4 私が欲しいのは、息子ではなくて夫なのですが。

 ただ、そうは言いましても。

 カウンセリングを受けた先生は、私にこうもアドバイスしてくださったのです。

『一緒に暮らすことが大切です。慣れていけば、リラックスもできるようになりますよ』

 これには、一理ある、と私も頷きました。

 八千円かけて手に入れた「アドバイス」は、実行に値する、と決断したのです。

 また同じ頃に占い師さんに相談すると、

『日常の延長でセックスするというのが苦手な人もいますからね。「旅館」などは、オススメですよ。あの旅館独特の雰囲気が、とても「エロい」んですよ』とアドバイスを受け、ほほう!とも思ったのです。

 昭和のエロチズム、なるほど、日本人らしくて良いわ!と、私はようやく戻って来たテンションで、引っ越しの準備を進めました。

 で、アパートも無人駅でしたけど、駅の目の前のアパートが偶然空いていて、家賃もそこそこお手頃だったので、そこに即決しました。

 ただ、クーラーが必要だったのですが、旦那と一緒に回ったら、決まりません。「ここどうかな?」と聞いても、「もうちょっと安いとこあるかもしれないし」と煮え切らない。

 まあ、私も、この頃は会った時でも極力セックスの話はしないようにしていました。

 しても、私が旦那を責めて終わり、になりそうな気がしたからです。

 「セックスのことは、引っ越しの後!」と私は結論付けました。

 どうせ、時間は掛かることなのです。

 生活を作り上げていく中で、共に話し合いながら、解決していけば良い。……そう、思っていたんです。

 すごい、理想高かったです。

 いや。

 当然のことだとは今でも思っているのですが、旦那にそれを求めるのは、私が今から勉強して、現役で東大に合格するぐらい、無理なことでした。

 もちろん、当時はそんなことは思いもしていませんけどね。

 ただ、この体験記を読んでいる方の中には男性の方もいらっしゃると思いますが、女が何かの問題点に付いて「何も言わないから」と言って、安心しないでください。

 だいたいにおいて、「今は様子を見よう」と思っているか、「こりゃ駄目だ」と見切りを付けたかの、どちらかです。

 で、当然のことながら、この時の私は前者でした。

 まだ結婚して二か月。

 諦めるには、さすがに早すぎる、と思っていました。

 しかし、「んじゃ、安いとこ探してみて」とは言っても、後日クーラー探した旦那、『えっと、高いよ!』とメールしてきております。

 どんな探し方をしているんだろう……と思った私は、自分が休みの時に、引っ越し先近辺の電気屋をはしごし、店員さんに「手頃でオススメのクーラーないですか」と聞いてみて、そこそこのお値段の、そこそこの機能が付いたクーラーをゲットしました。

『見つけたよ。これで良いかな?』

私は旦那にクーラーの写真を添付して、メールを送りました。

『それで良いです、ありがとう』

 と返事が来ましたが、いや……何か、上から目線ではないかい?と、もやっとしました。

 お金は二人で折半するので、旦那の許可を貰うのは当然です。

 ですが、何と言うのか……最初っから、私が自分一人で探した方が早かったのに、何か「自分もやったよ!」みたいなこの感じ、何?って、思っちゃったんですねー。

 でも、「この考え方が上から目線だなー」と私も自分を振り返り、いかんいかん、と思い直しました。

 そう。

 結婚とは、二人で生活を築いていくものだから、相手の考えも受け入れつつ、話し合いで解決していくもの。

 でも、やっぱりね、この後も続くんですよ。

「私がやった方が早いわ」ってことが。

 若干の懸念を残しつつも、私は引っ越し準備を進めて、引っ越しました。

 新居にクーラーも付き、引っ越しも完了。

 やれやれ、と一息付きましたが、起こります、起こります、「私がやった方が早いわ」ってことが。

 休日、私が家事していますと、「手伝おうか?」と言ってくる旦那、「じゃあ、カーテン開けてくれる?」と頼むと、レースのカーテンまで全開。道沿いでっせ、部屋の中、丸見えです。

