俺へ

十森克彦

第1話

「おはようございます」

「ああ、おはよう。あれっ、髪切ったんだ」

 田中敬司は、出勤するなり向かいのデスクに座っている天羽結衣に声をかけた。声をかけられた天羽結衣は顔を上げ、目を丸くして敬司のことをまじまじと見返しながら、

「びっくりしました。田中さんってそんなことに無頓着な人だと思ってました」

 と答えた。確かに敬司はそんなことを日頃口にはしない。無頓着なわけではなく、実はむしろ敏感な方だったが、それを素直に表現することを避けてきただけだ。つかみどころのない、クールでニヒルなキャラクターを演じてきた。その方が何かと楽だったからだ。それが何故、今日に限って柄にもないことを言ったのかは自分でもよくわからない。今朝起きた時から、なんというか、硬い殻を破ったような、のびやかな気分だった。

「まあ、たまにはね。今日は快調でね」

「確か週末は高峰さんと母校の大学祭に行くって言ってましたよね。よっぽど楽しかったんですか」

「いやまあ、結局缶ビールばっかり飲んでたんで、いつもと大して変わらないけどね」

「てことは、いつも缶ビールばっかり飲んでるってことですか」

 結衣が今度はくすりと笑いながら首をすくめて見せた。彼女のこういうところを敬司はかわいいと思っていたが、なにせそれまでは不愛想を装ってちらりと顔を見るくらいだったので、ほとんど会話をする機会もなかった。何気ない一言だけだったが、それでずいぶん関係が変化したように感じられる。結構、そんな小さなことで人との関係は変わるんだな。これまで何故、そんな一声が出なかったのだろう、と不思議にさえ思った。


「おはようさん」

 高峰隆二の声が聞こえた。大学時代からの付き合いで、くだらないことから結構踏み込んだことまで、よく話す相手だった。卒業と同時に一、緒にこの奥ノ本建設に同期入社した。お互いそんなに仕事熱心というわけではなかったが、企画室で様々なプロジェクトのとりまとめをしている敬司と、営業部門の高峰とは仕事でもよくやり取りをしている。

「ああ、おはようさん」

 敬司は特に何も意識することなく声のする方を振り返って挨拶を返しただけだったが、高峰はなぜか絶句して、あまつさえなにかに怯えたような顔をして敬司の顔を凝視していた。その表情を怪訝に感じて敬司が覗き込もうとすると、高峰は書類の入った社内用封筒を敬司のデスクになかば放り投げるようにして、逃げるように退出して行った。

「なんだよ、あいつ。幽霊でも見たような顔をして」

「幽霊でも見えたんじゃないですか。田中さんの肩あたりに」

 天羽結衣がいたずらっぽく笑って言った。そんな軽口を交わすほどの関係でもなかったように思うが、まあ不快ではない。なにげない会話の有効性を改めて感じながら、敬司は田中の置いて行った書類を取り上げて、決裁に回すためにまとめはじめた。


「誰か、このプロジェクトの練り直しをしてくれんか。全くこの忙しいときに、途中まで進んだ話の腰を、営業のやつが折ってきたんだ」

 3日ほど後のことだった。出勤するなり、企画室長が室員全体に向かってけだるそうに言った。朝から思い切り不機嫌である。少し自席に来るのが遅くなったのは、おそらく上から呼び出され、何か言われて来たに違いない。こういうときにはできるだけ目を合わせないで、自分の仕事に集中しておくに限る。他部署や社外との打合せかなにかの名目で外出できるのが一番いいのだが、あいにくそんな案件は都合よく手元にない。誰もが下を向いて沈黙しているうち、室長の声は険しさを増してきた。

