8 まるでコントのような離婚でした。
コント―フランス語で、「短い物語・童話・寸劇」を意味する言葉。日本ではいわゆる「演芸」や「お笑い」と呼ばれるジャンルに含まれるような、笑いを目的とした寸劇を指すことが多い。(ウィペギアより)
コント。
この言葉を聞くと、日本では大抵「お笑い」の寸劇のことを思い出す方が多いと思います。
「8時だよ、全員集合!」とか志村けんの「バカ殿様」とか、懐かしいです。
あのコントは、今見ても楽しいですよね。
そのコントみたいな離婚。
いったいどぎゃんこと⁉と思われる方々も多いと思いますが、とりあえず、話を続けます。
「家を出よう」と決めた私ではありますが、
「旦那の意向も聞いておかんといけんなー」と思いました。
今一緒に住んでいるアパートをどうするのか。
私が出るのは確定ですが、旦那が住み続けるのか、旦那も出るのかで、段取りが違ってきます。
私は、誕生日の翌日に仕事から帰って来た旦那に、
「あなたどうする? この家出る? 出て職場近くにアパートを借りるのも手だし、実家に帰るのも良いかもしれんよ」
と、聞きました。
あ、この時はまだアパートを探すために不動産屋さんには行っていません。
父にバレたのは、これの少し後のことです。
「え……」
旦那。
固まっています。
いや、何故に固まるんだろう、と私は思いました。
「とにかく、明後日までに結論出しておいて。何も言わないんだったら、『二人共出る』ってことで動かせてもらうけん」
旦那は、何も言いませんでした。
何が起きているかわからない、とも見える表情を浮かべています。
まあ……私は、「家を出るよー」と言った以上、出る気満々だったのですが、どうも旦那は、「ああは言っているけど、すぐには動かないだろう」と思っていたようで、早速の展開に付いていけなかったのかもしれません。
「明後日、私休みなんよ。大家さんになっている、不動屋さんに行って、解約のことば伝えるつもりだけん、返事がないなら、解約日ば決めておこうと思ってね。このアパートを出るんであれば、先に出てくれるんならば、家電の処分とかもしておくけん」
私はとりあえず、伝えたいことは全て言うと、部屋に引っこみました。
そして、新しい部屋を検索しつつ、クリエティブ・メソッドを行いました。
クリエティブ・メソッドもこの頃は終盤でした。
旦那を受け入れるために行っていたこのリエティブ・メソッドも、何と言いますか……「旦那は私の思い通りには、できない。『できないことがあっても、前向きに努力して欲しい』というのは、私が『今から東大に合格するために勉強しろ』といわれたぐらい、無理がある」と、はっきり「わかる」ようになって来たんですね。
前々から、「旦那はセックスが苦手なのに、それを責め立ててまでやる価値はあるのか?」と考えてはいたのですが、そして、クリエティブ・メソッドをやっている途中も、「旦那は私の思い通りにはできない。そして、私はそんな旦那を受け入れることはできない。でも、それの何が悪いの?」と思うようになって来たのですが、それがより明確になって来たのです。
何と言いますか……「旦那は、不味いシチューを作っても、それを笑顔で『美味しい』と言ってくれる人を望んでいる。
一方私は、不味いシチューを作ったら、夫婦一緒にその作り方を学んで、美味しいシチューを作れるようになることを望んでいる」って感じでしょうか。
旦那が受け入れることができるのは、「一緒に美味しいシチューを習いに行くことまで」で、不味いシチューを作る自分を受け入れて欲しいと思っている。
でも、不味いシチューを一生食べ続けて、『美味しい』と言うことは、私にはできません。
それだったら、自分で作ります。
私は、自分が「美味しい」と思うシチューを、自分で作ることができるのです。
そう……私は、私自身を「幸せ」にする「力」は持っているのです。―そのことに、「気付いて」しまったんですね。
さらに簡単に言えば、「旦那おらんでも、私、十分に幸せになれるじゃん」ってことです。
これはね、正直とてもショックでした。
いや、だって。
あれだけ婚活して。
やっと結婚して。
出した結論が、「これ」ですからね。
そりゃあ、独身でも仕事は頑張っていて、突込みどころはありつつも子ども達を相手にそこそこ楽しくできていて、魂しいを砕くアドバイスをくれる人生の先輩達とか、年下でも旦那の事を相談できる同僚さんとか、年下の友人達とか、まあ、それなりに恵まれていて。
でも、「一人よりは二人の人生の方が面白そう」、と思って決めた結婚の結論が、「旦那おらんでも、私、十分に幸せになれるじゃん」ですよ⁉
何と申しますか……「ずっと憧れていたルンバをやっと買ったけど、結局、無印良品の掃除機の方が使えた」ような感じでした。
けれど。
じゃあ、すぐに「離婚」と意識が向くかと言うと、それとこれとは話は別でした。
この頃の私は、一言で言えば、「体調不良」。
仕事は行っていましたが、度々仕事にさしさわりない範囲で出勤時刻をずらして貰っていましたし、休日は用事がない限りは眠っていました。
そんな合間を縫って、引っ越しの準備をしていたわけです。
まあ……本能は「離婚」と言っているのに、理性は「もう少し頑張れるじゃないか」と思っているわけで。
「心」が自覚していなかった分、体にそのアンバランスが出たのでしょう。
「前向きに」にとは思うものの、人の心は、本当に複雑で思うようにコントロールができないものなのかもしれません。
で、旦那。
着々と引っ越し準備を進める私に対して、どんなアクションをしたのかと申しますと。
まず、誕生日の翌日に、「アパートを出るか居続けるか決めとってね」と私が伝えたのですが、その翌日。
手紙を、またしてもホワイトボードに貼っていました。
三つ折りにしてある手紙を朝起きて見つけた時、「また、このバターンかよ……」と私は正直思いました。
旦那が勝手にお弁当のおかずを食べた時、私は怒りました。
その時に、旦那は同じように手紙を書いて来ましたが、「仕事かきつくて辞めたいけど、相談して良いかわからなかった」と書いていました。
どうしようか、とも思いましたが、とりあえず一度読んでみないといけないかな、と思いパラッと手紙を開いてみました。
「kakuちゃんへ
引っ越しの件については、今はできないです。引っ越しをするお金もないし、引っ越し先を決める気力もありません。それに、父にも今の状況を言っていません。どう言っていいのかわからないし……今夜、話し合いでは上手くできないので、ラインで話し合いましょう」
まあ、実際の内容とは違いますが、大訳すると、こんな感じでした。
……皆様。突込みどころが二つあることは、もうおわかりですね?
