サーシ・レ・エレク【聖なる都】物語
ゆり呼
第一章-1-「水晶の宮」-1-
エルダー・ドゥーグは、少し神経質な美しい少女だった。彼女の瞳は女豹のそれを思わせ、長い髪は漆黒の奔流をなぞらえた。
小さな、しかしよくとおる足音が、神殿”水晶の宮”の階段を下っていた。その先には幾千もの人々のうねりがみられた。皆口々に<<シーラ”神の御使い”>>”たる、彼女ミュエル・ドゥラクを賛美していた。
朝日に、彼等と”シーラ”を隔てる祭壇が白い輝きを増したその瞬間、彼女<<シーラ>>は微笑みもせずに黒と銀の百合で象嵌した剣で壇上、禁色の白の衣を帯びた娘の胸を突いた。
ひととき、彼方見渡す海の果てまで、しじま(静寂)が支配した。
ひとり、またひとりと、彼女<<シーラ>>ミュエル・ドゥラクは、うら若き乙女たちの肉体と魂を支配していった。血のしぶきが衣と、彼女自身のひそやかなる興奮とで紅潮した銀の頬をも紅く染めた。七人の乙女が<<セイキュルーン”七聖剣”>>の七魂と納められた時、楽奏者たちはただその手をとめて、魅入られたように立ちすくんでいた。ただ、鼓手のみがあおるように、その、地の響きともまごう鼓を打ち続けていた。
「ルラフ」、ひと声、年老いた祭官がため息をつくようにつぶやくと、思い起こしたかのように弦鈴手はその杖を高くさし挙げ、それぞれのもの(楽器)を奏ではじめた。
第八代<<シーラ”神の御使い”>>は美しかった。先代”神にこばまれしシーラ”とくらべてはどうだろう?、そう、人々はうわさした。そして、その後すぐに悪魔よけの印を切り、すぐさま周囲を見回し、自分と、その周囲に”こばまれし者”の呪いの印がないのをみてとると、ほっとしたようにその場を立ち去るのであった。
”----ずいぶんと、静かな街だなーーー”
深みのあるその声で、リジェール(彼)はつぶやいた。
”陽は満ちているのに1人もみあたらぬ”
簡素ながら、彼のまとっているのは近頃さらに見受けられぬ正騎士のまとい(衣服)であった。
「今日は新たな”シーラ”が生まれたのです。街をあげて皆神殿の方へ、つめているのです」
華奢な、一見してそれとわかる吟遊詩人が、主人への敬愛を込めてすきとおるような声でそういった。
彼の銀の髪は腰までもたなびき、一陣の風に正騎士のかいな(腕)をかすめたが、そんな時、彼は羞恥に頬をあからめ、月光ともうたわれた髪を今宵こそ断とう、と決心するのであった。
「シーラ(神の御使い)が? あの殺人鬼がまたふえたの?」
「きみも人のことはいえないね」
正騎士は振り返り、今しがた声をあげた黒髪の娘にからかうような微笑みをむけた。
”こばまれし”エルダーは、フンと鼻を鳴らすようにそっぽをむいた。
「あたしは肉体まで滅ぼしたりはしないわ。輪廻の輪の中にやすらぎを与えてやるだけ」
”それのどこが違うのかい?”リジェールはこのパラドックス(逆説)に少し、微笑むと、やさしく”こばまれし”エルダーこと、先代<<シーラ”神の御使い”>>を見やった。
「それにしても、あの<<セイキュルーン”七聖剣”>>の儀式はどうするのかしら。あの剣はあたしが手にしたまま逃げたのに」
黒と銀の百合の象嵌剣を彼女は帯の上からたしかめるようにまさぐった。
「彼等のことだ。レプリカくらい、いくつでも作り出してみせるだろう」
「模型(レプリカ)なら、ね」
そうつぶやいたエルダーの美しい顔に、少し翳りがみえたのは、吟遊詩人リ・シャルの見まちがいであったのだろうか。
ようやく、陽射しもぬくもりをみせ、人々の影もあちらこちらに見かけられるようになり、彼等は目指す魔女ヘルベダ・グリアの軒先にたどりついた。