「あの、室長、俺やりますよ」

 敬司は思わず手を挙げた。いつもなら主任あたりに人選も含めて丸投げをされるか、誰かを名指しで命じるかになる。その選び方も、

「仕方ないな、今日は○日だから右から○番目で○○くん、よろしく」

とか、

「昨日は△点差で巨人が勝ったから、社員番号の下一桁が△の人」

 とか言った調子で、要するに何の根拠もない。指名された者はただアンラッキーということになる。別にその分自分の仕事を配慮してもらえるわけでもないので進んでやりたがる者もいない。それなのに、あろうことか日頃大抵のことには無関心で、お世辞にも仕事熱心とは言えない男が自ら名乗りを上げたのである。当の室長はじめ、敬司本人でさえ、驚きを隠せなかった。

「あ、ああ、じゃあ田中にやってもらおうか」

 と言いながら、室長は手にしていた紙製のフォルダーを差し出した。

「櫓が丘ニュータウン」

 と書かれた、二つ折りになっているピンク色のペーパーフォルダが少し膨れるくらい書類が挟み込まれている。

「これは……」

「もともと営業の連中が持ってきた話なんだがね。リスクがあるから地盤調査をやり直した方がいいってさ。このご時世だからな。そう言われれば無視はできん。計画の練り直しを上が指示してきたんだよ」

 確か、高峰が関わっていたプロジェクトだった。敬司は、数日前の親友の驚愕の表情を思い出していた。あれ以来、なんとなくだが、こちらを避けている様子だった。

「……ほんと、どうしたんだろうな、高峰のやつ」

 敬司はデスクに再び腰掛けながら、小さくつぶやいて、書類を丹念に繰り始めた。


 社員食堂にはちゃんとホットコーヒーを飲むことができるようにしてあるが、そこまで行くのが面倒くさいので、大抵オフィスと同じフロアにある自動販売機で缶コーヒーを買うことにしていた。甘いものが好きではないので、いつもブラックだったが、ここ数日はなぜか微糖を選んでいる。年齢と共に苦いものが好きになっていくというイメージを勝手に持っていたので、逆に甘いものがよくなってきているというのは若返っているのだろうか、などと割とどうでもいいことを考えながら、敬司は缶コーヒーのプルトップを開けた。

「お疲れ様です。社食に行かないだけじゃなくて、デスクにも戻らずに立ち飲みなんですね」

 天羽結衣がいつの間にか隣に立って、小銭を入れている。

「君こそ、皆とお茶しないんだ」

 女子社員は大抵休憩時間を合わせてティータイムを楽しんでいる。自動販売機コーナーで姿を見かけることが珍しいなと思いながら手元を見ていると、ミルクティーのボタンを押している。なるほど。飲み物のチョイスは女子らしいな。これもまた、どうでもいいことを考えながら、微糖のコーヒーを一口飲んだ。明日は、普通のミルクコーヒーにしてみようかな、と思った。

「田中さんって、最近雰囲気変わりましたよね」

 取り出し口からミルクティーの缶を取り出した結衣は、開封はせずに両手でそれを包むようにして持っている。なぜか敬司の方は見ずに、自動販売機の取り出し口付近を見つめながら言った。

「ああ、そうかなあ。ちょっと甘党になってきたかもね」

「……そういうことじゃなくて」

 もちろん、それは分かっている。わざわざこんなところに飲み物を買いに、しかも自分が来ている時間に合わせるように出てきている。もしかして、と思うと気恥ずかしくて、話を茶化したくなってしまう。

「なんだかとても話しやすくなったし、仕事も熱心で、なんだか別の人みたい」

「そりゃどうも。ほめてもらったと思っていいのかな」

「ほめるなんてそんな上からなことじゃないですけど。例のプロジェクトって大変なんですか」

 仕事の話を振ってもらったので、敬司は少しだけ残念で、同時に安心した。

「うんまあ、大変というか、面倒くさくはあるけどね。昭和の高度経済成長期にできたニュータウンを、新しく建て直すって話でね。すでに住宅なんで、宅地造成の許可はあるんだけどさ、なにせ古い話だからさ。今の基準からするとずいぶん緩かった時代なんでね。一応ボーリング調査もしたから大丈夫だろうって進めていたんだけどさ。ところが、周辺のデータを持ってきて、すぐ近くで液状化のリスクがあるってレポートが出たんだ」

