第11話 来てくれた!

 週末がやってきた。

 とはいえ、皆の面倒を見ることになっているので、聡子のところへまずは顔を出す。


 朝食を摂り、部屋を簡単に片づけ、片倉医院へ向かう。

 本格的に春めいてきたけれど、朝はまだ冷える。手袋・マフラー、必須。

 今日の医院の診察は予約のみで、静かなはずだった。なのに、院内にはかわいい声が響いている。


 この声……この明るさ……間違いない! 聞き間違えるはずがない。さくらは急いだ。


「ままー!!!!!!」

「あおい!」


 そう、聡子の病室には、あおいがいた。いとしきわが娘。世界でいちばん大切な存在。

 ぎゅぎゅうと抱き締める。ああ、あおいの体温。あおいのにおい。


「おいおい、私もいるぞ」

「父さま!」


 京都まで、四歳児のあおいがひとりで来られるはずがない。父が連れてきてくれたのだ。


「土日、休みだったものでね。類くんじゃなくて申し訳ないが」

「ありがとう。類くんは、大変な時期だもの。でも、すごくうれしい。あおい……あおい」

「ままー。しんかんしぇんに、のった! ふじさー、見えた!」


 新幹線で富士山。この時間に京都へ到着しているのだから、相当早起きしたはずだ。しかも、あおいは人生初の新幹線。ぐずったり、騒いだりしなかっただろうか。父の苦労がしのばれる。

 でも、来てくれた。うれしくて泣けてきた。でもでも、そうなると、今日明日は類は東京でひとりになってしまう。心が痛む。


「よかったら、さくらが東京に戻ったらどうだ。お世話係はたくさんいるし」


 なんと、涼一が素敵な提案をしてくれた。玲もいる。聡子は問題なさそう。

 できたら、ほんとうはそうしたい。今すぐに飛んで行きたい。


「……ううん。いい。類くん、忙しいだろうし。すれ違いでもしたら、悲しいし。京都で、あおいと過ごしたい」

「あおいね、だんすならうの! ぱぱとおやくそくした」

「ダンス?」


 さくらはきょとんとした。初耳だった。


「そろそろ、習いごともはじめたらどうかって、類くんが。保育園以外のおともだちもできるだろうし」

「だんすーだんすしたい。まま、いい?」

「うん。ダンスしよう。あおい、上手になるよきっと」

「やったー!」


 ノリノリのあおいはその場で小躍りする。この元気な女児は騒がしいので、そろそろ外に出たほうがいいだろう。ここは病院である。


「じゃあ、おでかけしようか。あおい?」

「れいもいっしょ!」


 玲? あ、いたんだ……というのは言い過ぎだけれど、全然視界に入っていなかった。ごめん。


「もう行くところは決まっているんだ。いいか?」

「すいぞくかーん!」

「西大路の?」

「それで、今日はうちに泊まってくれないか。変な意味じゃない。母さんには涼一さんがついているし」


 玲の町家に泊まる? あおいと。毎日毎日迷惑をかけているだろうあおいから、父を一晩ぐらいは解放させてあげたい。


「……わかった。いったん、部屋に戻って荷物をまとめてくる」

「一緒に出るよ。散歩しながら待つ」


***


「……さくらと玲くん、すごくいい感じだな。自然体。ほんものの夫婦みたいじゃないか」


 涼一は皆をだっこしている。娘や孫たちの手前、感情は控えめにしていたけれど、息子に再会できてうれしい父である。


「京都に来てからリラックスしているみたい。さみしいだろうけど、毎日さくらちゃんのペースでやりたいことができて、類の嫉妬も気にしなくていいし」

「類くん、嫉妬深いからなあ。しかし、いいのだろうか。娘の不倫を黙認していても」


「驚いたことに、類も公認。今夜あたり、あおいちゃんが寝たら、いよいよかもね! むふふ、どうしよう♪」

「聡子、不謹慎な妄想はやめてくれ……さくらがかわいそうだ」


「ごめんなさい。でも、玲はさくらちゃんに十年近く片思いなんだから。類を応援していた私が、こんなことを言うのは今さらだけど、とうとう玲の想いが届くのかも。ああ、さくらちゃんが三人ぐらいいればいいのに。ひとりは、もちろん私専属の秘書で!」

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