第5話 冒険者ギルド(普)
「へぇ、ここが冒険者ギルドか。ここで登録をすれば良いの? ……めんどくせぇ」
「もう、しっかりしてくださいよツクモ様! 手っ取り早く身分とお金が手に入る場所を教えてくれって言ったのはツクモ様の方じゃないですか!」
「ごめんってば、怒らないでよシキ」
昼を過ぎて少し経ったくらいの時間に、アイフェンドルフ王国の辺境にある都市マルクの冒険者ギルドの前で十五、六歳くらいの見た目の成人したてといった風貌の白髪の少年と、同じくらいの年齢に見える黒髪でおかっぱのような髪型の少女の二人組が言い争っていた。
ツクモとシキである。
「全く、衛兵さんからお金を借りているのですから早く登録しないと申し訳ないですよ!」
「うーん……でもまさか手持ちの金が使えないとは思っていなかったんだよ。しょうがないじゃん?」
本当に不測の事態だったのだといった表情のツクモを見て、何を言っているんだと言わんばかりの表情でシキが言う。
「あれが一体いつのお金だと思っているのですか。あんなものそこら辺の骨董品屋さんで買い取ってもらえるかってところですよ!」
「そんなに昔のものか? でも、この国の名も聞いたことないしそんなもんなのかなぁ……」
「とりあえず私たちは一文無しなんです。こんなところで立ち往生していたら邪魔になってしまいます! 早く中に入りますよ!」
「……うへぇ……俺も行くのか……」
「何か言いましたか!?」
ツクモはシキに手を引かれて冒険者ギルドの中に入っていく。その様子は誰が見ても保護者と子供にしか見えないだろう。
森を出て門に近づいて行ったら、街へ入るためには、身分証がない場合は保証としてのお金が必要だと言われたのだ。
もちろんそういう税があることも知っていたし、お金も用意していた。だが、自信満々にツクモが持っていたお金を、門番に言われた量渡した直後何だこれ? と言われて使うことができなかったのだ。
もしその相手が厳しい衛兵だったら入れて貰えないのだが、運のいいことに優しい衛兵がお金を立て替えてくれたおかげで入ることができた。
代わりに、身分証さえ発行すればこのお金は帰ってくるからあとでもう一度来てくれと言われている。
中に入ると、二十歳くらいの人族の女性が受付に居た。二人はそこへ進む。
「ようこそ冒険者ギルドへ。依頼ですか? 登録ですか?」
「えっと……登録でいいんだっけ?」
「はぁ……登録でお願いします」
ツクモのフォローをシキがため息をつきながらする。
普通なら冒険者になりたいという男の子に女の子が引かれてやってくることが多いのに、なんというか異常な光景だ。
「は、はい。かしこまりました。二人共登録で良いのですよね……?」
「はい、それでお願いします」
「では、こちらの台紙に必要事項をお書きください。代筆は必要ですか?」
「大丈夫です。二人とも文字は書けます」
「えー、書いてくれるなら書いて貰えばいいのに」
「そうやってめんどくさがらないでください!」
この会話を聞いていた受付嬢は愛想笑いを続けられずに苦笑いだ。それどころか、心なしか頰が引きつっている気がする。
書けない人のための代筆であって書くのが面倒な人のためじゃねぇ! と言ってやりたくなったが我慢だ。受付嬢は常に笑顔でいなければいけない。
それに、この程度がなんだと言うのだ。今までも無理やり飲みに誘ってきたり、報酬にケチをつけたりしてくるやつらを相手にしてきたのだ!
ただのめんどくさがりなど私の敵ではないと!
「名前はツクモで、主要武器? なぁシキ、俺が使う武器ってなんだっけ?」
「確かにオールラウンダーかもしれませんが、ツクモ様が主に使う武器は剣ですよ。全く……そんなことも忘れてしまったのですか?」
「ずっと寝てたんだし、大体なんでも使えるようにしてきたからどの武器をいつも使ってたか忘れちゃった。それよりもシキがいつもより冷たくて辛い」
「どうせこういうものはただの参考程度に書くだけですからなんならフライパンとでも書いておけばいいんじゃないですか? ……それにその態度。もしかして調子が悪いんじゃないですか? シャキッとしてくださいシャキッと!」
受付嬢は耐えていた。突っ込んだら負けだと耐え切った。
本当なら、なんで自分が使う武器が分からないんだよ! とか、同い年くらいの女の子にツクモ様って呼ばれるとかどんな身分やねん! とか、調子悪いなら来るなよ! とか言いたかった。
だがしかし、受付嬢は常に笑顔が鉄則だ。どんな人が相手でも、常に笑顔でいれば大体解決することができるのだ。
だが、自分にはもしかしたらツッコミの才能があるのかもしれない。こんなクソみたいな仕事はやめて、最近流行りの、体を張るタイプでなく話で盛り上げる大道芸人でも目指そうかしら? いやでも、受付嬢の給料は魅力的だし……っていやいやいや!