「近くでって、その場所の話じゃないんでしょ」

「うん。ただ、現場は高台になってるからさ。その下の方の地域が液状化したら、やばいかもってね。周辺地域の地質調査と、場合によっては地盤の改善なんかを加えることになるかもしれないってことさ」

 敬司は目を通した資料を思い出しながら、つい説明に熱が入った。なにせ、その資料を集めて計画の練り直しを進言したのがあの高峰だったのだ。ぐうたら社員というわけではないが、そんなに仕事にパッションを発揮するような男でもなかった。その高峰が、わざわざプロジェクトの責任者である部長のところに直談判に行ったのだという。敬司は自分自身もかつての高峰と同様、仕事に必要以上に熱を感じてはいなかったのだが、高峰のその熱につい乗せられて、珍しく力が入っているのを感じていた。

 じっと話を聞いていた結衣が、敬司の方に向き直って、

「田中さん。あの、よかったら、ですけど。そんなお話、今度、お食事でもしながらゆっくり教えてもらえないでしょうか」

 と言った。敬司は、まっすぐに自分のことを見つめている結衣の目線に初めて気づき、予想以上の展開に動揺した。そう来るか。結衣はいつまでも、ミルクティーのプルトップを開けようとはしなかった。


 久し振りの、デートになった。結衣は思ったよりもずっと積極的で、一度食事でも、と切り出したかと思うと、間を開けずに

「いつがいいですか。なんでしたら私、今日でも空いてますけど」

 という具合に、うやむやにはさせない勢いで畳みかけてきたのだ。その勢いに押し切られるように、

「じゃあ、今日、行こうか。どこかお勧めの店、あるのかい」

 と答えていた。オフィスに戻ると企画室長からは、午前中にまとめたプロジェクトの途中経過の報告について、

「なかなか手早く進められているじゃないか。上もほめていたよ。その調子で頑張ってくれ」

 と上機嫌でほめられた。近年ないくらい、公私ともに充実した一日になった。 

 

「ん、なんだ、手紙か」

 ほろ酔いの上機嫌で帰宅すると、マンションの郵便受けに封筒が入っているのを見つけた。何の変哲もないただの白封筒で、差出人のところには名前がないが宛先は自分の名前が書かれている。DMの類ではなさそうだが、宛先欄にある自分の名前の字に、なぜか見覚えがあるような気がした。

 敬司は特に色気もなにもない白封筒を手に取って、とりあえず自分の部屋に入った。机の上にそれを放り出して、そのままシャワーを浴びる。出てきたときには手紙のことはすっかり忘れていて、そのまま缶ビール片手にソファに腰かけて、テレビのスイッチを入れた。チャンネルを変えてみるが、どの局もニュースの時間のようで、特に面白そうな番組は見当たらない。仕方がないのでニュース番組を流したまま、缶ビールを開けた。


「……では明日のお天気です」

 気づくと、別のニュース番組の、締めくくりの時間になっていた。うたた寝をしてしまっていたらしい。ちゃんとベッドに入ろう、と思って身を起しかけ、ふとテーブルの上に置きっぱなしになっていた封筒に気づいた。

「そういえば、何の手紙だったんだろう」

 気づくと気になり始めたので、封を破って中身を出してみる。便箋ではなく、A4のコピー用紙に、殴り書きの様な字がびっしりと書かれていた。


「前略、田中敬司殿。突然、差出人もない手紙で驚いただろう。名前を書いてしまえば、きっといたずらだと考えて、読まずに捨ててしまわれるだろうと思ったので、敢えてこんな形にした。結論から言うと、俺の名前は田中敬司、つまり、俺はお前だ。正確に言うと、お前は俺のドッペルゲンガーのような存在だった。お前がこれを読んでいる頃、俺自身の意識がどうなっているのかは分からない。どうしてもお前に伝えておかなければならないことがあって、この手紙を書いている」