「レースのカーテンまでは開けないんだよ」

 と、私はレースのカーテンを閉めながら言いました。

 はっきり言って、二度手間です。

「洗濯物干してもらえる?」と言って頼むと、「洗濯物が干せない」と言ってきます。

 そりゃまあ、干せませんわ、何でハンカチ一枚干すのに、洗濯ばさみが四つもいるの。

 旦那、実家暮らしだったんですよね。料理は好きでやっている、と言っていたんですけど、まあ「好きでやる」ことと、「家事」は違いますわな。

 それに、「自分のやり方」があるから、「手伝い」ではなくて、「邪魔」なんですよね、正直。

「とりあえず、自分の分だけ干して」

 せっかくの休日です。

 さっさと家事は済ませて、好きなことをしたいのですが、旦那がいるだけで余計な気を回して、無駄な作業が増えます。

 旦那としては、家事は一緒にして、「頼りになる旦那」をしたかったようなのです。

 それはですね、「手伝い」より、「全部やってくれる」方が楽なんですわ。

 家事って言うのは一連の流れがありまして、その流れが中断するのは、やっぱり好ましくないわけです。

 と言うより、邪魔!なんです。

 これを読んで、「じゃあ、やっぱり妻に家事させた方が良いんじゃん!」と思ったら早計ですよ。

 ようは、自分のことを自分でしてくれるのが、一番楽なんです。

 ですが、旦那。

 家事をしている私をじっと見ています。

 もうね、何もしないでくれる方が良いんですよ。

 というか、本当に、自分の部屋の掃除をとっとっとしてくれ!って感じです。

 私達は、別々の部屋を持っていました。リビングルームを交流の場にしよう、と私は思いました。

 抱き着いて寝られても、安眠なんざできません。

 こちとら、体力勝負のお仕事をしています。

 十分な休息を取るのは、必須事項だったんです。

 で、旦那。

 一緒に暮らすうちに、「これじゃない」という思いを抱き始めたようです。

 どうも旦那の頭の中には、「確定された未来」として、「結婚したら、朝起きたらできたてのご飯ができている。妻は手作りのお弁当を渡してくれて、笑顔で送り出してくれる。帰って来たら、妻が笑顔で『お帰り』と言って、できたての夕飯を出してくれる。ご飯の後は二人で後片付けして、TVを見ながら話して、寝る。休日は、一緒に起きて、二人で朝ご飯を作って、家事をした後は、二人で出かける。帰って来たら、ゆっくり珈琲でも飲みながらテレビを見て、まったりとした時間を過ごす」

 と言うのがあったみたいなのです。

 さて。

 この妄想、突込みが満載です。

 まず、朝起きたら朝ごはんができている、と思っている点。

 旦那、朝六時半に出ます。

 その前にご飯作るとなると、私、朝四時半起きです。

 さらに、夕飯。

 旦那、夕方五時半から六時半に帰って来ます。

 私、夕方五時まで勤務で日によっては夕方六時半での勤務。残業なんてザラ。

 しかも、引っ越しと同時に、職場で異動があって、その職場の環境がもう、本当にクソでした。

 この体験談には関係ないので端折りますが、こりゃ当分は残業決定だぁって感じで、私は毎日仕事に邁進する日々でした。

 なので、当然、休日は「とにかく休ませてください」状態。

 家事もするけど、終わればとにかく休む。

 二人で家事? 二人でお出かけ? さらに疲れるので勘弁してください、というのが本音でした。

 共働きである以上、旦那の「確定された未来」は、無理です。

 実は、私旦那の給料を知らないでいました。

 生活費は完全に折半で、旦那は絶対に給料の金額は私に言おうとしませんでした。

 まあ、言えるだけの金額ではない、と本人も思っていたのでしょう。

 共働きが必須な状況でありながら、私が専業主婦でないと、絶対にできない状況を望んでいた、となるわけです。

 旦那が不満を持っていたのはわかっていたのですが、私はまずは自分の体力確保を優先しました。

 人生の先輩方がいた気心知れた職場から、「おいおいおいおい!」と突っ込む職場に異動になり、私はとにかく疲れ満載でした。

 けれど。

 せめて、夕ご飯&弁当のおかずぐらいは用意しておこう、と思いました。

 シリコンカップを平気でごみ箱に捨てたり、乾いた食器を適当にどこそこに入れたりする旦那には苛立っていましたが、さらには、自分の「確定された未来」が叶わず、恨みがましそうに私を見る旦那には、愛情のメーターが減り続けていましたが、それでも、「自分のやれることはしよう」と考えたのです。

