第一章-2 「水晶の宮」-2-

リ・シャルは少しくらくらするあぶなかし気な足取りで、エルダーたちの会話に耳をかたむけた。


「この剣を使いこなすのに、なぜこの珠を…」


エルダーが、七聖剣とグリア婆の珠を両のかいな(腕)にかかえると、突然、二つのものは輝いた。


合逢うた、それは、喜びにみちた輝きだった。


「エルダー!」


突然、珠はマドヴァーの声と形を現した。


「マドヴァー? 嘘! あなたは死んだ-----いえ、私の手で滅ぼしたはず!」


「うふふ。それがエルダー、あなたの甘いとこよ。さあ、私をもう1度つらぬいてごらん。あなたを二度と<<サーシ・レ・エレク”聖なる都”>>へと還れなくしたあたしの<<からだ”組織”>>を!」


「やめて」エルダーは耳をふさぎ目をつむった。


「どうした? エルダー」


エルダーの顔は蒼白じみて、何かにとりつかれたかのように胸元をおさえうめいていた。


”死”が、ここに近寄りつつあった。


「エルダー、剣を、剣を使うんだ!」


リジェールは叫んだ。


「どこ----? どこにあたしの<セイキュルーン”七聖剣”>>」


めくらじみたエルダーは、その視界に浮遊するマドヴァーたちサイキュディアスの中に、1つの暖かいかたまりを見い出した。


「これが----?」


エルダーは<<セイキュルーン”七聖剣”>>を手にすると、とたんに活き活きとした光を目に宿し、やにわに目の前のマドヴァーを”祈りの力”で撃退した。


祈りに珠は応え、<<セイキュルーン”七聖剣”>>は輝きを増し、それに篭められた6つの魂と珠の7つの光がマドヴァーである無の闇をけ散らし消し去ったのである。



この世のすべてを無にする目的を持つサイキュディアス、彼女等が滅ぶときはその暗黒から解き放たれた喜びに満ち、エルダーの<<ヒ・ル・ファルターラー”第一精神能力者”>>たる”祈りの力”で、一瞬世界は輝きに満ちた。


「ほう-----? これはなかなか」


魔女ヘリベダ・グリアの声がした。


「そうさな、やはりおぬしは良く知っておる。レ・エレクの異邦人、あの--------」


とたんに、何も聞こえなくなった。


「リジェール、どうしたの?」


不思議そうに見やった先で、リジェールの、怒りとも見ゆる横顔がみえた。


「グリア婆は何を言ったの? 何か、あたしのこと言ってたみたいだったけど」


「なんでもない。ただ、エルダー、きみは婆さんのテストに合格だったらしい」


「テスト? -----ああ、あの珠のこと? 剣の暴力抜きで、サイキュディアスを退けた」


「マドヴァーか…。きみはまだ後悔しているんだね」


弱い心は攻撃されやすい。負のエナジーが彼等<<サイキュディアス”無の支配者”>>を呼ぶ。------心と、身体と。


闇は来、また、去り、少しずつ、すこしずつ腐食のおりを重ねていく。


「彼女が”裏切り者”たる貴方を死なせる、なんてことを言い出さなければ、<<レ・エレク”楽園”>>から追放されやしなかった-------。いいえ、そうじゃない。剣をつかさどるなんてこと、最悪、信じられなかった。けれど、それを受けたのは私。非はあたしにあるのにね」



「とりあえず、共鳴する一魂をとりもどさなければ」


「グリア婆は神殿へ行けとおっしゃっていらした」


リ・シャルが、めずらしく自分から言った。


「あそこには古い昔の楽器がそろっているそうです」


「<<シーラ”御使い”>>の舞も、おまえは見たかっただろうにな」


リジェールは、こんな際にさえリ・シャルに心を砕く。彼等は、そうしてこれまでやってきたのだ。しかし<<デルフィティ・ルフ”女神の血禍”>>からの救いぬしたるエルダーの事も忘れたわけではなかった。リ・シャルは、彼と彼女2人ともを愛していた。


「シーラ様ならここにいらっしゃいます。エルダー、貴女の舞をこそ私はみてみたい」


今日のリ・シャルは羽を忘れた小鳥みたいに饒舌だった。影が、彼をそうさせていた。


彼は、おびえていた。





「そら、左、手を脇へ。そうそこで打ち込みたまえ」


「リジェール、解りました、あなたの剣の技術。元の帝国の<<エルグ・デューラー”戦士”>>。かなうわけもない」


深く息を吸い込むと、たえだえにエルダーは言った。



「要は殺人の技術、で、なく、防御の…」


「それで<<サイキュディアス”無の支配者”>>をやぶれるのかい?」


「あたしには解る。”無の支配者”は、あたし自身の心の糧を求めてやって来る。あたしの力を求めてる限り…」


「それできみは清らかでない乙女のフリをするつもりかい?」


「リジェール、言いすぎよ」


”パン”。エルダーの殴打がリジェールの頬をはねた。


一瞬のしじま(静寂)。


「悪かった、きみがやつらをしりぞけるのにはヒ・ル・ファルターラーとしての力で十分なことはグリア婆のテストで実証済みだ。だが、その媒体としてこの七聖剣が必要なのは、きみもよく解ったろうに」


「<<シーラ”神の御使い”>>時分によく殺ったものだわ。舞で犠牲の魂を抜き取ったり、その力で雨を降らせ作物を稔らせたり。みなこの剣が媒体だった。でも…」



「今、こそエルダー、きみの本当の戦いが、始まるんだ」


リジェールが、彼女エルダー・ドゥーグを、なだめるようにそっと額に触れた。


「あっ、雨だ! ね、月虹が架かってる」


リ・シャルが久方ぶりに、そぼ降る雨に、歓声をあげた。エルダーとリジェールも空を仰いだ。


久方ぶりの雨、<<ルメア・レ・エレク”天の女神”>>の恵みであろうか。


彼女等の<<ティーシ”額輪”>>も、そに呼応するかのように一斉に光り輝いた。


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