「おはいり」
しわがれた老婆の、抑揚だけは乙女じみた声が、樫の木の扉の中から響いた。むせかえるような香料と薬草の香り、いくつかの死体の断片、ホムンクルス(人造人間)と妖精のあでやかな合成物が、薄闇の中に渾然とただよっていた。
その中で、ひときわおぞましげなかたまりが、口をきいた。目だけはおとろえることなく、暁けの湖のように澄んでいた。
「新<<シーラ”神の御使い”>>を見たかい? あれは薬をかがされたさね。今どき、あれだけみごとに<<セイキュルーン”七聖剣”>>”をよみがえらせるなんて、わしは信じないね、あんな娘っこが。おまえさんのみごとな舞をあいつらにみせてやりたかったね。あれはエルダー、おまえさんの替え玉にすぎん。やっかいなこって。それがわかるやつが現世には、わしと、ほれ、あんたたちしかおらんてのはな」
「婆さん、我々はあんたのごたくを聞きに来たんじゃないんだ。その<<セイキュルーン”七聖剣”>>がね、儀式のやつは偽物で、本物がここにあるって、言いたかったんだ」
エルダーは隠しから金の布に巻いた剣を取り出した。
「ほう、やはりな--------」
心得顔にうなずいた老婆は、しかしすぐ不安げにそわそわしだした。
「あいつらはそんな殺生を神殿でやったってのかい?」
「彼等も必死なんだな。<<シーラ”御使い”>>なしでは民衆は納得しまい。いずれ、七人の娘も本当に死んだものやら。儀式さえおこれば、彼等は納得する、、と思っている」
「そうでないものもおったがの」
フォッフォッフォッ、と咳き込むように老婆は笑い、エルダーを招き寄せた。
「おまえさんは、それでどうしようっていうのかい? 折角<<みつかい”御使い”>>を消したのに」
エルダーは少し困ったように微笑んだ。そのはずされたまなざしの先で、それまで口をつむんで使い魔、淫魔、小悪魔たちの悪ふざけに耐えていた吟遊詩人リ・シャルが、ひと声”あっ・・・”と叫んでひざをついた。
すぐさまリジェールは彼をかばうように抱きかかえ、戯れのすぎたスクブスたちをまなざし一つで追いやった。
エルダーは自分がまだあの神殿守のところへ胸をはって訪れることが出来るかどうか、自信がなかった。かの地、遠い海辺、静かなるナルリの海のもとへ。
「剣の…使い方を、教えて、欲しい-------」
「ほう、剣の、かい。おまえさんらしくもない」
魔女ヘルベダ・グリアは、それでも嬉しそうにエルダーの<<セイキュルーン”七聖剣”>>を指差した。
「マドヴァーをたおしたおまえさんの、どこが剣の無知を語るのかい? 剣を使えばこそ”こばまれし者”となり得たものだろうに」
「しかし」
リジェールはエルダーの<<セイキュルーン”七聖剣”>>を受け取りながらいった。
「この<<セイキュルーン”七聖剣”>>はマドヴァーとの戦いで一輝が費やされてしまった。また一魂を入手しなければ使えないのだろうか」
グリア婆は、いった。
「なまじの剣ではあるまい。<<サイキュディアス”無の支配者”>>マドヴァーを倒した剣ならば。一度使えばわかったろうに。その剣は真なる<<シーラ>>、おまえさまの手の中にある。あと一魂? 神殿に答えはあるね」
別れ際、魔女ヘルベダ・グリアはエルダーに一つの珠を渡した。
「今度はマドヴァーのようにはいかぬぞよ。<<サイキュディアス”無の支配者”>は、あの殺生に誘われないはずがないでの」
乙女じみた声で、彼女は言った。それはほとんど慈愛に似たような響きがあった。
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