第3話 当日(お通夜)前半
アラームの音がする。
どうやら俺がまだ生きているようだ。
目が開いてしまった。
来てしまった。帰る準備をする。
東京に上京してきた俺はお通夜のために実家に帰らなければならない。
そうだ、帰るのだ。
早く準備しないと。帰るから駅でお土産も買わないと。
自分に言い聞かせる。言わないと身体まで止まってしまいそうだから。
機械的に身体を動かすことで何とか電車に乗ることができた。
あと3時間、何をしようか。電車の車内をぼんやり眺めてみる。
土日にしては人が少ない。
はしゃぐ子どもを窘めるお母さん。
ニコニコと話す老夫婦。
ゲームに熱中している二人の少年。
爆睡している青年。
本当に色々な人がいるな、と思う。
思うだけだ。
きっとそれぞれがそれぞれの人生を送り、数々の運命を辿っていくんだな。
流れていく外の景色も車内のどんな人も全部全部全部イヤだ。
全て否定するようにイヤホンをしスマホの中の入っていった。
2回ほど乗り換えをして地元に着いた。
というより着いてしまった。
駅に迎えに来てくれた親は悲しそうな表情をしていたが何も言わない。
さてお通夜は18時からだ。何をしようか。
とりあえず喪服を買ってこようか。
ネクタイが黒だよな。
インナーって黒でいいんだっけ?
なるべくあいつのことを考えないようにする。
別に聞けばいいし、調べればいいことを考える。
生産性など求めていない。
両親はお通夜に行くのか、と聞いてみた。
(行かない。)
なぜ?
(悲しくなりたくないから。)
既に悲しそうにしているのに何言ってんだか。
(お前は行ってこい。)
わかってる、行ってくる。
17時ごろ友達が車で迎えに来てくれた。
久しぶりに会う友達は髪の色が緑になっていてなんだかとても面白かった。
会場に着く。
何年ぶりかに会う友達ばかりで同窓会みたいになってしまった。
20歳になる今年は成人式があるからどのみち会うのになんとも皮肉なことだ。
葬儀場に行く。
奥に花や飾っている写真が見える。
…………そしてその下に棺がある。
そこまで人が列になって並んでいる。
見たくはない、しかし見なくてはならない。
謎の使命感が俺を動かした。
もう心は震えていた。心の底から抗おうとした。
カスほどの理性で感情をおそらく人生で1番抑えこんだ。
旧友に会えて少し浮いた気持ちは慶人の棺を見たときに一気にどん底もどん底まで落ちた。
見た瞬間、目を背けた。
…もう1度見ようと試みる。
見た。
顔が変わっていた。そうとしか形容できない。
高校で最後、卒業式の時に会った頃の面影はどこにも無かった。
思わず口を手で覆い、その場から飛びぬく。
必死に呼吸をする。
遺族の前では泣かないと決めていたからだ。
少し落ち着く。
周りを見る。
女友達の1人がじっと慶人を見つめながら泣いているのを今でも覚えている。
誰1人として平静でいた者はいなかった。
いや、平静はふりはみんなしていたと思う。
少し冷静になった俺は仲の良かった友達を探して後ろの方に座った。
泣かないようにじっとしていた。
お通夜が始まった。
仏教徒だったので(おそらく日本人の多くは仏教で葬儀を行うと思われる)お経が唱えられる。
周りからすすり泣く声がする。
近くで聞こえる声を、水が流れるのを感じ、ようやく自分も泣いていることにきづいた。
泣かないと決めていたのに。
理性が一瞬で感情に負けたようだ。
やはり俺の理性は弱い。
その後、焼香が行われた。
最初は後ろの席に座っていた俺たちも遺族のご厚意により前の方の席に座らせてもらえることになったので早い段階で焼香をした。
それを終えるとずっと焼香をする列を眺めていた。
何人もの人がいてこれでもかというぐらいの人がしていた。
おそらく200人以上いたと思う。
そのぐらい多くの人がきて、悲しんで、そして愛してくれていたんだなと思った。
尊敬した。
だからこそいなくなってはいけない人だった。慶人は。
『良い人ほど早くに死ぬ』
とはよく言ったものだとこの時初めて実感した。
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