第9話 いよいよ始動①

 四月一日。

 京都と東京。離れているけれど、今日から新年度。柴崎類体制が本格的にはじまる。

 さくらも、気分あらたに京都店へ出社する。新年度とはいえ、店舗は普通に営業している。通常運転。


 入社式の冒頭……新社長のあいさつは、全店に中継されるので社員一同、会議室に集まることになっている。類のあいさつ。楽しみで仕方ない。


 シェアハウスを早めに出たさくらは、片倉医院に立ち寄って聡子の様子を確かめ、弟の皆をだっこした。


 基本的に、皆は京都店併設の保育園で預かってもらえることになっていた。聡子自身の調子がよければ、なるべく皆をそばに置きたいと言っているけれど、今日も検査がいろいろあるらしい。

 なので夕方、さくらが皆を医院に届けることになっている。

 重くなってきたけれど、あおいに比べたら皆はまだまだだっこしやすい。母になって、確実に腕力がついた。


「皆くん、京都だよ京都。今日は初日だから地下鉄に乗ろうね」


 慣れてきたら、お店まで歩いて行こう。


 シバサキ京都店は一階と二階が店舗、その上は京都エリアの事務所になっている。

 皆と、着替えなどの荷物一式を保育園に預ける。初日なので、午前中のみの保育の予定。お昼ごはんは医院に戻って、聡子と三人で食べることになっている。

 さくらも午前中のうちに、異動のあいさつにまわる予定。



『みなさん、初めまして。シバサキファニチャーへようこそ! 今日付けで社長に就任した、柴崎類です!』


 ああ、いつもの類だった。画面越しでしか確認できないけれど、さくらは類の雄姿に泣きたくなった。というか、すでに泣いていた。

 今日も年度はじまりという公式な場所なので、全部の前髪を上げてオールバックにしている。額が、白くてうつくしい。


 しばらく逢えないからと、いつもよりも丁寧にキスしてくれたことを思い出す。やさしく、そっと肌を重ねてくれた。何度も、深く。

 二ヶ月なんてすぐだと思うけれど、やっぱり長い。類が遠い。


 やだなあ、京都店勤務初日なのに、いきなり泣くなんて。扱いづらい変人確定されてしまいそう。

 ……しかし、いましたよここにも。類の信者が!


「まじでかっこいいですよね、ルイく……いいえ、ルイ社長!」

「実は私も、ルイさん目当てで入社しました」

「新しい広告もいい感じです」


 今日お披露目された新広告は、新社長・柴崎類を中心にした、モノクロの家族写真である。あおいの七五三のときに、便乗して撮った。聡子一家も、玲もいる。

 柴崎一家が横一列にずらりと並んでいる。あえて、白と黒の色彩を選んだあたり、広告の仕上がりに自信を感じる。京都店にも、ででーんと大きく貼ってある。何枚も。

 さくらも、あおいを手をつないで類のとなりに立っている。自分の姿が、たくさんの人目に付く広告に登場するのはやっぱり恥ずかしいけれど、前回のキス写真に比べたら、まだ許せる。というか、刷新されてほっとしている。


***


 数日後。

 開店前の京都店。さくらは鳴った電話を取った。


「はい、アルバイトの幡(はた)さんですね。かぜですか、分かりました。おだいじになさってください」


 アルバイトの欠勤報告だった。それを店長に伝えると、あからさまにイヤな顔をした。


「またかあ、幡さん」


 店長は頭をかかえた。副店長の由香も、困り顔だった。


「あの子、よう休むんよね。ええ子なんやけど、朝が弱いて言うて」


 どうしよう、代わりに誰かいる? と、店勤務の社員が集まって相談している。

 その様子を見てさくらは、おずおずと手を上げてみた。


「あのう、私でよかったら、時間ありますけど……」


 いっせいに、さくらに周囲の視線が向いた。


「ほんまにさくらさん!」

「まじで助かるわ!」

「よかったー」


 次々と、安堵の声が響く。


「え。そんなに期待されても困ります! 私。社員二年目の、店勤務経験ゼロで」

「だいじない、だいじない! よそさんで、アルバイトぐらいしてはるよね!」


 ええと。スキー場でレンタルの受付(短期)。家庭教師(解雇)。神社で巫女(短期)。ひどい経歴だった。


「がんばります!」

「レジ周りのフォローに入ってもらお。平日やし、そないに混まへんって。お客さんに突っ込んだ質問をされたら、どんどん他の社員に振って」

「看板社員が勤務していたら、話題になるかもな!」

「店勤務の貸与制服、あるー? スカーフは?」


 心配だけど、これも東京ではできない経験。さくらは気合いを入れた。



 シバサキファニチャーの制服。憧れのひらひらスカーフ。

 自分じゃないみたい。オトナっぽい。


「うわあ、店勤務者スタイル」


 画像を撮って、類に送りたい。聡子にも見せたい。見た目だけは一人前にシバサキの社員っぽい。

 由香が、制服に合うよう、クール系のメイクに直してくれた。


「定時まで、よろしくお願いします」


 皆も、五時まで保育園で預かってもらえるよう、申請した。社長の息子、類の弟ということもあってか、皆は園(のスタッフの中)で大人気だった。


「基本的には、さくらさんにはひとりサポートをつけるから。分からないことがあったら、遠慮なく質問してね」


 京都店は吉祥寺店よりもやや狭い。売れ筋を中心に、古い都のイメージに合う、しっとりした和ものが多く揃えられている。

 あとは、函館店発のご当地トートバッグ。真冬の考案した商品が、類の手によって広く全国展開されるようになった。使い勝手がよく、色も豊富なので全部揃えたくなる。おみやげにもちょうどいい。


 開店は十時。それまでに、売り場の位置を確認する。どこになにが置いてあるのか把握していないと、お話にならない。メモメモ。

 売り場の鏡に自分の姿が映った。うれしい、照れる。お手伝いとはいえ、無理だろうと思っていた店勤務が実現するなんて。


 背筋を伸ばして歩こう。類のように、颯爽と!

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