お金がないとか、引っ越し先を探す気力がない、と言うのはまあわかります。
「えーと。それって、どういうこと?」と正直思わないでもないですが、まあ、理解できないわけではないです。
けれど。
そう……けれど、「まだ、父に今の状況を言っていません」と、「話し合いは言葉に詰まるので、ラインで話し合いましょう」は、何⁉と、正直叫びたかったです。
私は、旦那に「自分の言葉で話すようにして。紙に書いた文字を読むのでも良いから、そうして言って」と伝えていました。
しかし、「ラインで話し合いをしましょう」です。
「話し合いは、言葉に詰まるから」は、今ならきっと自分の有利なことを言おうとして、考えてしまっていたんだろうなあとは思いますが。
同じ家にいて、「ラインで話し合い」
結婚したばかりの時と、変わっていないのです。
多分。
これが、「不味いシチューを食べ続ける」ということでした。
一生、変わることはない。
そして、報われることもない。
さらに、「父にもまだ言っていない」との言葉。
この言葉の裏には、「このことが父にバレたら、怒られる! だから、家を出て行かないでっっっ!」という気持ちが隠れていることは、明らかでした。
確かに、旦那の父親は数回お会いしただけでしたが、典型的な「昭和のオヤジ」でした。
けれど。
私達は、もうアラフォー世代です。
同世代の人達は子どもを育て、孫すらいる人達だっているわけです。
要するに、一人の「大人」として自立していなければならない年齢の人間が、「パパに怒られる!」と言っているわけですよ。
思わず、視線が遠くなりましたよ。
とりあえず、私の本能が「見なかったことにしよう」と言ったので、私はその手紙を三つ折りにして、元の場所に貼り直しました。
そして、「見てないよ。伝えたいことは、直接話してね」とホワイトボードに書きました。
本当は。このホワイトボードも、居酒屋のように、夕飯のメニューを旦那に知らせるために買ったものでした。
結婚したばかりの頃は、旦那に嫌悪感を抱きながらも、どうにかして、楽しくコミュニケーションを取ろうとしていたわけです。
まあ、でも。
私はこの時点では、旦那と直接話をすることを、諦めてはいませんでした。
手紙とかラインでする「話し合い」では、やっぱり大事なことは伝わり難いと思ったからです。
だから、旦那には「少しでも頑張って欲しい」とも、思いました。
で、旦那。
手紙をホワイトボードに貼り直して、仕事に行って帰って来た私に、
「今は、引っ越しのことは考えられない」と言いました。
「そうなの? 職場に近い方が、通勤も楽じゃない」
と私は答えましたが、
「そんな気力はないから。お金もないし」
旦那は首を振りました。
「わかった。じゃあ、名義変更の手続きをしておくね」
確かに、「癌かもしれない」という不安の中で、引っ越しの準備をするのは酷だよな、と私は思い、旦那の言葉に頷きました。
そうして。
旦那はそれ以上のことは、言おうとしませんでした。
旦那にとっては、「言葉で話し合う」と言うのは、苦行に近いことだったのかもしれません。
自分の引っ越しの要望を伝えること事体も努力を要するのかもしれないな、と私は思い、「サシで話し合う」ことは、後でもできる、と判断しました。
では早速借主変更の手続きを始めなければと、私は翌日の仕事がお休みの日に不動産さんに行って、その旨を伝えました。
「なるほど。奥様だけが出るのですね」
「はい、そうです」
そんな会話をして、借主変更の手続きの仕方を教えてもらいました。
借主変更の手続きは不動屋さんだけではなくて、水道や電気、ガス、NHKの方も名義を旦那に変えないといけません。
手続きのための電話をして、用紙が必要な場合は送ってもらう段取りをして、私はそのついでに見たかった催し物をしている、美術館へと出かけました。
そうして、夕飯はどうしようかな、とも思いましたが、旦那が帰って来る時刻にブッキングしたら、それはそれで気まずいし、めんどくさいな、と思った私は、うどん屋に入って夕飯を済ませました。
そうして。
すっかり夜になって、アパートへと帰った私は、「ただいまー」と言いながら、アパートのドアを開けました。
「お帰り」と、旦那が自分の部屋の前に立っていました。
いつもならば、部屋に閉じ困っている時間なのに、これは意外でした。
何だろう、と思っていると、
「母親から、誕生日プレゼントを預かって来ている」
と、言うではありませんか!
「え、そうなの?」
と、私は目をぱちくりさせました。
自分の部屋に行くと、テーブルの上に確かに大きな花束が置いてあります。
正直。
これを見た瞬間、「邪魔だな」と思いましたが、義理のお母さんからの贈り物を邪険にするわけにもいきません。
「ケーキもどうぞってさ」
と、花束を抱える私を見て、にこにこ笑いながら旦那は言いました。
見ると、テーブルの上には小さい紙袋も置いてあります。
ケーキ屋さんでよく見るタイプのものです。
「申し訳ないね、こんなに気遣ってくださって。お義母さんには、『ありがとう』って伝えておいて」
私はそう言いながら、花を花瓶に入れようと、花束のラッピングを外し始めました。
旦那の満足そうな表情を見て、もしかしたらこれは旦那が用意したのかもしれないな、と思いました。
「あ、そうだ。借主変更の手続きやってきたから。これからの手続きは、あなたがやってね。メールが来たら、ラインで知らせるけん」
そうして、花束を花瓶に生けながらそう言うと、次の瞬間。
旦那の表情は、絶望そのもの、でした。
これ、ネットとかでもよく見るのですが。
長年の旦那さんの家庭への無関心を理由に奥さんが離婚を申し出ると、旦那さんは、「これから両親の介護もあるのに、それは困る」と言って、離婚を拒否。
しかし、奥さんの気持ちは変わらずに話し合いを続けていたいた時、奥さんの誕生日が来ました。
その時、旦那さんは結婚して初めて、奥さんにホールケーキを買って来たそうです。奥さんは家族の手前、お礼を言って、ケーキを切り分けたそうですが。
旦那さんは、「全然嬉しそうじゃなかった!」と不満たらたらだったそうです。
いや、だって。
プレゼントが嬉しいのって、「好きな人がくれるから」なんですよね。
よほど欲しい物だったから話は別ですが、「離婚したい」と考えている夫が今まで買って来たことがない「誕生日ケーキ」を買って来たとしても、「は?」としか、思わないんですよ。
ケンカした後のケーキや花束プレゼントが効くのは、初期も初期の状態の時です。
夫婦の末期にやられても、効果はないんですよ。
ええ。
私も、「は?」としか思わなかったです。
まあ、私の場合は旦那に「美味しい御飯を食べに行きたいな」と言っていたのに、しかも、「家を出て行こうとする私を止めたい」と言う含みがあった、花束&ケーキのプレゼントでしたからね。
たかが花束とケーキごときで自分の気持ちを切り変えられたら、体調不良なぞ起こしませんって。
私が欲しかったのは、旦那と「話し合い」をすること。
そしてそこから先に得られる、「
たとえその未来が「離婚」であっても、それは確かに私が欲しかったものでした。
……ええ。
それを望むのは、とてもとてもとても無理だったということは、今なら思うのですがっ!
