第二章-1- プロローグ-エルダーの幼き時-
救済の女神は、いついかなる時も微笑んで下さるのであろうか?
否。
神はみずからを助けるものを助く。
救済は、それに相応しき者のみに…。
******
エルダーは悩んでいた。
みずからのこれからについて。
戦士訓練学校…防人としての鍛錬を積まなければならない…。
「でも<<エルグ・デューラー”戦士”>>? このあたしが?」
エルダーの嫌う最たるもの、それが「死」をもたらす戦士の技、であったのは彼女の養い親たる光女神オレアーナ・ルメアの熟知するところであったのは言うまでもない。
「でも、ネプ・エルダー(エルダーお嬢ちゃん)」
オレアーナはその麗しき金の髪をゆったりと梳きながら優しくまだ十歳の(推定・ではるが。エルダーは自身の本当の年齢をも知らない)幼きエルダーを招きよせたがエルダーは嫌々をするようにだだを捏ねる仕種をして言った。
「ネプって言わないでよオレアーナ! 十歳っていったら立派なオトナよ! だって風の都レファンのミーナだって、立派に巫女を務めてるわ! 私だって…」
戦士訓練所の案内が来てる、そう言いかけて口を噤んだのはプライドとはまた違った、生へのレクイエムであったろうか…。
そんなエルダーのパラドックスを全て知り抜いているかのようにオレアーナは続けた。
「<<サーシ・レ・エレク”聖なる都”>>の戦士はね、エルダー…」
注意深く「ネプ」を抜かして呼びかける。
そういえば近頃エルダーは少し美の片鱗が備わってきたわね…そう一人頷きながら。
つややかな黒髪は深緑のぬばたまを憶え、きりりと釣り気味の切れ長の目は意思の輝きを発揮し、ツンと上向きの小鼻さえ末の求婚者同士の先争いが予見された。
もっとも彼女はそんなみずからの美しさなど、興味のかけらも持ってはいなかったのだが。
オレアーナはその逞しさに、なかば呆れつつも喜びを覚えて独りごちた。
そんなオレアーナも、光の女神の名に十分すぎるほどのオーラを持つ女性ではあったのだが。
「「死」をもたらすのではなく帝国レルヘニトの人々、またレ・エレクの聖域をね、守るためのものなの。帝国や、あのレ・エレクを攻め落とそうとする恐ろしいミノアの財団の持つ<<エルグ・デューラー”戦士”>>とは違うわ! 「守るもの」なのよ。そのためのファルタレイト・システムー精神戦士訓練所ーなのよ。あなたのその力、大切なものなのよ?」
ティーカップを空中に浮かべてくるくると旋回させてはしゃいでオレアーナの大切な話を上の空にするエルダーの「<<ファルター・ラフェル”時のはざ間”>>経由の力をピシャリと寸断して、オレアーナは話を続けた。
「<<サーシ・レ・エレク”聖なる都”>>の民はね、選ばれし者なの。生まれた時から神に仕える、そうね、人間達は天使とも呼ぶかもしれない。特殊な力を持って生まれるわ。<<ヨナーク”創世主”>>・ルードがそう望むから…」
ふ、とオレアーナの美しきかんばせが陰る。
望んで彼女が「神の声を受くる女」になったとは、誰も信じてはいなかった。
オレアーナは先の神々の戦い<<ルフィルーディー・ラ・フォブ”千の剣の戦い”>>でその神々の先鋒を担い破れ、その美しさ故に創世主に隷属させられたとも言われていたが、エルダーはそんな何千年も前の昔のことなど知る由もない。
尤もオレアーナは「神」とはまた異なる次元の存在でもあるのだが…それはまた先の話である。
ところで一方エルダーはと言えば、ファァ…と、ひと欠伸するとさっきオレアーナの切った力のせいでカシャンと割れたお気に入りのティーカップの欠片を惜しそうに拾い集めていた。
(この子は大物になるわ…)
呆れつつも明るい笑顔をとり戻してオレアーナは話を切った。
「とにかく、手続きは早急にね。自分の思う通りにばかりは今度ばかりはいきませんからね!」
キャラキャラキャラ…ガラスの涼しい響きのような音を立てて笑うオレアーナを、壁際に佇む衛士は憧れの目でみつめていた。
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