第12話 心滑るおでかけ

 着替えと、旅行用の小さな基礎化粧品だけバッグに詰めて、さくらは待ち合わせ場所の小さな公園へ急いで向かった。


 わ、ふたりで、高速ピピクポテプ体操メドレー……玲もやらされている。

 親子に見える。親子にしか見えない。

 で、ふたりともうまい。まわりのママさんたちが見とれている。


「あおい、玲。お待たせ」

「まま、きた! ばしゅにのるって、ばしゅ!」


 楽しみでしかたないといった感じで、あおいは笑っている。

 しかし、今朝の早起きといい、なるべく早めに寝る……ううん、昼寝させたい。水族館は午前中のうちに見て、どこかで食事をしたら、早めに町家に向かいたい。この調子なら、食事後にバスに揺られたら多分即寝。


 三人で手をつなぐ。真ん中のあおいを挟んでさくらと玲。

 ますます、親子っぽい構図になった。


「あおいを連れて、いろいろ観光したいところだけど、今日は無理しないで水族館だけでいいな」


 今、自分が先に言おうと思っていたのに、玲に先を越されてしまった。


「うん。あおい、今日は朝から大変だったと思う」

「あおいねー、おさかなさんみるの!」

「ほんとうにあおいは、水族館がだいすきだね。いちばんすきなおさかなさんは、なに?」

「くらげ!」


 お、おおう。それ、おさかなさんじゃないけど。ま、いいか。



 土休日、東山方面からは、水族館行きという急行バスがあるのでそれに乗った。


 ふたり掛け席に、座る。あおいは玲の膝の上。一緒に外の景色を眺めたり、着物を着て歩いている人の数を数えている。それに飽きたら、今度は四つ葉のタクシー探し。

 拒否まではされていないけれど、もしかして私、ふたりのじゃまだった? らぶらぶである。

 さみしそうな顔をしてしまったのか、あおいがさくらの膝の上に移動してきた。


「こんどはまま。ふわふわであったかい」

「じゃあ今度、俺もさくらの膝の上に乗ろうかな」

「いいよ、あとでかしたげる!」


 おそるべし、この四歳児。最近、ことばが豊かになってきた。たくさんお話してくれるのはうれしいけれど、き、きわどい。

 ほら、ほかのお客さんに笑われてしまっている。さくらは俯いた。


***


「いるかさん……」


 あおいは、玲に買ってもらったいるかのぬいぐるみをかかえて、ほとんど眠っている。くらげじゃなかったのが意外。


 テンションMAXで水族館を駆け抜けた。

 お昼ごはんを食べたら、一気に睡魔に襲われた。


「玲、重いでしょ。代わろうか」


 玲はあおいをだっこしている。あおいの荷物はさくらが持った。


「俺、職人だから。毎日のように重いものを運んでいるし。最近じゃ、きっと類より引き締まっている」


 暗に、類はさくらのごはんで肥えてきた、と指摘したらしい。


「ありがとう、いつも頼ってばかりで。ごめん」

「あおいは特別」


 そう言って、ほっぺをすりすりする玲。かわいいを連呼して。


 バスは混んでいたが、眠っているあおいをかかえた玲に、席を譲ってくれる人がいた。


「すみません、助かります」

「いいえ。お若いのにたいへんやね、パパさん」

「家族の笑顔のためなら、なんでもできます」


 ほんとうに、父親みたいに頼もしい顔だった。五月生まれの玲はもうすぐ二十五歳。現実に、子どもがいたっておかしくない年齢である。



 町家到着後も、あおいはぐうぐう寝ていた。

 玲は夕食の買い物に行くと言い残し、家を留守にしている。


 さくらも、ほんのちょっとだけ、の気持ちであおいのとなりに並んでみた。

 すやすや、心地いい寝息。あおいのにおい。

 離れて、ほんの二週間ほどしか経っていないのに、ひどく懐かしい。このまま離れたくない……そう思っているうちに、いつの間にかさくらも眠っていた。


***


「ただいま、さくら。帰った……寝てんのか」


 玲は、あおいに寄り添って眠るさくらの姿を発見した。

 思わず、笑ってしまった。

 さくらとあおい、寝姿が一緒なのだ。口をとろんと半開きにして、寝息まで合っている。身体の向きも同じだし、手の角度まで揃っている。まさに親子。


 買い物の荷物を畳の上に置き、さくらにもそっと毛布をかけてやる。


「母親のくせに」


 無邪気さ、愛らしさは、娘のあおいと、ほぼ同レベルの寝顔である。


 これだけゆるーい姿を見せつけられると、罰するためにキスのひとつでもしてやりたくなる。さぞかし、類も心配だろう。玲はさくらの顔を見下ろした。


「起きないと、唇を奪うぞ」


 瞬間、さくらが少し身じろぎしたので、起こしてしまったかと玲は身構えたが、違った。代わりに、やけになまめいた寝言が玲の耳に届いた。


「……んんっ」


 ただ、それだけなのに、玲は飛び跳ねるようにしてさくらから離れた。


 ふだんは妹としか見ていないせいか、半開きの唇から漏れた不意のあまい声は、反則ものである。

 さくらのくせに、あんな色っぽい声が出せるのかと、もしそういうきわどい場面になったら、さぞかし切なく泣いてくれるのだろうと、想像しただけで胸がざわざわしてしまう玲だった。

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