 そんなこんなで一緒に暮らし始めて一ヶ月、ぼちぼち「セックス不発問題」にも着手しますか、とラブホテルに行くことにしました。

 旦那は「カウンセリングを受けたから大丈夫」と豪語していましたから、「んじゃ、挑戦しますか」ということになったのです。

 まあ、いきなりラブホテルというのも何ですから、デートプランを立てることにしました。

 前出の占い師の先生(エッチをするなら、旅館も良いよ!のアドバイスくれた人ですね)から、「エッチの前には肉よ! 肉は性欲を高めてくれるわよっ」とアドバイスを貰っていたので、映画→焼肉のランチ→ラブホテル★というコースにすることにしました。

 で、どうなったかと申しますと。

 不発です。

 不発!で、ございます。

 まあ、ね。

 覚悟はしていましたよ。

 でも、やっぱり「大丈夫!」と豪語するんですから、少しは期待もするじゃないですか。

 しかも、直前になって、「どうすればいいの?」ですからねー。

 アホだ、こいつ。

 もうね、マジでそう思いました。

 できないなら、できないでも良かったんです。

 でも、「大丈夫だ!」って言い切っていて、「どうすれば良いの?」ですからねー。

 要するに、自分で下調べもせず、シミュレーションもせず、「大丈夫だ!」と言い切っていたわけですよ。

「とりあえず、中止ね」

 私はそう言った旦那に、言い切りました。

「え、やだやだやだ!」

 旦那は泣きながら私に縋って来ましたが、私は無視して立ち上がりました。

「セックスしたいだけなら、ダッチワイフ買って。知識ないままやられたら、私がかなわんわ」

 この時の私の心の中は、「えーかげん、晒せえよ!」でした。

 セックスとは、「性」のことです。「性」とは、即ち「生」。

 自分の「生」に関することなのに、何の知識もなく、人任せにするとは、あまりにも無責任すぎます。

 旦那は泣きわめいていましたが、私は服を着て、「帰るよ」と旦那に言いました。

 そうしたら旦那、泣き止んで自分も服を着始めたのです。

 その表情は、さっきまで泣いていたのが嘘のようでした。

 これは、「今」思い返しているから言えることです。

 この時の私は、「仕切り直しだー!」と思っていて、泣き止んだ旦那を、「幾つだよ、お前」と心で突っ込んでいました。

 ……まあ、ね。

 別の占い師さんに相談した時も、言われました。

『お疲れ様です』と。

 私は三十代の時からお世話になっている占い師さんが何人かいるのですが、ことの顛末を相談した電話鑑定の占い師さんはまずはそう言って、言葉を続けました。

『旦那さんとkakuさんは合いません。旦那さんは表向き素直な方なのですが、独特の考え方みたいで』

「独特?」

『何と言いますか……「妻は家族だから、セックスしなくて良い」みたいなことを考えています』

 は?と、思いました。

 もちろん、「占い」ですから、あくまでも「予想」です。

 しかし、それに近いことは考えていそうだな、とは思いました。

「それは、困ります」

 私も一応健全な大人です。

 他の方々の嗜好を否定はしませんが、一応大人なんで、夫たる人とは、それなりのことはしたいな、と考えております。

「やっぱり、またカウンセリング受けた方が良いんですかね?」

『うーん。旦那さん、カウンセリングあまり効果ない人なんですよねー』

「え?」

『ごめんなさい、それがどうしてかはわからないんですが、占いの結果にはそう出ています……』

 カウンセリングが効果ないって、これは如何に?とは思ったのですが、効果がないのならば、別の方法を考えなければなりません。

「他に何か良い方法はありますか?」

『とりあえず、話し合うことです。旦那さんは素直な部分もありますから、自分が納得したことには、きちんと動いてくれるでしょう』

 と言う前向きな占い師さんのアドバイスに、私は頷きました。

 これはね、嘘ではないんです。嘘では。

 占いの結果としても出たんだろうし、今のこの時点でも、「カウンセリングを受けても効果ない」というアドバイスは、流石だなーとも思うんです。

 ただ、ね。

 そう……ただ、この時点での私は気付いていなかったんですよ。

 「話し合い」と言うのにも、それなりの手順と能力が求められるってことに。

 話し合いは、大切だわなーと思いながら通話を切った私は、さて、どうするかと考えました。

 ついでに言っておきますと、占い師さんに相談する時は、旦那が家にいない時とか、仕事から帰る途中のコンビニの駐車場とか、きちんと時間と場所を考えてしていました。