この時の私は、まだ、そのことを諦めてはいなかったのです。
そうして。
これ以降の旦那からのアクションは「なし」でした。
まあ、普通に仕事に行って帰って来て。
何か要件があれば、ホワイトボードに書いて来て。
私がアパートの物件を見つけて来て手続きをしても(父にバレたのはこの後です)、引っ越し屋さんを頼んで引っ越しの準備を始めても、何のアクションもなしでした。
積み上げられていく段ボールを見て、何を思っていたのか。
まあ……あらかさまに私を避ける様子はしていましたので、「僕は哀しみに堪えています」というアピールぐらいはしているつもりだったのかもしれません。
このままじゃあ、ちょっといかんかもね、と私も旦那の様子を見ながら思いました。
私としては、「離婚」も視野に入れた別居ではありましたが、一番の理由は、「旦那とサシで話し合う環境を作ること」でした。
それができない状態になるのは、本意ではなかったのです。
そこで、家を出て行く前に、旦那にはこう伝えました。
「私はね、あなたときちんと話し合いたいから家を出るのよ。あなたの性格だと、同じ家に住んでいたら、言いたいことも言えないでしょう? だから私は家を出て、あなたときちんと『どんな結婚生活を送りたいのか』を話し合いたいの。本音全開でね」
ダンボールに荷物を積めながら言ったのですが。
まあ……この時の旦那の気持ちは、「何ば言いよなはっとな、こん人は」だったんじゃないのかなあって、今は思います。
呆気に取られた表情していましたからね―。
そうして、私は自分一人、探したアパートに引っ越しました。
その直後から、体調は雪崩れるように崩れていきました。
熱発はするし、疲労感は半端ないし、仕事も休んでしまう日が出て来ました。
こりはいかん、と私は思い、心療内科に駆け込みました。
自分でも、旦那との別居がかなりダメージになっていたのが意外でしたが、私の心は、それだけ負担がかかっていたのでしょう。
『まあ、もうしばらくしたら、回復しますよ』
電話鑑定の占い師さんは、そんな私の状態を聞いて、そう言いました。
『旦那さんと一緒にいると、負担がやっぱり大きかったんですよ。今は、その反動が来ていると思ってください』
「そうなんでしょうか?」
『これからは、ずっと楽になりますよ。お金も貯まりやすくなります』
それは。本当に、大当たりでした。
旦那と暮らすアパートを出た後は、確かに体調は崩していたものの、一気に気持ちが楽になりました。
まあ、「ジト目攻撃」「僕は哀しくて哀しくて部屋に閉じこもっています」攻撃がなくなったんですから、そりゃあまあ、一気にメンタルは上がります。
「kakuさんがアパートを出なくても、良かったんじゃないんですか? 旦那さんは、実家の方が職場も近かったんでしょう?」
とは、年下の元同僚さんにも言われましたが。
「私が出た方が速かったと。旦那が出るの待っとったら、何時まで経っても、出らんかっただろうけんね」
「……なるほど」
決して安くない引っ越し代を出してでも、アパートを探して旦那と暮らしていた場所を出たのは、そのことが予想できたからでした。
きっと、「旦那の方が出て行く」となると、理由をあれこれ付けて、何時までも出て行こうとしなかったでしょう。
そして、引っ越しをして、病院にも通いながら、気持ちが落ち着いた頃。
家を出る前から決めていた「料理教室の日」が、近づいて来ました。
が、しかし。
その間一ヶ月あったものの、旦那からの連絡は、ラインで引っ越し後の細々とした手続きについては来たものの、それ以外は、何も来ません。
「どんな結婚生活を送りたいのか」を伝えて来るメッセージは来ず、旦那から、「会って話したい」という連絡もありません。
この頃。
職場では本当にバタバタしていて、人間関係も良くなく、私は一年後の転職を決意していました。
それだけに、「今年で最後」という気持ちのもと、仕事に勤しんでいましたから、旦那との結婚生活もきちんと考えていかなくてはならない、と思っていました。
どのみち、同じ街での転職は考えられませんでした。
実家の方に戻り、自分のこれからの将来像を考えることにしたのです。
そうしていると、「旦那と実家に戻る」と言うイメージは、湧きません。
「どんな結婚生活を送りたいのか」をずっと私は旦那に問い続けていましたが、返答はないのです。
共に暮らすことだけが、夫婦ではありません。
でも、一緒に目指す方向が見いだせないのであれば、夫婦である意味はないのかな、と私は思いました。
結局。
料理教室の日まで、旦那からの具体的な返事はないままでした。
そうして、料理教室の日。
私は、一つの決意を秘めて出かけました。
まあ、「賭け」と言えば良いのでしょうか。
家を出てから一ヶ月ぶりに見る旦那は、家を出た当時と同じ、ジト目をしていました。
できるだけ平静に料理教室を共に受けて、私は旦那と共に料理教室を出ました。
私が歩き出す後を、旦那は着いて来ます。
その行動で、自分から話し出すつもりはないんだな、と私は思いました。
私は、とある喫茶店の前まで行くと、
「ここに入ろう」と、旦那に言いました。
テーブルの席に座って、コーヒーを注文した後、私はおもむろに話し出しました。
「どんな結婚生活を送りたいのか、考えてくれた?」
「え、えーと……」
旦那は私の問いかけに、黙り込みます。
「考えていないの? 私が出てから一ヶ月あったじゃない。その間も、ラインでもメールでも伝える時間はあったと思うけど」
「それは、家を出て行かれたのが哀しかったから……」
そう、旦那は言葉を続けます。
まあ、そうかもしれませんけど。
一ヶ月、二十四時間、ずっと哀しんでいたままだったのでしょうか?
