第22話 よろこび、のち、ブルー
週末。
父とあおいが、再び京都へ来てくれた。金曜日を半休にして、月曜日もお休みを取れたので、京都には四日間滞在するという。
「ままー! あたらしいあかちゃん、どこー?」
さくらめがけて駆けてくる、あおい。かわいい。ぎゅっとする。このにおい。このあたたかさ。
「来てくれてありがとう、こっちだよ。父さま、あおいをありがとう」
「さくらこそ、聡子を押しつけてしまって申し訳ない。それにやっぱり、類くんは忙しくて連れて来られなかった。帰宅しても寝るだけ。あれじゃあ、浮気する暇もないよ」
「だいじょうぶ。類くんのことは分かっています。ありがとう。心変わりなんて心配していないし。身体を壊さないかだけ」
「さすがさくらだね」
聡子は検査中だとのことで、赤ちゃんを先に見に行った。
あおいは、赤ちゃんと対面するなり、類によく似た大きな目をさらに見開いて驚いた。
「ふたごちゃん、ちっちゃいぃ!」
「そうだね。これでもがんばっておおきくなったんだよ」
「おお、ほんとうにふたご……!」
涙もろい涼一は、すでに泣いていた。
「もしかしたら、最悪な事態が起こるかもしれないと危惧していた。聡子の年齢、ふたご。もうすぐ生まれそうの知らせをもらったとき以降は、うわの空だった。聡子を支えてくれてありがとう、さくら」
「がんばったのは、お母さんと赤ちゃんだよ。お名前、どうするの」
「この四日で、相談して考える」
「だっこー、あかちゃんだっこしたいー」
あおいがぐずった。
「生まれたばかりの赤ちゃんはね、だっこできないんだよ。やわらかいの」
「そう。だから、あっちに置いてあるお人形さんで、だっこの練習しよう。あおい、ふたごちゃんや皆くんのおねえちゃんだもんね」
「うん。あおい、おねえちゃなの!」
それが言いたかったらしい。この四歳児、すっかり姉の顔である。
その夜は、あおいとふたりでゆっくり過ごした。
あおいは玲のところへ行きたかったようだけれども、玲は皆を引き取って面倒を見ると言い出した。
涼一と聡子をふたりきりにしたかったらしい。
赤ちゃんに慣れているさくらが、より手のかかる皆の相手でもよかったけれど、『親子で過ごせ』と玲は気をつかってくれた。
明日以降は、皆とあおいを入れ替えるかもしれない。まあ、明日の話は明日、ということで解散。
夜ごはんも、聡子を囲んでみんなで食べたので、シェアハウスに戻っても、おふろと寝るだけである。
四日間。あおいと、たくさん話をした。おしゃべりがどんどんうまくなってゆく。たくさん遊んだ。動作が早くなってきている。
ふたごちゃんの名前は、男の子が『景(けい)』、女の子が『唯(ゆい)』に決まった。
「けいくんにゆいちゃんか」
オレのことも忘れないでよと、皆が泣く。にぎやかな一家になりそうだ。
聡子の体調が順調に回復すれば、あと半月ほどの京都滞在で帰京する予定。
……なのだが。
出産を終えた聡子は、なんだか元気がない。
あんなにほしがっていた女の子が生まれたのに、聡子は赤ちゃんをあまりだっこしたがらないし、授乳もしなかった。皆が歩いて寄っても、興味を示さない。
出産直後は疲れたのかなと思い、周囲もそっとしておいた。
涼一とあおいが来たときはとてもよろこんでいたので、勘違いだったかと思ったのに。
ここ数日は明らかに沈んでいる。食欲もわかないらしい。なにをするというわけもなく、難しい顔をしたまま、ベッドの中にいる。たまに、窓の外を見て泣いている。
「身体の回復が遅れているので、内心焦っているのかもしれません。でも、なにもできない自分がいることに苛立っている」
片倉の見立ては『産後うつ』だった。
ふたごの……女の子の出産という、人生の大目標を達成し、進むべき道を見失ってしまったのかもしれない、と話してくれた。ふたごの育児も不安なのかもしれませんね、と。
「私が知っているお母さんは、いつもパワーに満ちていて、こっちが巻き込まれちゃうぐらいの勢いで、仕事もなんでもこなしていって、とにかく生気にあふれていて。ひとつの目的を果たしても、さあ次! って切り替えのできる人なのに」
「ひと休み、でしょうきっと。出産が終わって、燃焼してしまったのかもしれません。やさしく見守ってください。ただ、今の状態が長引くようなら、大学病院を紹介します。専門の医師に診てもらうべきです」
となると、生まれたばかりのふたごちゃんはどうなる。皆は。さくらには、あおいがいる。類も支えたい。自分の仕事もある。
となりにいた、玲が提案した。
「母さんは俺が看る。京都にいてもいいし、東京へ戻っても。けど、ふたごと皆までは……」
「一気に三人も無理だよね。玲は育児初心者だし。時間がある限り、私がお世話したいけど」
「親身になって手伝ってくださる方が必要かもしれません。できたら、子育て経験のある女性が。ですが、さくらさんは早く東京へ帰りたいでしょうし」
帰京したい点については否定できない。さくらは小さく、でもしっかりと頷いた。
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