 敬司は思い切り顔をしかめた。

「なんだ、これは。くだらないいたずらだな」

 一人暮らしの部屋に、敬司自身の声が思いの他大きく響いた。クダラナイ、イタズラ。あえて力を込めてそう断じてしまわないでいられない何かが、敬司のどこかをつついている。

「お前は俺がこうすればよかった、あんなこと言わなければよかった、と後悔しているようなことを、唐突に現れては俺にぶつぶつとささやいた。何度もだ。初めは幼稚園児くらいの姿をしていたお前自身は、回数を重ねるごとにだんだん成長した姿になっていった。それが作り話だと思うなら、高峰隆二に確認してみたらいい。やつも同じ経験をしていて、この話をずいぶんしたからな。もっとも、やつがまだそのままでいたら、の話だ。俺はこの現象について考えていくうちに、やがてその姿が俺自身の年齢に追いついたときに、俺はお前と入れ替わられてしまうのではないかという仮説にたどり着いた。いや、仮説ではない。なぜなら、天羽結衣も恐らく同じことを体験して、入れ替わられてしまったからだ。ある日を境に、おとなしくて控えめだった彼女が、急に明るく社交的な女性に変わってしまった」

 だれがこんないたずらを。苦り切って、封筒を調べる。切手の下に「配達日指定便」と書かれたシールが貼ってあった。郵便局の受付印は先週の、高峰が封筒を届けに来て絶句していた前日になっている。手の込んだことをしやがって。思わず手紙を破り捨ててしまおうかとしたが、どうしても気持ちにひっかかるものがあって、捨てられなかった。気付かないふりをして、自分で自分をごまかしていたが、どう見ても、その宛名書きは敬司自身の字に他ならなかった。


「入れ替わるだと。俺がドッペルゲンガーだと。ふざけるな、冗談じゃない。俺は生まれ時から変わらずに俺だ」

 聞いたこともない荒唐無稽な内容に、いちいち反応するのもバカバカしいと頭では思っているが、なぜか気になり、どうしてもその手紙を捨てられない。

敬司は立ち上がり、クローゼットの前に移動する。確かこのあたりに置いたと思うが。ぶつぶつ言いながら、足元の奥の方をまさぐると、奥の方から古いアルバムが出てきた。一人暮らしを始めるときに、実家から持って出たものだ。幼い頃からの思い出が詰まっているアルバム。その一枚一枚について、確かな覚えがある。

 くだらないいたずらに気持ちを乱されていることが不愉快だが、このアルバムにある思い出を確認すれば、すっきりするだろう。敬司はそう思いながらソファのところまでわざとゆっくり戻り、ページを開く。なぜか指先が震えていることに気づき、舌打ちをした。

 一ページ目。赤ん坊の頃の写真が並んでいる。母に抱かれて笑っている写真。寝返りをした姿で泣いている写真。おしゃぶりを両手に持っている写真。ほらな。全部きちんと記憶の通りだ。母の顔も、背景も、寸分違わず俺自身のものだ。敬司はひとりつぶやきながら、写真を目で追った。

「……なんだ、これは」

 違う。すべてが記憶通りなのだが、赤ん坊の顔は敬司のそれではなかった。ページを乱暴にめくる。幼稚園、小学生、中学生、と年代順にきちんと整理されている、幾度となく見てきたはずのアルバム。しかし、どの写真も、敬司ではない他の少年の顔になっている。

「ばかな……そんなばかな」


 矢も楯もたまらず、敬司はそのままマンションを飛び出した。高峰隆二に聞いてみるといい、と手紙には書かれていた。何か分かるかもしれない。高峰の仕掛けたいたずらという可能性もある。いや、きっとそうだ。あの野郎。

 高峰隆二の住んでいるマンションは、敬司の家からは二駅ほど離れていたが、幸いまだ電車は動いている。インターホンを鳴らすと、果たして高峰は出てきた。肩で息をしている敬司を見て驚いたようだが、事情を察したのかすぐに冷静になり、敬司を招き入れた。