と言うか、「哀しかったからできませんでした」と言うのは、何気に「お前が哀しませるから、できなかったんだよ」と被害者の立場を強調しています。
私は、運ばれた来たコーヒーを飲みながら、「賭け」を実行することを決めました。
「もうさ、離婚の話に移っていいかな?」
私の言葉に、旦那は目を丸くしました。
「これから先、親の介護とか、大変なことが出て来るのよ。でも、そんな時、自分の意見を言えない人と、私はやっていく自信はないよ」
その瞬間、旦那は涙ぐみました。
「さっき、あなたは『出て行かれて哀しかった』って言ったけど。出て行くことを決めた私が、哀しかったとは、思わなかったわけ?」
しかし、この言葉には。
旦那、硬直します。
何と言うのか。
「思ってもいないことを言われました」と言う、表情でした。
「自分のことしか、思いつかなかった?」
その表情を見て。
私は、皮肉家に笑うしかありませんでした。
と、その時でした。
「
と、旦那が言い出しました。
「夫婦関係調整調停?」
さて、ここで。
それ何、と思った方々に説明しますと、夫婦関係調整調停(円満)とは、夫婦間でこじれてしまった関係を、調停を使って解決しようというもので、離婚とは違い、関係回復を目指す調停です。家庭裁判所で行われます。
「自分は、話をしていると感傷的になってしまうし、上手く話せない。だから、間に人が入ってもらって、話し合いたいんだ」
と、旦那は私に言いました。
これは、旦那が初めて自分で言いだした
ただ、ですね。
これ、突込みどころはあるんですよ。
夫婦関係調整調停ってのは、「自分達で話し合って、それでも話し合いが継続できない時に利用するんであって。
「上手く言葉が言えないから、間に人に入ってもらう」ためにするには、えらく質が違い過ぎるんではないんかい、と私は思いました。
「
セックレスのこととか、その辺のことを話さないけなくなるのだが、その覚悟はあるのかな?と思いながら、私は旦那に聞きました。
「上手く話せないから……」
旦那は、俯きながらそう言います。
だったら、努力しようよ。
私はそう思いながら、ため息を吐きました。
だけど、旦那が初めて自分から言い出した方法です。
「わかった。日程等が決まったら、教えて。ただ、夫婦関係調整の調停をするんであれば、私は人を入れる」
と、私は旦那に言いました。
夫婦関係調整調停から、離婚調停に移行するのは、よく聞く話でした。
公の場で話をするのであれば、そのリスクは考えないといけません。
けれどそれ以上に。
私は、旦那が初めて自分で言い出した方法は、受け入れていきたい、とも思ったのです。
それ以上、私は言葉が出て来ませんでした。
旦那も、ずっと涙ぐんだままです。これ以上話すことはないな、と私は思い、立ち上がりました。
「悪いけど、コーヒー代は払っておいて。次に会う時に、返すわ」
そう言って、私は喫茶店を出たのですが。
これが、旦那に会った最後の機会となりました。
これ以降、私は旦那と会うことはないまま、離婚することになります。
だけど、この時点では。
旦那と会って、「どんな結婚生活を送りたいのか」をきちんと話し合うことができたらな、と思っていました。
しかし、裁判所が関わって来るとなると、綺麗事ばかりも言ってられません。
『で、あんたはどぎゃんすっと?』
久々に連絡が取れた竹馬の友は、電話越しにそう尋ねて来ました。
『何か、私が連絡できん間に、たいぎゃ事体が変わとっとばってんが』
「そう。たいぎゃ変わったとよ」
やれやれ、と思いながら私はため息を吐きました。
『夫婦関係調整調停ばやりたかって……どぎゃんもんか、旦那さんはわかっとらすと?』
「どぎゃんだろうか? 間に人が入るとだけのイメージは、あらすごたっばってん」
『結局、離婚調停の前段階みたいなもんよ。夫婦家計調整調停で、夫婦仲が上手く解決した話は、よう聞かん』
「それは、弁護士さんも言っとらした」
実は、旦那と話した後。
私は、弁護士さんに相談をしていたのです。
三十分五千円の相談での結論は、
一 夫婦関係調整調停の場合は、弁護士さんを使う必要はないこと。
ニ 旦那が「離婚調停」を起こした時点で、弁護士さんを探しても遅くはない。
―と、言うことでした。
ただ。
竹馬の友が言ったようなことも、私は弁護士さんから伝えられていました。
『ばってん、旦那さんと話さんと、先には進めんよね』
「まあ……正直、『離婚』かなあって気はしている。あれから、全然連絡ないから」
私は、ため息を吐きながら言いました。
本来であれば。
旦那のセックスカウセリングをしている病院にも行く予定でいたのですが、旦那が話をしてこない以上、今はその段階ではない、と判断して行くことを止めていました。
『ここまで来たら、ある程度期間は決め取った方が良かよ』
と、竹馬の友もため息を吐きつつ、言ってきました。
「ただ、夫婦関係調整調停の件は旦那が初めて自分から言い出したことだけんね。きちんと、受け止めたかとよ」
私がそう言うと、竹馬の友は、『そっか』とだけ言いました。
なので、私としては。旦那が「夫婦関係調整調停」の日程に関して、知らせて来ることを待っていたのですが。
旦那から来るラインは、
『お疲れ様。今月の休みは、この日とこの日とこの日とこの日だよ』という、お休みのお知らせのみ。
まあ、確かに。
一緒に暮らしている部屋を出る時、旦那とは外で会ってコミュニケーションを取るつもりでいたので、「休みの日は教えてね」と伝えていたのですが。
しかし、です。
しかし、ですよ!
私は「離婚について話し合いたい」と伝え。
旦那本人は、「夫婦関係調整調停をしたい」と言って来ているのに。
何でしょうか、このある意味能天気なラインは。
『旦那さんは、別居したことであなたが落ち着いて、自分に愛情を取り戻すって期待しているみたいですね』
そうして。
そんな旦那の様子を電話鑑定の占い師さんに伝えると、そんなことを言われました。
「はい?」
その言葉の内容に、思わず私も声が出ています。
『もちろん、占いですからね。あくまでも「予想」なんですけど、旦那さんを表すカードが、何と言うかね、そんな意味のカードなんですよ』
はい?と、今度は頭の中でそんな言葉が出て来ました。
「つまり……緊迫感がない、と?」
『そうですね。そんな感じです』
私の言葉に、占い師さんは頷きましたが。
釈然としない気持ちのまま、電話を切った私は、とりあえず、こちらからせっついてみるか、と思い、
「離婚について話をしたいんだけど」とラインを送ってみました。
しかし、既読は付くものの、返事がありません。
それから、一ヶ月。
ラインからも返事がなく、もちろん電話もメールも連絡はありません。
私は、「どうしたもんかなー」とは思っていたのですが、仕事に大きなイベントの担当になっていたため、とにかくそれが終わるまでは、自分の仕事に集中することにしたのです。
そのイベントは、旦那と最後に会った時から二か月後でした。
なので。
とにかく、旦那から連絡があってから行動するべきだな、と私は判断して、旦那からの返事を待ちました。
そして、一か月後に来た連絡が。
『お疲れ様。今月の休みは、この日とこの日とこの日とこの日だよ』という、お休みのお知らせのみ。
自分が言っていた、夫婦関係調整調停のことも。
私が送った「離婚について話し合いたいんだけど」の件には、一切触れていませんでした。
ここで私は、「離婚について話し合いたいのだけど」と、ラインで返事を書きました。
「離婚について話し合う」と言うのは、私にとっては最終カードでした。
「賭け」に出たのは、この最終カードを出すことで、旦那も性根を据えて、話し合うことをしてくれないか、と思ったのです。
この「離婚」の言葉を出した時点で。私もその可能性は多分にあることは、覚悟の上でした。
ただ、私は。
その「離婚」が最終結論だったとしても、旦那とはきちんと話し合って、自分達の未来を決めたかったのです。