「……さん? あの、聞いてますかー?」
「はっ! 何でしょうか! 何か不明点がございましたか!?」
「あ、気がついた。えーと、出身地は森の中にある村? みたいなところだったんだけど、村の名前が分からないんだよねーーいでっ!」
「まったく……しばらく喋らないでください。私たちが住んでいたのは、かなり寂れた、森の中心あたりの村なのですが、名称が分からない場合どうすればいいですか?」
「なるほど、自分の住んでいる村の名前って知っているようで知らない方が多いので、分からないという事も良くあることです。少し待っていてくださいね」
受付嬢は地図を広げる。本来なら見せて確認させた方が早いのだが、地図は機密情報として扱われているから迂闊に見せるわけにはいかないのだ。
他国に流出でもしてしまえば、一瞬で戦争になって負けてしまう。もしも流出でもしてしまったら一発で首が飛ぶ案件だ。比喩ではなく物理的に。
「森の真ん中らへんの村は……魔の森には村がないというかあるはずがないから……あった! えっと、中心部の村の名前はダイス村ですね。一個だけポツンと離れたところに存在しているから間違い無いと思います。聞いたことありませんか?」
「おー。ダイス村か。あんな場所にも名前が付いていたんだね。シキは聞いたことあったか? ダイス村」
「そうですね……。一度だけ行商人が来たときにダイス村と言っていた記憶がある気がします。ツクモ様、あそこはダイス村です」
実際はダイス村じゃなくても何の問題もない。
実は、出身地は記入の必須項目となっているが、その理由はスパイかどうかを判断するために存在した昔の制度が残っているだけで、既に冒険者ギルドが国から独立した組織になった今では意味をなしていないのだ。
だから適当に書いている人も意外と多いし、受付嬢も気にするようなことではなかった。
「んじゃダイス村っと。よし。受付嬢さんできたよーーいてっ! ねえシキ、何回叩くの?」
ツクモがジト目でシキを見るが、その視線を無視してシキは言う。
「ツクモ様、いいですか? よく聞いてください。冒険者は基本的に荒くれ者の集まりとされているのです。身寄りのないものが多く、どこからかやってくる根無し草。そのくせ魔物を倒せるくらいの力はある。ここまでは良いですか?」
「んー? そうだね。確かに冒険者は、強くて犯罪をしていないだけでどこでも身分が保証される不思議な職業だからね」
受付嬢は心の中で叫ぶ。そうだけど違う! 冒険者ギルドの信用が高いと言ってくれ! と。
「その通りです。でも、もしもここの領主が殺されたとして犯人が見つからなかった時、疑われるのは冒険者です。間違いありません。これは絶対的なことです」
「なるほど、でもそれが何で俺が叩かれることに繋がるの?」
受付嬢は声に出すのを耐える。なるほどじゃないから! 間違ってるから! 冒険者を犯人にするようなことをしたら、その国から冒険者ギルドが撤退して国が滅びるから! と言いたい。
「まず、犯人が見つからないということは、民を守るという貴族としての面目が立たないのです。でも、そこら辺の浮浪者をこいつが犯人だとして持ってきても犯人として信じられるはずもない。そこで使われるのが冒険者です! それも素行の悪いと評判で、ある程度力のある感じの冒険者!」
「確かに。貴族って確かにある程度武器を扱えるようにしているし魔法も使えるから……さすがに浮浪者じゃ殺せないかな。あれ? でも、毒殺だったら大丈夫じゃない?」
受付嬢はギリギリ耐える。殺し方の問題じゃねぇから! というか殺される前提で会話すんなよ! そもそもそんな話をここですんなや! と言いたい、叫びたい。
「甘いですね。毒殺なら毒を使う斥候が疑われます。そして扇動された街の意識は疑われた冒険者を犯人へと仕立て上げてしまいます。あいつはやると思った。あいつはうちの店でこんな事もしていた! あいつが犯人だと!」
「うわぁ……煽動されて犯人に仕立て上げられるのは嫌だなぁ……。良い噂は広がり辛いのに悪い噂が広まるのは一瞬だからね」
「その通りです。……とにかく! 冤罪を避けるには周りの人に敬語で接することで、そんなことをする人には見えないと思わせることが大事なのです。だからせめて受付嬢の前でだけでも敬語で話しましょう!」
「そうか……。確かにシキの言う通りだね。ということで、今までごめんなさい受付嬢さん。これからは素行を良くするので領主殺しの犯人にしないでください」
受付嬢はそれを聞いて耐え……きれなかった。
「受付嬢に愛想良くしようって話を私の前でしてんじゃねぇよ! 本人に聞かれたら意味ねぇだろうが! というか受付嬢受付嬢呼ぶんじゃねえよここに名前書いてんだろうが! カーラって名前がよ! そもそも冒険者は不遇職じゃねぇから! あーもうこの際全部言わせてもらうわよ!」
「ひうっ!」
「は、はい」
受付嬢もといカーラは深呼吸をする。つい叫んでしまったが、今登録しに来たばかりの成人したての子供なのだ。村の大人から聞いたことで色々なイメージを持っていても仕方がない。
むしろ、それを正してあげるのが私の受付嬢としての最初の役目なのだ。そう考えて落ち着いてから話を始める。
ちなみに、この国での成人は十五とされているから、誕生日を迎えてそのままやってきたのだろうと判断した。
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