第17話 焦燥と救いの声

 土曜日。

 さくらは皆を連れてシェアハウスへ帰って来た。


 最近、聡子がよく寝つけないという。おなかが重すぎて、寝るのもつらいらしい。ようやく寝られたと思ったら、今度は皆が夜泣き、の繰り返しである。


 ぐっすり寝てもらいたいと、さくらはまるっとひと晩、皆を預かることにした。明日、日曜日に聡子のところへ戻せばいい、と考えて。


 しかし、シェアハウスは大騒ぎだった。

 明日、ふたりとも休みだと言っていた。世間は連休中、友人を呼んで大いに盛り上がっているらしい。気持ちは分かる。ふたりともまだ若い。自分もじゅうぶん若いけれど。


「まいったな……」


 ドアを開けなくても、音楽が漏れ聞こえている。人の声もする。

 意を決して、さくらは玄関のドアを開けた。


 予想通り、玄関には靴があふれている。何人、いるのだろうか。不穏な空気を察したのか、皆が泣いた。

 その、場違いな赤ちゃんの泣き声が響いたので、ルームメイトのふたり……由香とはずみが廊下に出てきた。


「あ、さくらさん。お帰りなさい」

「その子って、会長の息子さん?」


 ふたりは困ったように顔を見合わせている。


「ただいま。ずいぶん盛り上がっているんだね」

「話の流れで急に、明日も休みのメンバーで集まることになっちゃって。かんにん」

「オールの予定なんだけど……」


 由香が財布を出し、お札を一枚さくらに渡してきた。


「ほんまにかんにん! 今夜はそれでどこか泊まってきて!」

「ごめん、ほんとごめん! 会長には内緒で!」


 あまりの展開に、さくらは驚いた。これから、ホテルを探せと? 連休中の土曜日に? 赤ちゃん連れで?

 せめて、前もって教えてくれればよかったのに。不満も言いたいけれど、もう相当酔っているようで、話しても無駄だろう。


「お金はいりません。荷物、まとめますから少しだけ入りますね」


 自分の部屋で、着替えを用意する。皆の分も。

 どうしよう。ホテルの空室が見つかる気がしない。指先が震えている。

 さくらひとりだけなら、カプセルホテルやインターネットカフェなどの選択肢もあるけれど、皆がいる。病院に戻ろうか? 図々しいけれど、片倉家でお世話になろうか?


「……玲の町家」


 もともと、あの町家はきょうだいの家。さくらが、皆が使っても、不思議ではない。電話を見つめる。履歴から玲の番号を呼び出す。


 今から行く、そう電話しかけて、やめた。


 とりあえず外に出て、東山三条付近、シェアハウスから徒歩圏内にあるホテルの空室を当たってみよう。意外と、当日キャンセルなどがあるかもしれない。


 さくらは地下鉄東山駅の公衆電話の脇に置いてある、電話帳を見ながら近場にあるホテルに一軒ずつ電話したが、全滅だった。

 ひとつだけ、空室もあったけれど、一泊十万円の部屋なら空いている、と言われてしまった。予算オーバー。いくらなんでも、そんな金額は払えない。


 時間が過ぎてゆく。

 そろそろ、皆は寝る時間。ごはんは食べたけれど、おふろに入れていない。さくらは悲しくなってきた。どうしよう。どうぢよう。


 やはり、病院に戻るべきか……と考えたところに、電話が鳴った。


「れ、れい……!」


 どうしよう、このタイミングで玲からなんて。きっと泣きついてしまう。無視するべきか? さくらは迷った。

 でも、皆をこのままにしておけない。さくらは思い切って通話ボタンを押した。


「も、もしもし玲」

『さくら? 母さんのことなんだけど、今話してもいいか』

「うん」


『そろそろ生まれそうだよな。明日、お見舞いついでに、今後について、打ち合わせがしておきたいんだ、いいか』

「う、うん……」

『ん、まだ外にいるのか、さくら? 周りが騒がしいけど、なにかあったか』


 皆が泣いた。さくらもつられて、涙がこぼれた。


「れい……玲。私たち……ええと、皆くんも一緒なんだけど、今夜行くところがなくて……どうしようもなくて、途方に暮れていて……うっ」

『は? 今、どこにいる。迎えに行く。すぐに行く』

「ひっ、ひがしやま、えきまえ。地下鉄の。ううっ」


『分かった。そこ、動くなよ。マックのほうか? 古町商店街のほう?』

「マックが見える」

『待ってろ』


 玲の電話は切れた。

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