けれど。
私のこの返事の後。
ラインに「既読」は付きますが、沈黙の期間が半月ほど続くのです。
私は、「今の仕事がひと段落したら、こっちから連絡せないかんなあ」と思い、やれやれと、ため息を吐いていたのですが。
旦那、とんでもない爆弾を放り込んで来ました。
それは、仕事から帰った時に到着していた不在票でした。
最初、「通販した物が到着したのかな」と思っていたのですが、「差出人」の所に書かれた名前が、「〇〇弁護士事務所」だったのです。
うん?と思いました。
これは、もしかして。
噂の「内容証明郵便」⁉と、思いました。
この「内容証明郵便と言うのは何ぞや?」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、郵便物の差出日付・差出人・宛先・文書の内容を、日本郵便局が謄本により証明する制度です。
要するに、「こん人宛てに、確かに手紙ば出しとらしたよ」と証明できるもので、裁判などにはよく「確かに連絡しました証拠」として使われているものなのです。
そうして。
この予想は、ビンゴ!でした。
私はすぐに郵便局に手紙を取りに行ったのですが、差出人の弁護士さんは、旦那の代理人―つまり、「旦那さんに代わり、あなたと『離婚』について話すことになりました」と、知らせて来たのです。
で、その時の文面は。
『あんたさ、旦那に「離婚の話ばしたい」と言っとらすごたっばってん、現時点では何の話もしとらんてね。どぎゃん考えばしとっとか、聞かせてくれんね。あと、旦那には直接連絡取ったらいかんよ』
もちろん、意訳です。
超、意訳です。
けれど、書かれている内容は、丁寧な言葉ではありましたが、こんな感じでした。
何て言うんですが。
「まあ、あんたみたいな悪妻は、きちんと話して、正しい道ば歩みなっせ」
みたいな感じが、ぷんぷんします。
まあ、旦那目線から言えば。
散々自分に無理難題を押し付けて、挙句の果てに止める自分を押し切って家を出て行って、「離婚の話をしよう」と言っているのですから、「悪妻」ではあります。
旦那目線で話を聞けば、私は、世間一般から見ても、まごうことなき「悪妻」でしょう。
この弁護士事務所からの手紙を見て、私はとてもとても深い深いため息を吐きました。
ここが。旦那の、限界でした。
私は、「離婚」を出すことで敢えて旦那の本音を引き出し、サシで話し合いをするつもりでいたのですが、旦那にはそれは「無理なこと」だったのです。
アスペルガーの旦那さんとの生活を描いたコミックエッセイ「旦那さんはアスペルガー」(野波ツナ著 コスミック出版)で、著者のツナさんは、「障害とは、本人が『障害』と感じなければ、それは本人にとって『障害』ではない」と書いていました。
ツナさんの旦那さんの特徴が、本当に旦那にいちいちそっくりで、さもありなん、とも思ったのですが。
それとは別に、「旦那と上手くコミュニケーションを取れなくて、困っているのは私」だけであって、旦那は、何一つ困っていないのです。
旦那が「困っている」のは、「確定された未来」を叶えてくれない妻が、「どうして叶えてくれないのか」がわからないからであって、自分の「障害」については、何一つ「困っている」ことはないわけです。
『もう、離婚で良いと思います』
長い長い長いため息を吐いた後、私はまず、序曲のように告げた占い師さんに電話鑑定を受けました。
「離婚……ですか」
『はい。私は、あなたに「話し合いをするのは諦めないで」と伝えました。それは、ご自身の「課題」から逃げないためです。結婚てね、結局「宿縁」があるからするんですよ。人の「世」には、様々な「宿縁」があります。それは、良い縁ばかりじゃなくて、今生でクリアできなければ、次の世に課題として持ち越されたりして、結局前に進めないんです。でも、相手が「逃げた」のであれば、話は別です。あなたの「課題」は、クリアされたと言って良いでしょう』
「そう……何ですか?」
『旦那さんの方は、自分のクリアすべき「課題」をクリアできていないので、また違う形で「課題」が出て来ます。でも、それはもうあなたが考えるべきことではないんですよ』
「つまりそれは、旦那との縁が切れたってことですね」
『そうです。あなたと旦那さんのどちらが悪いのではなくて、「合わなかった」だけの話です。そして、あなたは「話し合い」で解決しようとしたけれど、旦那さんは「逃げた」んです。逃げた人を追いかけても、無駄です』
天啓。
占い師さんのこの言葉は、当時の私にとって、まさにそう表して良いものでした。
「私は、旦那と一緒に柴刈りに出かけたかった。だけど、旦那は、妻が作り出してくれるはずのお花畑の中にいたかった―でも、どちらも悪くないってことですね。結婚に求めるものは、人それぞれですから」
『そうです。その通りです』
「そして、私と旦那はその価値観を擦り合わせることは、できなかった。ただ、それだけのことなんですね」
『そうです』
私の言葉に。
序曲のように告げた占い師さんは、しっかりと頷きました。
その言葉で。
私の腹は、決まったようなものでした。電話を切った後、私は早速ネットで弁護士さんを探し始めました。
以前三十分間五千円の相談に行った弁護士さんにも相談のメールを送ったのですが、
『予定が入っていて、お会いできるのが来月になります。おそらく、他の弁護士さんに頼んでも、あまり結果は変わらないと思います』と返事が来ました。
まあ、実際のところ。
弁護士さんの手紙が届いたのが月末で、その次の月は、いよいよ大きなイベントが開催されます。
私は、その責任者です。
周りの人達はしらーとして手伝ってくれない雰囲気なので、ほぼ一人で準備をしていました。
自分の持てる、知力・発想力・想像力全てを持って、準備をしていたので、もう正直ね、「旦那との交渉に時間を使っている暇はない」と思っていましたし、旦那と離婚の話をするにしても、旦那の方には弁護士がいます。
弁護士とは、その名の通り「弁を護る士」です。
旦那の立場が有利になるために、あらゆる手を使ってくるのは目に見えていました。
よって。
何が何でも、私の立場で旦那の弁護士と交渉してくれる人が必要でした。
そして、県庁所在地の市にある、弁護士事務所を見つけました。
そこは、夜の八時まで開いていて、仕事帰りでも十分に行けそうです。
さて、ここで。
「弁護士さんに頼んだって……お金かかったんじゃないの?」と、思われる方もいらっしゃると思います。
そうですね、かかりました。
これは、あくまでも私が調べた相場ですので参考程度にしておいて欲しいのですが、普通に離婚するまでにかかるお金は、最低でも六十万ぐらいです。
この「普通」には、離婚調停を通してやる「離婚」のことですね。
それに、弁護士さんと言うのは、「契約」をした時点で、「着手金」というものを払わないといけません。
これも、弁護士事務所によって料金は様々ですが、だいたい三十万ぐらいのところが多かったです。
そして何よりも厄介なのは、弁護士事務所によっては、「値段」が、事務所に直接聞くまで「わからない」ってことです。
私の場合は、着手金+実費で二十万円はいきませんでした。
この「実費」って言うのは、切手代とか、裁判所までの交通費のことですね。
結局、弁護士を「雇う」という形になるので、それ相応の対価は必要ってことになります。
ただ、弁護士さんを雇うことでの最大のメリットは。
「話し合い」をする時の手間&ストレスがなくなるってことです。
基本的に、旦那側の弁護士さんは旦那の「味方」です。私が自分で相手をしても、弁護士さんはご自身の持てる知識と経験を上手く活用して、旦那が有利なように持って行こうとするでしょう。
仕事で大きなイベントを前にしているのに、そんな多大なストレス&手間かけられるか!との判断の基、私はお金が多大にかかることは覚悟の上で、弁護士さんを探すことにしました。
え? 両親からの援助?