 私が旦那の立場であったら、自分がいるのに愚痴まみれの悩み相談されているのは、聞きたくないですから。

 旦那もそうだろうな、と思ってその点は心がけていましたよ。

 まあ、それはさておき、話を戻しますと、とりあえず、やっぱり知識だよなーと思いました。

 そこで、何か良い本はないかなーと思いながら、アマゾン様で検索してみます。 まず思い付くのは、克・亜樹さんの「ふたりエッチ」(ヤングアニマル)です。

 経験のない男女二人が結婚して、経験を重ねて行く……と言う話ですが、最初っから、上手くできることができたら、苦労はしませんわな。

 「女性が優しくしたら良いんではないかい?」と言われましたが、あれねー、難しいんですよ。

 旦那、全くの初心者で、私が手を触っただけでもガチガチになっていましたからね。

 どうも、旦那に取って、セックスとは「未知の世界」であり、「恐怖の世界」でもあったようなのです。

 まあでも、「知識」としてはまとまっているから、これはこれで参考になりそうだな、と判断しました。

 私としては、もうちょっと楽しみながら読める本はないかなと思いながらも探してみましたが、もんでんあきこさんの「すべて愛のしわざ」(MIU恋愛MAXCOMICS)、「エロスの種」(ヤングジャンプコミックス)は面白かったのですが、あちらの参考にはあまりなりそうになく……。

 んじゃ、年一回アンアン(マガジンハウス)のセックス特集はどうかと言うと、中身は充実しているんですが、中級者向けすぎるし、丸ハ、初心者マークの人達に参考になるセックス本って、本当にないんですよ!

 唯一使えそうだったのは、アンアンの特別付録のDVD。

 まあ、女性用のアダルトビデオなんですが、萌えがないんですよねー。

 正直BLCDドラマの方がよほど萌えるわっと思ってしまいました。

 ええ。

 私はオタクです。

 それが何か?

 まあ、要らぬケンカは売らないで置いて、でも、アダルトビデオはアダルトビデオ。

 ないよりはマシかなーと思い、活用することにしました。

 さて、ここで若干話は逸れますが、セックスのことに関して調べた時、やっぱり溢れ出します、溢れ出します、如何わしいサイトさん、DVDさん、絵本さん。

 セックレスの夫婦のための相談サイトには、「女は快楽に弱いです。セックスのテクニックがあれば、女はあなたの虜」と書いてあり、「ケンカ売っとんのか、おらあっ!」となりました。

 多分、風俗産業系なんだろうなーと思いましたが、それにしても、あんまりな文章です。

 もちろん、「男性は視覚的興奮が大切で、感覚的な女性とは違う」ってのは理解しています。

 でもなー、力任せにやるセックスほど、「下手」ってことを、何故に今だに男性諸君は認めたがらないのでしょうか?

「どうだ、俺の腰つきは⁉」ってやるほど、「ヘタ」な証拠なのに。

 アダルトビデオさんも、嫌がる女性を犯して、だんだん女性が感じて行く……ってのが多いんですよ。

 ないですからね、現実には。

 「どうだ、俺の腰つきは⁉」は、「ヘタ」な証拠ですからね。

 アダルトビデオは、「ヘタ」な見本集なんですよ。

 それを踏まえた上で、楽しむのは、全然良いんですけど、「ヘタ」なものを「これが理想!」とされるのはたまったもんじゃないです。

 しかも、タイトルが「炊いとるんかいっ!」って思うほどイケてないんですよね。

 「イキまくり」って、そんなに体力ないでしょうがっ。

 あ、もちろん男性が、ですね。

 こんなこと言うと、「女だって、ハーレークィンみたいなの、読むじゃないかっ! そして、男に乱暴にされて、悦んでいるじゃないかっ」って声も上がって来ますけど、あんなの、ファンタジーに決まっているじゃないですか。

 そりゃ、私もその手のBLシーンは好きですし、女の秘めた願望ではありますが、力任せのセックスで上手な人って滅多にいませんよ。ハーレークイーンも少女漫画も「夢」です。理想はあっても、現実は違います。

「俺はその手の女達から『凄い!』って言われている!」

 と言う人もいるかもしれませんが、それこそ、愚の骨頂。手管手練に長けたプロの言葉を信じることほど、愚かなことはないです。

 まあ、私もケンカを売りたいわけではないので、ここまでにしておきますが、「現実」をきちんと伝えてくれる「セックス本」がなかなかないのも事実。

 アダルトビデオ業界さん、正しいセックスの仕方がわかって、しかも「萌え!」があるビデオ、作ってくれませんかね?