「こんな時間に慌ててどうしたんだ」

 部屋に入ると、高峰は下を向いたまま、目を合わせずに口を開いた。

「ドッペルゲンガー」

 隆二がぼそりと言うと、高峰ははじかれたように顔を上げ、隆二を見た。

「俺のことをドッペルゲンガーだっていうふざけた手紙が来た。それによるとお前が何か事情を知っているようなことが書いてあった。どういうことなんだ。何か知っているんなら、説明してもらおう」

 高峰は敬司の言葉を聞くと、そのまましばらく沈黙し、やがて、話だした。

「一月ばかり前の事だ。夜中に幼児が現れてな。ちょうどお前が今座っているあたりだったよ。そいつは俺が後悔していたことを色々と俺に向かって話していたんだ。聞くうちに、ふと分かってそいつに言ったんだ。お前は俺だろうってな。するとそいつは薄気味悪い笑いを浮かべてかき消すようにいなくなった。それから何度か同じようにして現れては俺に、やはり後悔していたことを話しやがるんだ。ただそいつは現れる都度、だんだん成長していった」

 概ね、手紙に書いてあったことと同じだ。やはりあれはこいつのいたずらなのか、と敬司は納得しかけたが、高峰は続けた。

「俺はそれを田中敬司という親友に相談したんだ。するとやつの方も実は同じ事を体験している、と言っていた。やつの方が頻度は多い様だった」

 奇妙な言い方をする。敬司に向かって話しているのに、まるで別の人間の話をするように、フルネームを使った。

「やつは怯えていた。次に現れた時には、自分はとって替られるんじゃないかってね。そんな馬鹿な、とは思ったよ。あの朝、お前を見るまではね」

 そこまで言うと、高峰は再び敬司のことを見つめて押し黙った。

「あの朝? 俺を見るまでは、とはどういうことだ」

「先週、お前のところに書類を届けに行った時だよ。俺の知っている田中敬司とは別人に入れ替わってしまったお前がいたんだ……お前、一体誰なんだよ」

 冗談を言っている顔ではなかった。高峰の目には少し恐怖の色が浮かんでいる。

「馬鹿なことを。じゃあお前はどうなんだよ。俺が元の田中敬司とは別人になったということは、同じ体験をしたお前も、別の高峰になったってのか。変わっていないように見えるがね」

「俺は、入れ替わらなかった。ぎりぎりでね。例のプロジェクトさ。液状化の危険があるから、計画を見直すべきだって、言い出せずにいたんだが、思い切って部長のところに直談判しに行ったんだ。それきり、俺の方には現れなくなった。後悔していることを正したから、なのかもな。詳しいことはもちろん俺にも分からないが」

 液状化の。あのプロジェクト見直しの件はそんなところとつながっているのか。

「そんな馬鹿な事が……」

 敬司は口元で繰り返してつぶやきながら、そのまま高峰の家を飛び出した。


 自分の家に戻ると、放り出してあった手紙を取り上げ、続きを読んだ。とりあえず、できることは他に見当たらなかった。確か冒頭には、どうしても伝えたいことがある、と書かれていた。

「……ドッペルゲンガーであるお前が、俺に指摘したことのほとんどは、天羽結衣に関わることだった。彼女に声をかけそびれた、彼女のことを邪険に扱ってしまった等々。つまり、そういうことだろう。そしておそらく、彼女の方も同様だ。俺はまっすぐに向き合うことができなかったから、こういう結果になったのだと思う。だから、大切にしてやれ。それだけを伝えたかった。以上だ」

 手紙はそこで不意に終わっていた。結びの言葉も別れのあいさつもない。なぜか敬司には、それが理解できた。十分だと思ったのだろう。


「言われなくても、な」

 敬司は今度こそ、その手紙を細かく細かく破って、ごみ箱に流し込んだ。





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