだ。そして本当に今日は誰もギルド内にいなくて良かったと改めて思った。


 もしいてその人がカーラから受付をしてもらった人だとしたら確実に文句を言いに来ただろうから。


「さて、気を取り直して説明させていただきます。一つ説明終わるごとに区切るからその都度質問してくださいね」


「分かりました」


「はーい」


「まず、ランクについて説明しますね。冒険者にはFランクからSランクまで存在しますが、Fランクは冒険者の仮の免許のようなもので、1つの依頼を達成することでEランクに上がることができます。つまり今のシキさんとツクモさんはFランクですね。

FからDまでは依頼の達成回数でランクを上げることができますが、そこから先は達成回数に加えて試験が必要になります。そして、Sランクに到達するには国から承認してもらう必要があるので実質Aランクが最高ランクです」


 そこでツクモが疑問を漏らす。


「あれ? ギルドって金銀銅でランク分けされてないっけ?」


「あぁ、それは設立当初の話ですね。それだとランク間での実力差が大きすぎて廃止になったんですよ。まぁでも、Cランクに到達できる人すら一握りなので気にしなくて大丈夫ですよ」


「なるほど……」


「ちなみに、理由としてはCランクからは護衛依頼が増えるからなのですが、たとえ盗賊であっても人を殺したくないという人はDランクで止めていますね」


 人を相手にするかどうかの境界線がCランクなのだろう。


「ギルドカードについて何か質問はありますか?」


 今度はシキがカーラに質問する。


「あの、実は門から入るときに持っていたお金は使えなくて……優しい衛兵さんにお金を借りている状態なんです。身分証を見せに行くかお金を持っていかなければいけないのですが、Fランクの時点でも冒険者カードは身分証になりますか?」


「それでしたら大丈夫ですよ。登録を行った街に限りですが、身分証として有効です。……ということは、宿などのお金は大丈夫ですか? よろしければ貸しましょうか? 大丈夫です! こう見えてギルドの受付嬢はかなりの高給取りですし、将来のために貯金もあります! 長年貯めた……あー、そうなんですよね、長年相手が見つからず貯金ばかりが溜まってく一方で……同期はみんな結婚して居なくなりましたし、もうすぐ適齢期が過ぎてしまいますよ。……あ、お金がないんでしたっけ? とりあえず金貨10枚ほど貸しましょうか? なんなら返さなくても大丈夫ですよ」


「はわわわわわ。あの、換金できるような素材は持っているから大丈夫です! それに、きっといい男性は見つかりますよ! ツクモ様ーーはダメですけど! 冒険者は荒くれ者でーーはわわわわ」


「落ち着いてシキ。こういう時はそっとしておくのが一番だよ」


 二人はカーラが落ち着くまでしばらく見守ることにした。


 カーラは現在二十歳だ。貴族なら婚約者がいるのが当たり前でほとんどが成人と同時に結婚をし、平民でも二十歳前後で結婚するのが常識だ。


 カーラは美人で優秀なのだが、なぜか相手がいないという状態で時々闇モードに落ちる。


 受付嬢が結婚するのは優秀な冒険者が多いが、カーラは誘ってくる冒険者を片っ端から振っていたせいなのかもしれない。欲望が見え透いた目で見られると反射的に断ってしまうのだ。仕方がない。


「……はっ! 失礼、取り乱しました。あと説明することはーーあ、そうでした! 最近行方不明者が多発しております。まだ噂の段階ですが、誘拐の可能性が高いと言われています。充分に注意してくださいね? 特にシキさんは顔立ちが整っていますし、ツクモさんが守ってあげてくださいね」


 それを聞きツクモとシキは顔を見合わせる。数秒後、頷いた後にカーラの方を向き直した。


「誘拐……ですか? 魔物の仕業という可能性は無いのですか?」


「ええ。それが、どうやら貴族まで居なくなった人がいるらしく、さすがに私兵が一人も逃げられないのは魔物であってもおかしいという話になって街を調査したところ、様々な人が行方不明になっていたのです」


「ふーん、つまり魔物と関わりようがない人まで行方不明になっているし、その人たちが街の外に出た記録がないからありえないって話になっているわけか。ここの街の門番は真面目そうだったからサボっているうちに……ってこともなさそうだったしね」


「そ、その通りです! 男女も年齢も関係なしに居なくなっているし、そこそこ強いはずのCランク冒険者も居なくなった人が居ます。だから、どうか気をつけてください……」


 カーラが心配そうに二人に言うが、言われたツクモとシキに焦った様子は一切見られない。


「大丈夫ですよ、私たちは居なくなりません。もしかしたら解決するかもしれませんよ?」


「そうだなぁ。ま、解決云々は置いておいて、これでもそこそこ戦えるし無理な時は逃げるから安心してよ。……もしかしたらおねぇさんの知り合いが居なくなったのかもしれないけど、俺たちは居なくならないからさ。だって俺たち運がいいしね」


「そうですね。優しい衛兵さんに助けてもらって、こんなに優しい受付のお姉さんに出会えましたから絶好調ですよ」


 カーラは、多分表情に出てしまっていたのだろうと気がつきハッとした。ツクモが言う通り、知っている人が何人か行方不明になってしまっているのだ。


 もし魔物の仕業ならまだ低ランクの二人に問題はないけれど、誘拐なら低ランクだからこそ危ない。


 そんな想いが表情に出てしまっていたからこそ、二人は解決するかもなんていう冗談まで言ってくれたのだろう。


「そうですね。いつもは酒場にいる絡んでくる冒険者も今日はいませんし、本当に運がいいのかもしれませんね」


「では、冒険者活動は明日からすることにして、今日はとりあえず長居できる宿などを探したいと思います。また明日お姉さんが居たらそこに並びますね」


「ふふ、分かりました。お待ちしておりますね」


 ツクモとシキはそのままギルドの外へ出る。長話していたとしても、時間はまだ日が傾き始めたかどうかというところだ。


 この時間なら宿も探せばすぐに見つかるだろう。


「それにしても、俺たちが住んでいた場所にも名前ってあったんだなぁ。ダイス村だっけ?」


「あぁ、それは違いますよ。というか、家が一軒しかないのに村なんて呼び方がされるわけないじゃないですか」


「え? そうなの?」


 ツクモが驚いたような表情になるが、シキは当たり前のように答える。


「そうですよ。だって森から出て最初に会った衛兵さんも言っていたじゃないですか。ここは魔の森と言われている危険地帯だぞって」


「そういえばそんな事も言ってた気がするなぁーーあ?」


「どうしましたか?」


 ツクモは立ち止まってシキを見た。


「換金忘れてない?」


「……戻ります。ここら辺で待っていてください……」


「え? 付いていくよってーーはや! ……ったく、ここら辺で待つかな」


 シキが冒険者ギルドまで素材を換金に行ってしまったので、ツクモは近くにあった噴水に腰掛けて待つことにした。

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