第10話 いよいよ始動②
だが、現実は甘くなかった。
「あ、コマーシャルのママだ」
「もしかして、ルイくんの奥さん?」
開店最初のお客さんの奇声。すぐに、正体が割れてしまった。自分は絶対的地味子だと思っていたのに。おそるべし、広告効果。
「はい。柴崎さくらです」
店頭に、子ども乗せがある自転車を止めていたので、ご近所のママ友どうし、といったところか。年齢は、さくらよりも少し上そう。
「ほんまや、ほんまにCMと一緒」
「『リビングでキス』、うちだいすき。かいらしくて」
「……ありがとうございます」
「さくらさんかー、前からここにいはったん?」
「いえ。春だけ、京都に出張していて。今日は手伝いで、店頭に出ています」
「ねえねえ、ルイくんがいっつも家で使うてはる商品、教えて!」
「うちも」
ど、どうしよう、押しが強い。さくらは由香のほうをちらっと見やった。案内して、と目で訴えている。
「か、かしこまりました。どうぞ、こちらへ」
いきなり試練がやって来た! さくらはどきどきしながら店内を歩く。
まだ、お客さんの数は少なくて、さくらのパンプスがカツカツと音を立ててフロアに響く。
さて、『ルイくんがいつも家で使っている商品』。
期待されているのは、高価な大型家具ではなさそうだ。まずは普段使いの小さなものを紹介し、反応がいまいちならば徐々に大物家具へ移ってみよう。
あっ、この売上って、『柴崎さくら』の営業成績に入るのかな……だったら値段が張るものが個人的には……いやいや、見たところおふたりは主婦。着ているものも、あっさりとしたカジュアルだし、平日の昼間に、家族の承諾なしで大物は買えないと思う。
「今のところ、CMや広告では使われていませんが、柴崎家全員で愛用している、ランチョンマットです」
「へえ。ルイくんの。どれどれ」
食事のじゃまをしない色と柄、ということで柴崎家ではグレー系のマットを使っている。あおいだけは明るいオレンジ。
「おっしゃれやん。光沢があって、お上品」
「買うとこ」
ママさんは、それぞれの家族、人数分を購入決定してくれた。家庭を持つ身として、同じ視線で語れそうだ、よかった。
「よろしければ、ほかのアイテムもご案内します。類くんが実際に使っているもの、私が使っていてオススメなもの、いろいろあります」
さくらの丁寧な案内で、お客さんはランチョンマットのほかにも食器やバス用品を買い、満足そうに帰って行った。このあと、ほかのママ友とも合流し、北山でイタリアンランチだそうだ。
「すごい。はじめてとは思えない接客」
由香が拍手して褒めてくれた。
「おふたりさまが、わりと私と同年代でしたので、気取らずに商品を紹介できました」
「うん。よかった。最初にランチョンマット行ったときは、ハラハラしたで。もっと単価の高ぅ家具、行けーって」
「……す、すみません。でも、類くんが毎日使うお気に入りなので」
「ぷっ。さくらさんは、ほんまにキュート。胸が締め付けられるわ、きゅーっと」
うわあ、だじゃれ?
「そやけど、反省点もある。今のお客さん対応に、さくらさんは三十分以上、費やした。時間、かかり過ぎやね。これが忙しい週末なら、ダメ社員の烙印押さなあかんかった」
「は、はい……」
「結果的には、売り上げた。けど、時間も見る。ええな?」
「はい!」
「あと、もういっこ。勧めたけど、買うてもらえん商品があったな。それを反省して。今日の業務日報にまとめておいて」
「は、はい!」
今の売り上げは『柴崎さくら』で登録された。類が見てくれるとうれしい。ぜひ、見てほしい。
しかし、売れなかった商品を見直す。
それは類が使っている、シャンパングラスだった。脚が長くて、ガラスは薄く繊細で、泡がきれいに上がるし、見た目もきれいなのにお値段も高くない。
お酒、しかも発泡ワインとなると、間口が狭いだろうか。そもそも、飲まない(飲めない)人もいる。ガラスなので割れやすい。扱いに要注意。
あ、あの人たち、自転車だった。それに、これからまだ出かける話だったし。覚えていて、買いに来てくれるといいなあ、次の機会にでも。
「うちらも、吉祥寺店に負けず、『ルイくん商法』! ルイくんご使用の商品、教えて! POPつけて売ろ!」
さくらはこのあと、せっせとPOP書きに追われるのだった。
しかも、来るお客さんにはやっぱり『ルイくんの奥さん』扱いされてしまう。写真を撮らされたりもした。参った。
***
聡子の体調は安定している。
さくらは、ほんの少しだけ、自分のための時間を持てた。
「まず、京都観光!」
それと、寺院のスケッチ。苦手な画力は、数をこなして、上げるしかない。
大学に潜入し、講義を聴く。
自分に今、できることをやるしかない。
類からの手紙が定期的に届く。楽しみだった。たまに、あおいの手紙(落書き?)も同封されている。類似ゆえ、勉強もできるかもしれない。どんな進路を取るのだろうか。思い浮かべただけで、どきどきする。
シェアハウスも、いい感じで機能している。毎日が回っている。
ふと、大学の図書館で、ある図面に出会った。
その模型を博物館で確認して、確信した。
「究極の多世帯住宅……!」
両親の家。さくらの家。そして、工房が必要な玲の家。
みんなが住める、すべてを兼ねる住宅形体を、さくらはとうとう発見してしまった。同じ鍵を持って暮らせる日が来るかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます