第14話 龍虎対決、ふたたび

 一方、そのころ。東京。

 柴崎類新社長は、というと。さくらのピンチも知らずに、ホテルのバーでとある決着をつけていた。


「お待たせして申し訳ありません、真冬さん」


 この夜、類は真冬と約束を取りつけていた。

 真冬は相変わらず、夜の海のようなブラックスーツ。類は濃いグレーのスーツを着ていた。


「いーえ、本日もおつかれさまでした社長。ルイを待つのも楽しかったよ。昔のころみたいで(含み笑い)」

「真冬さんもおつかれさまです」


 類は真冬の後半の発言を無視し、真冬のグラスを確認する。どうやら、ウォッカベースのカクテルを飲んでいるらしい。すでに酔っている様子なので、数杯目か。


「ぼくはシャンパンをください。おすすめのやつ」

「じゃあ俺も♪」


 ぐいっと、真冬はカクテルを飲み干した。半分近く残っていたけれど、最後は一気にいった。


「だいじょうぶですか」

「うん。帰りも、一緒だし(笑顔)」


「……語弊がある言い方はやめてください。同じマンション、なだけです」

「今夜は一緒に寝ようよ(上目遣い)」

「やめてください、冗談でもめちゃくちゃ引きますって、そういう発言。『同じ鍵』は男女の恋愛をベースとした、ノーマル作品なんです」

「は? なにその作者みたいな言い方。『北澤ルイ』のくせに(怒り)」


 ふたりの前にシャンパンが出された。すらっとした背の高いグラス。細かな泡の筋が静かに、何本もまっすぐ上がっている。うつくしい。


「まずは乾杯です」

「楽しい夜に(はあと)」


 だから、楽しくありませんよ、あなたは今夜断罪されます……そう言いかけて、類はやめた。不毛だ。


 夕食を食べ損ねたので、おなかが空いている。きゅううっと、のどに、おなかにシャンパンが沁みた。気持ちいいような、苦しいような。


「軽く、食べてもいいですか。生ハム盛り合わせとバケット、チーズとオリーブを添えてください。お魚のマリネもありますか、でしたらそれも。サラダも少し。真冬さんも召し上がりますか」

「俺はルイがほしいね☆」


「ひとりぶん、お願いします」

「あ、無視したー(怒り)」

「聞こえませんでした」


「なんだよ、こうしてふたりきりでゆっくり語らうの、何年ぶりだっていうのに。いじわるー☆」

「年上なんですから真冬さん。せめて、そういうしゃべり方はやめてください」

「せめて? 攻めてほしいのかぁ(ニヤリ)」


「……今日、呼びだしたのは、『別れさせ屋』の件です。本日をもって、廃止します」

「あれ、俺は楽しい仕事なんだけど? 報酬もいいし(平然)」


 母から聞いて驚いたのは、別れさせ屋の報酬、つまり対価だった。一件成功につき、基本百万。結果によっては、聡子からの特別ボーナスもあるらしい。

 別れさせ屋は、美男美女。テクニックも必要とされる特殊任務であるが、その金額にさすがの類も驚いた。


「廃止です。美人秘書課とか、母の遺した負の遺産は、さっさと処理すべきですので」


 類は、廃止にかかわる誓約書を持参していた。真冬にサインを促す。


「んー。最近、依頼がないからおかしいなと思っていたんだけど。俺が、函館にいたからだけじゃなかったんだね(落胆)」

「これからは、愛し合う人とだけ、してください。愛のない行為はむなしいですよ」


「お前がそれを言う? さんざん遊びまくってきたお前が。片腹イタイわ(失笑)」

「ぼくは、さくらと出逢って変わりました。真冬さんにも絶対いますよ、運命のお相手」


「うんめい、ねえ……でも、俺が少しやさしいことばをかけただけで、みーんな俺の下僕になっちゃうんだもん。吉祥寺店の、イップク? あいつも、ちょっと褒めたら忠犬ハチ公状態。俺の命令なら、なんでもきくよ。忠犬チョロ公()」

「い、イップクに……なんかしたんですか!」


「おしえなーい。これ、ノーマル小説なんでしょ(侮蔑)」

「そ、そういう、思わせぶりな態度も禁止です!」


 ああ、さくらからこの懸案を取り上げておいてよかった。イップクまで陥落しているとは。まっすぐで素直なさくらには、手に負えない相手だ、真冬。


「あの子も簡単だったよ。ほら、ルイ店長のお得意さん。飲みに誘ったら、すぐについてきた。かわいそうに、飢えていたんだね(ごちそうさまでした)」

「顧客を喰わないでください!」


「でも、それ以降、家具をどんどん買ってくれるし? お互い、手軽に性欲を解放できて便利だよ(平然)」

「簡単に関係を結ぶのはやめてください。ぼくが言えたことじゃないって、分かっていますが」


「そんなまじめなこと、言って。しばらくしてないんだろ、ルイ。さくらさん、京都に行っているからさ(窺いのまなざし)」

「ぼくの心配は要りません。ほんとに毎日忙しくて、それどころじゃないんです。今、さくらが近くにいたって、とてもそんな気持ちにはなれそうにありません」


 そろそろと、真冬が類の太腿に手を這わせてきたので、すぐにはたき落とす。ぴしゃりと。

 類は生ハムを口の中に放り込んだ。落ち着け。冗談だ、こんなの。


「老成しちゃってつまんないなー。社長になったからって、守りに入るの?(疑問)」

「シバサキの社員およびその家族、取引先のみなさんの暮らしがかかっているんですよ。守るべきところは、守ります」


「だったら、むしろ必要だよ『別れさせ屋』。シバサキは若い社員が多いもん。色恋も多いよ? 感情のもつれもあるよ。第三者が入ったほうが、早くきれいに終わらせられるって(説得)」

「いえ、もう必要ありません」


「ちぇっ、けち。じゃあ、条件次第で了解してあげる。聡子会長のお子さんが生まれたら、お見舞いに行きたいんだ。ルイの名代として、OK? ルイは忙しくて行けないでしょ」

「ぼくの代わり?」


 お見舞いは、許せる。真冬は聡子のお気に入りだ。それは、まあいい。

 けれど、京都でさくらときっと会うだろう。となると、真冬はさくらを誘惑するに違いない。さくらに、真冬の対応を任せるのは不安なのに。


「……日帰りなら」

「は。京都まで行って、日帰り? じょうだん。ルイって、意外とケチだね。一泊。有休取らせて。じゃないと、『別れさせ屋』のことや、ルイと俺の過去を、マスコミに売っちゃうよ?(脅し)」


 笑顔で見返してくる、確信犯・真冬。分かっていて、言っているらしい。


「分かりました、真冬さん。母の出産祝いを、ぼくの代わりにお願いします」

「ありがとう。ルイならそう言ってくれると信じていたよ、うれしいなあ。じゃあ、その旨書き足して?(誓約)」


 しかたなく、類は真冬の提案をのんだ。

 さくらも、基本的にはあほではない。あらかじめ、細かく打ち合わせてうまくやれば、きっとたぶんなんとかおそらくぎりぎりあしらえるはずだ。


 真冬のサインを受け取ると、類は立ち上がった。


「では、ぼくはこれで。おやすみなさい」

「えー、もっと飲もうよ?(誘い)」

「申し訳ありません、明日も早いので。ここまでのお会計は、ぼくが持ちます。おやすみなさい」


 類は、振り返らなかった。

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