譲れない、秋
季節は秋。
僕には譲れないものがあった。秋と言えば芋煮会だ。しかし誰もそれを知らないと言う。芋煮を知らないとは何事だ。僕はモヤモヤが募って秋の夜長に眠れない。
深夜に一人縁側で空の大鍋を抱えて銀杏をアテにコップ酒を煽る。
「あ~きの夜長にぃ~」
するとどこからか柿の実が飛んでくる。
「うるせー!」
柿は僕の頭に直撃した。渋柿だ。夜中に自作の歌を歌っただけで柿の実をぶつけられるとはなんとも不条理だ。
しかし渋柿というものは昔話でもやはり不条理を投げつけてくるものだ。僕は大鍋を頭にかぶって立ち上がると更に大きな声で歌い上げる。
「芋煮だ! 芋煮だぁ! 僕~を救うのはただ一つ、芋煮会しかな~いんだ~!」
「だからうるせーって言ってんだろーが!」
真後ろから大きなお玉でしたたか殴られた。がいんと響いて目が回る。
「暴力反対! 話せば分かるだろうに」
僕は大鍋を盾のように構えた。
「問答無用」
奴は鍋を叩くふりをしてフェイントをかけ、僕の頭をお玉でぽこぽこと連打した。
「やめろよ沢村っ」
沢村。沢村
「夜中にサカリがついたように騒いでる奴が悪い」
「サカリなんかじゃない」
しかし賑やかだったのは否定できない。夜が長ければ長いほど僕の狂気の時間はそれに比例するのだ。
「朝まで静かに呑むさ」
「イモニとやらの夢を見ながら呑むんだな」
嗚呼、今折角忘れかけていたのに。芋煮。秋には欠かせない行事。いやこれはもはや神事。
「百歩譲ってこのアパートの中で明日は芋煮だ」
僕は僕の前の天敵と大鍋に誓った。
仕込みは朝から始まる。
人参大根牛蒡里芋豚肉蒟蒻長葱白菜豆腐茸の下ごしらえをして煮えにくいものから鍋に放り込んでいく。具は大きめがベター。蒟蒻と豆腐は手でちぎるのがベスト。
味噌は自分で仕込んだ手前味噌。味噌樽の上に乗っている小さいおじいさんがイヤイヤをするが、梨を小さく剥いて差し出すと素直にどいてくれた。
そしてご飯を炊いておにぎりにする。
「さあ諸君。秋の風物詩、芋煮会の始まりだ!」
僕は高らかに宣言する。住民達はだらだらとぽつぽつと集まり始めた。
外は昨日の雨が嘘のように晴れている。これぞ秋晴れだ。芋煮日和だ。
「いっぱい作ったからたーんと食べたまえ」
芋煮はおにぎりと合わせて食べると最高だ。頭だけが蛇のおじさん(年齢不詳だが恐らく中年だろう)は一人でおにぎりを4つも平らげた。欲を言えば折角なので丸飲みではなく良く噛んで味わって欲しかった。
「美味いなーこれ。おかわり!」
聖ももりもりと食べている。
料理を作る醍醐味。それがこの賛辞と食いっぷりだ。
僕は満足していた。山で火を起こして作ったわけでも、茸を現地調達したわけでもないけれど。こうして大勢で芋煮鍋を囲む事が幸せなのだ。
芋煮鍋は大好評のうちに完売となった。
「美味かったなー」
「またやろうぜ」
皆が口々に言う。これで暫くは夜も眠れるようになるだろう。
「いいとも。喜んでまた作るよ」
僕の笑顔は絶えない。
「ああ、また頼むぞこの豚汁」
その言葉に僕は空になった大鍋を取り落とす。
「豚汁じゃなくて芋煮だっつーのに!」
「え、これ豚汁でしょ?」
「いいじゃん豚汁で。同じ様なもんだろ」
「違……っ! これは芋煮……」
「旨い豚汁、ごちそーさん!」
僕は膝から崩れ落ちる。
嗚呼、嗚呼。何と酷い言われようなんだ。
やはり世の中は不条理に満ちている。
こうしてまた僕は秋の夜長に眠れなくなってしまうのだ。
バベルハイツ201号 千石綾子 @sengoku1111
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