ないですよ。
別居をするにしろ、離婚をするにしろ、「自分の力」でやっているから、両親は静観してくれているのです。
かかったお金は、全て自分で賄いました。
「離婚するなら、金は貸さん」
と、父は断言していましたから、私も、端っから当てにしていませんでした。
でも、「法テラス」という場所が全国にはあって、大抵県庁所在地にあります。
そこで相談すると、場合によっては立て替え制度が利用できて、少しずつ弁護士費用を返していくこともできます。要するに、分割払いってわけですね。
この辺のことは、「法テラス」のホームページでご確認ください。
そろそろ、話の続きに戻ります。
さて。
仕事を終えた私は、面談を予約した弁護士事務所に出かけました。
ネットでは、女性の弁護士さんだったので、その方を希望しての面談だったのですが。
一緒に部屋に入って来たのは、どうもボス弁―弁護士事務所の責任者であろう、六十代ぐらいの男性です。
そして、その方主導で面談が始まりました。
私はその方に旦那とのセックレスのこと、セックレス解消のために、そして旦那と交流するために料理教室に行ったり、少しでもセックレス解消のために膣トレーニングをしたり、旦那を受け入れるキャパを広げるためにクリエティブ・メソッドをしたこと話しました。
「要するに、あなたと旦那さんは『話し合い』ができないってことですね」
「はい。何回も『どんな結婚生活を送りたいのか、考えて欲しい』とは伝えたんですが、旦那は何も言って来ませんでした」
「あなたは、どうしたいですか?」
男性の弁護士さんは、私に問いかけて来ました。
「本当は、離婚はしたくないです。でも、セックスを心の底から恐れている人に、無理やりセックスを強要するのは、違うような気がするんです。この世には、まだたくさんの人達がいます。無理に価値観が違う人間が、お互いを責めながら一緒にいる必要はない、と思うんです」
「なるほど。では、『離婚』で話を進めて良いですね?」
「はい、お願いします」
男性弁護士さんの言葉に、私は頷きました。
この面談では、旦那とセックレスについてのやり取りをしたラインを読まれて、恥ずかしさのあまり横死するか、とも思いましたが。
持参したノートには、旦那との関係を改善するためにやったこと、考えたことをまとめていたため、一緒に記入していた家計簿と共に、コビーを取られました。住居費や光熱費を引き落とした通帳も念のため持参していたため、それもコピーを取られました。
夫婦関係調整調停をするってことは、こうやって赤の他人に、自分達の全てを話すことになります。
「人が入る」ということは、こういうことなのです。
赤の他人に知られたくないことも、恥ずかしいことも、全て日の元に晒されるわけです。
できるのか? 旦那。
帰りの車の中で、私はそう思いました。
おそらく、旦那が弁護士さんに代理人を頼んだのは、「自分で話すことができないから」なんですが、「弁護士であれば、自分の都合の良いようにやってくれるだろう」という、期待が無きにしも非ず、のような気がしました。
たいていの人間であれば、まず、「弁護士」と聞くと、慌てるでしょう。
私も正直、慌てました。
でも。私も弁護士を雇って。
私の方の話を旦那の方の弁護士さんに伝えて貰って。
さあ、どうなるのか。
と、私が思っていた二週間後。
『旦那さんが、離婚を承諾されました』
そんな連絡が、私の方の弁護士さんから入りました。
早!と、思いました。
私としては。
どんなに早くても、来年まではかかるのではないか、と思っていたのですが。
だからこそ、二週間連絡がないのに痺れを切らし、そろそろ弁護士さんに連絡しようかと考えていたのですが。
何、この速効即決の結論は。
正直、そう思いました。
『まあ……旦那さんの弁護士さんのカードには、「すいません、聞いていないことがテンコ盛りなんですが」って感じのものが出ているんですよ。多分、本当に旦那さん目線の話を聞いて、「それじゃあ」って引き受けたものの、kakuさんの弁護士さんから話を聞いて、「ちょっと、聞いていた話と全然違うんですがっ!」って驚いている感じですね』
その日の夜。
私は、電話鑑定の占い師さんに、鑑定をお願いしました。
「このまま離婚は、進みますでしょうか?」
と、私は占い師さんに尋ねたのです。
『ちょっと、止まるイメージですね』
けれど、占い師さんの言葉は、思ってもいないものでした。
「止まる?」
『旦那さんの方に「迷い」が出ているんですよ。「このままで良いのかなあ」って』
「離婚承諾したのですか?」
『何か、旦那さんの気持ちとしては、「どうしてこんなことに……」と言うものがあるんですよ。どうも、旦那さんが予定していたものと、全然違う展開になって、茫然としている感じもします。何か、旦那さんとしては、弁護士さんが自分の思いを上手く伝えてくれて、あなたが帰って来ると思っていたみたいです』
断っておきますと。
これは、占いです。
あくまでも、占いです。
「予想」であることは、間違いないです。
が、しかし。
旦那が「今日は夫婦の記念日です。二人で一緒に成長していきましょう」と書いた、あの手紙は。
間違いなく、「妻は僕の望み通りにできないと思って、苦しんでいる! そんな妻を僕は見捨てたりはしない‼」と思って書いたのは自明の理で。
……在り得る、とは思いました。
けれど、その一方で。
旦那が離婚を承諾した以上、離婚もそんなに時間は掛からないだろう、と私は思いました。
とうとう離婚かあ……と、私はため息を吐きました。
この結婚をする、と決めた時、みんなが喜んでくれました。
独身街道を驀進していた私が、「結婚」という一つの幸せを掴んだことを、我が事のように喜んでくれたのに。
ですが、旦那と一緒に生きて行くことはできません。
やはり、夫婦にとって一番大切な「話し合い」ができない以上、そして、セックスができない以上、やはりそれは「夫婦」とは言えない、と私は思うのです。
このままだと、私は「息子」と共に一生を生きて行くことになります。
でも、それが悪いわけではないのです。
ただ、私が「できない」というだけの話です。
今まで、「努力」して来たら、大抵のことは何とかなりました。
けれど、「努力」だけではどうにもならないことも、この世にはあるわけです。
離婚は、避けたかった。
でも、お互いを責めながら続けていく結婚生活は、意味がないです。
誰かを責め続けながら、自分の不幸を人のせいにしながら生きて行くことだけはごめんだと、私は思いました。
ただ、そうは言っても。
私にも、最後まで「伝えたい」と思うことはありました。
次の休みの時に離婚届けを記入しに、弁護士事務所に行くことになったので、その時に、旦那に渡してもらう物も用意することにしました。
旦那と暮らしたアパートの鍵と、預かっていた祝い金、そして最後に会った時に払って貰ったコーヒー代。
それらに、手紙を添えることにしたのです。
『旦那君へ
離婚を受け入れてくれてありがとうございました。あなたも、また次のご縁があって、縁づく時が来ると思います。
どうかその時は、自分の思いを相手の方に伝えるようにしてください。
相手の方があなたの期待する言葉を返さなくても、あなたとは違った意見を出して来たとしても、それは、あなたの全てを否定することではありません。
どうか勇気を持って、お互いが納得できるまで話し合いをしてください。
それが、私があなたとしたかったことです。お元気で』
と言う感じの内容のことを、便箋に書いて、封筒に入れました。
この文章を書いた時、私の中で「終わったな」と思いました。
……はい、ここで。
綺麗に終わっていたら、本当に私の中では、「苦くて切ない」エンディングだったのに、と今でも思います。
冒頭に出て来た山口百恵が、引退コンサートで、舞台の上にマイクを置いてアイドルだった自分に別れたを告げた、あの感動のシーンと匹敵するような、そんな見事な終わり方になったのに、と。
まあ……ですね。
人生とは、そんなに辻褄合わないように、できているんですよ。
そんなに、小説やドラマのように、「綺麗に終わる」ことは、できないんですよね。
閑話休題。
さて。
話を戻して、私は、準備した物を持参して、仕事のお休みの時に弁護士事務所に向かいました。
その日、朝起きた時。
「今日が、既婚最後の日かあ」
などと、思っていたのですが。
弁護士事務所に行ったら、なんとびっくり。
旦那の方は離婚を了承しただけであって、離婚届けはまだ記入もしていない、とのこと。
「相手の方から来るのを待っても良いのですが、早く離婚したいのなら、こちらから離婚届けを書いて、送った方が良いです」
と、ボス弁の方は出て来ず、私の本来の担当弁護士さん・女性の方がそう答えてくれました。
なるほど、と私は思いましたが、てっきり旦那の方から離婚届けが送って来られたものと思っていたので、拍子抜けでした。
「どうして旦那は、離婚を承諾したんでしょうか?」
何か、思っていたのと違うなーと思い、私は弁護士さんに尋ねましたが、
「それは、わからないです。こちらからは、『難しいのではないか』とは、伝えていますが……」
との返事。
何と言うか、テレビとか映画何かで出て来る「人情家の弁護士」ってのは、あまりいないのかもなあ、と私は思いました。
とりあえず、私としては、離婚の交渉事をしてくださるわけです。
「私の代理人」としての役割を果たしてくれるのであれば、問題はありません。
共感し、アドバイスを欲するのであれば、占い師さんやら友人やらに相談すれば良いだけの話なのです。
で、私は離婚届けに記入し、後のことは弁護士さんにお願いして、連絡を待ちました。
仕事の方も何とか大役をこなし、「やれやれ」と思っていましたが。
二週間ぐらい経っても、「離婚届け出しましたよ」と言う連絡が来ません。
どうしたのかな、と思いながら連絡を待っていると。
『なんか……再来月末まで、離婚届けを出すのを待ってください、と旦那さんが言っているそうです』
と、弁護士さんから電話が入りました。
「何かあったんですか?」
『旦那さんが忙しくて、なかなかあちらの弁護士事務所に来られないそうです』
「でも、休みの日とかもありますよね?」
『親族の方が入院して、忙しいらしいです』
ここで。
「は?」と、なった方々もいらっしゃるかもしれません。
まあ……そうですよね。いくら親族の人が入院したからって、まず「お前が出て行く出番があるのか?」ってなりますよね。
例えあったとしても、時間を調整するなりにして、都合をつけるのは、大人としては当たり前の行動ですよね。
またか。
正直、私はそう思いました。
結局。
最後の最後まで、旦那の「弱い自分をアピールして、自分の思い通りに事を運ぼうとする」姿勢は、変わりませんでした。
おそらく。
この方法しか、旦那は知らなかったのでしょう。
今にして思えば、旦那は弁護士さんに頼みさえすれば、私が戻って来ると思っていたし、旦那目線から見れば、非は私の方にあります。
旦那の弁護士さんも、「これならば」と思って、旦那の依頼を引き受けたものの、蓋を開ければ、セックレスだわ、しかもその解消に積極的に動いていたのは妻の方だわ、貯金通帳に振り込まれた旦那からの額は、妻よりも断然少ないわ(旦那分の食費+積み立て貯金分を引いて貰っていたせいもあるんですけどね)、しかも、妻はきちんとそのお金を生活費に使っているわ、で突っ込みどころがない。
セックレスの旦那に誠実に向き合おうとしている記録もあるし、「こりゃ、難しいわ」と判断、旦那に離婚を薦めたのだと思います。
旦那に対しては、どんな感情を抱いていようと、常に誠実であろうとした姿勢が、まあ、思わぬ所で援護射撃となったようです。
そして、旦那の希望を通そうとすれば調停しかないわけで、その調停になったらなったで、自分が「思ってもいなかったこと」を、赤の他人の前で全部ぶちまけられることになるのです。
「離婚」か、赤の他人に自分の知られたくないことを、全部ぶちまけられるか。
究極の二択を迫られた旦那は、自分のプライドを取ったということなのでしょう。
しかし、「離婚」はできれば避けたかったから、最後の「足搔き」として、旦那はそんなことを、弁護士さんを通して言って来たのかもしれません。
「それならば、離婚届けはこちらで出しますから、今月中に離婚届けを書いて、送ってくれるように伝えてください」
と、私は弁護士さんに伝えて、通話を切りました。
最後の最後まで、きちんと「話し合い」はできなかったな。
私は、電話を切った後、そう思いました。
『多少時間は必要ですが、離婚はこのまま進んでいきますね』
そして、電話鑑定の占い師さんに相談すると、そんな返事がありました。
「何で、『親戚が入院したから、弁護士事務所に行けない』って言うんでしょうかね?」
『まあ……『足搔き』と言うのもあるんですけど、『このままで良いのかな』という思いもあるんでしょうね。だから、離婚届けを出そうとするのを、出きるだけ伸ばそうとしているんです』
「このまま、待っていて大丈夫ですかね?」
『どう考えても、今は離婚を中止しない方が良いです。kakuさんの場合は、必死になって頑張って来た果ての結果が、これです。ここで後ろに戻ろうとしても、旦那さんは学んでくれません。結局、「あの時許してくれたし」になってしまいます』
「まあ……そうでしょうね……」
旦那の気質であれば、有り得そうです。
『月末まで待って、その時に離婚届けが来なかったら、また考えれば良いですよ。多分、弁護士さんの方が上手くやってくれます』
と、占い師さんに言われて、私は頷き、通話を切りました。
確かに、旦那が「自分は今弱い立場にいますよ」とアピールしても、旦那の希望を叶えようとするならば、調停しかないわけで、それが嫌だから、「離婚」を速効で受け入れているのです。
そうして。仕事に邁進しながら、次の転職先も検討しないとなーと考えて過ごし、迎えた月末。
『離婚届けが到着しました』
と、弁護士さんから連絡が来ました。
『保証人の欄に名前がなかったので、私と○○(ボス弁さんの名前)を記入しておきました。後、お金は『要らない』そうです。家電とかの代金を入れると、旦那さんの方が取り分は多くなるから、とのことでした』
家電に関しては、クーラーやら冷凍庫やら旦那用の冷蔵庫も二人で折半しましたし、私が持ち込んだ物でも、新居には必要ない物は全部置いて行ったので、確かに金額的には、旦那の方が高かったのです。
しかし。
私としては、二人で買った家電を処分したとしても二束三文ですし、置いて行った家財道具は、本当に要らないから置いて行ったのでした。
けれど。
『ご不満であれば、旦那さんの方に交渉しますが、この件は受け入れてあげた方が、後が楽だと思います』
そう、通話向こうの弁護士さんに言われ、
「わかりました」
と、私は頷きました。
「そのお金は、弁護士代に使わせてください」
本来であれば。旦那の親族の人達が、「新しい生活のために」と、お祝いで渡してくれたお金です。
旦那に返して、旦那の新しい生活のために使ってもらうのが筋だとは私は思いましたが、旦那は夫婦積み立てのお金のこともあり、「要らない」と言って来たのでしょう。
お金に関しても、ほとんど揉めることもなく、離婚の話はまとまりました。
そうして。その次の日。
弁護士さんが発送してくれた離婚届けが、私の元に届きました。
同封されていた手紙には、離婚届けを出した後に連絡を入れること、そして旦那から手紙を預かっていることが記入されていました。
見ると、「kakuちゃんへ」と書かれた封筒が入っていました。
それを取り出し、さて、どうするのか。
そう、私は思いました。
旦那からの手紙を読む気には、正直なれませんでした。
今までが今までだったので、何を書いてあるのか、素直な気持ちで読もうとは思えなかったのです。
それに、私は「どんな結婚生活を送りたいか、考えて欲しい」と伝えて来ています。
それはせずに、離婚届けを書くのも「二か月待って欲しい」と、弁護士さんを通して言って来ています。
言いたいことがあるならば、そして伝えたいことがあるならば、「直接話し合いたい」と伝えて来るべきだったのです。
でもそれを拒絶し続けて来たのは、旦那の方でした。
それなのに、最後に手紙を送ってこられても、私がしたかった「話し合うこと」をできていなくて、まるでコントのような離婚劇をさせられて、「読もう」とはとても思えません。
『まあ、読んでも読まなくても、どっちでも構いませんよ』
そこで、私はこの手紙を読むべきか読まざるべきか、電話占い師さんに尋ねてみました。
『人としては、別れる旦那さんからの手紙なので、読んであげても良いのかもしれない、とは思います。ただ、占い師としては、まあ……「読んで良かった」と思える内容でない可能性がある、と出ているんですよね』
「自己憐憫に寄った、ポエムの可能性がある、ということですか?」
『kakuさん、旦那さんに『次の人とはきちん話し合いなさいよ』って、書いているんですよね』
「あ、はい」
『そのことが、全然伝わっていない可能性があります』
その占い師さんの言葉に。
……有り得る、と私は思いました。
『だから、後はkakuさんの自由にして良いですよ。読んでも読なくても、たいして結果は変わりません』
その言葉に。私は、自分の心に手紙を読みたいか聞いてみました。
「もう、良かど」
それが、私の心の返事でした。
私は、自分のずっと言いたかったことを旦那に伝えました。
それは、私達の結婚を、未来に生かして欲しかったからです。
けれど、それを旦那がわかってくれたかどうかは、私が知る必要はないわけです。
私と旦那は、共に生きて行くことは叶わず、袂を分けることにしました。
後の人生は、各々の意志で進んでいくべきだし、旦那が私の言葉の意味を理解できるかどうかは、旦那自身がわかれば良いことです。
そして、「読んでも読まなくても変わらない」のであれば。
「もう、読まなくて良い」と、私は判断しました。
そうして。
旦那に手紙を送り返すために、一緒に添える文章を書きました。
「旦那君へ
手紙、預かりました。でも、ごめんなさいね。これは読まずにお返しします。
自分は手紙を書いていたからどうかと思ったんだけど、私があの手紙を書いたのは、私達の結婚を未来に生かしてもらいたかったから。旦那君の手紙を読んで、私は「未来」に思いを馳せられるのかな、と思ったら、『読まずにおこう』と判断しました。これからは何かあったら、弁護士さん経由で連絡お願いします」
離婚届けを出した日は、朝からとても良い天気でした。
その日は休みで、私はまずバレエストレッチ教室へと出かけました。
届いてすぐに出しに行かなかったのは、役所が開いているのが夕方の五時までで、夜の七時まで開いている日に行っても、データーの確認ができるのが夕方五時までということで、後日呼び出されてあーだこーだやるよりは、休日に一気にやってしまおう、と判断したからでした。
優しい先生と話しながら、バレエストレッチを行い、それが終わった後、私は役所へと離婚届を出しに向かい、手続きを済ませました。時間にすると、三十分もかからなかったと思います。
「手続きは終わりました」
と言う職員さんに頭を下げると、私はお腹かが空いたので、食堂へ入りました。
旦那と一緒に結婚届けを出しに来た時も、入ったな。
そんなことを考えながら、唐揚げ定食を食べて、役所を出ました。
外に出ると、出入り口にあったポストに、旦那の手紙を送り返すための手紙を投函しました。外の天気は、とても良かったです。
良い天気で良かったな、と私は空を見上げながら思いました。
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