 初心者用のセックス本探した時、検索結果が全て、アダルトDVDになってしまっていたんで、切にそう思います。

 ちなみに、セックス本でも「良書」と言われる物はあります。

 「スローセックス 彼をその気にさせる方法」(著アダム徳永 日本文芸社)と「女医が教える本当に気持ちの良いセックス」(著宋美玄 ブックマン社)。

 でも、これもやっぱり「中級編」ですし、「萌え」がないんですよ。

 セックスにも必要だと思います、「萌え!」が。

 カモン、萌えのある初心者用セックスhow-to本orDVD!

 後、「ホテルでDVD見せたら良かったんじゃ?」とも言われましたが、旦那相手には刺激強すぎて、「ちょっとねー」と躊躇してしまったんですよ。

 ええ、「男のプライド」を、考慮してね。

 考慮しなかった方が良かったかもしれませんね……。

 で、話を戻しますと。

 不発!の件から旦那は「知識不足」と結論付けた私は、前述のように「知識を補う本探し」を始めました。

 ですが、当の旦那。

 あまり変わりません。

 男としては、面目欠如極まりない醜態をさらしたと言うのに、「全く変わらない」

 まあ、私も「前向きに」と思っていたので、あまり態度を変えないようにしていたのですが、それにしても、あまりにも「変わらない」。

 多分、「セックスは上手くいかなかったけど、あんまり気にしていないんだな」と都合よく変換していたようです。

 んなわけないわっっっ!です。

 前にも書きましたが、女が夫婦の問題点について何も言わなくなったのは、「今は様子を見よう」と思っているか、「こりゃ駄目だ」と見切りを付けたかの、どちらかです。

 んで、当然この時の私は前者です。

 まだまだ結婚序盤戦。

 見切りを付けるわけにはいきません。

 ―と、私が思う一方で。

 旦那は、私が一緒に夕飯を食べてくれないことも、話をする暇がないことも、休みに外出できないことも、さらに自分の望む「確定された未来」が何時までも叶えられないことに、不満を重ねているようでした。

 この当時の私は、仕事が終わって、買い物や銀行などに寄ったり、あるいはコンビニでコーヒーを飲んでから自宅に帰り、明日の夕飯の下ごしらえと言うか、完成形を作って、ついでにお弁当のおかずも作って、夕飯は冷蔵庫に、お弁当のおかずは冷凍庫に入れてから自分の夕飯を食べていました。

 この時点で、夜の九時近く。そこから風呂に入って、洗濯をしています。

 そして、朝はどんなに遅くても朝六時半には起きて、仕事に行っているわけです。

 朝は朝で、洗濯物をベランダに干して、風呂の掃除をして、トイレの掃除もしていました。

 旦那は一時間近くかけて電車で出勤していたので、その辺は「私の役目だ」と思っていましたが、この毎日のルーティンに加えて、職場は本当にクソな環境。

……ちょっとここまで書いていて、思いましたが。

 私、この環境の中で、よく書いていましたね、「腹が減っては戦はできぬ」とか、「イノセント・ブルー」とか。

 どんな状況で書いていたのかも、今は思い出せないですねー。

 ま、それはさておいて。

 けっこう、アップアップな日々を過ごしているにも関わらず、家に帰れば、旦那が不満そうに私を見ている。

 ……何と言うか、下手なホラー映画より怖かったです。

 家に帰ったら、小さい男の子の霊が、玄関で体育座りをして、ジト目で私を見ていたって感じだと言えばわかりやすいでしょうか?

 それなのに、私は「旦那にもわかりやすい、セックスの本&情報」も探していたわけで、状況的には、もう本当に限界まで頑張っていたわけです。

 けれど、家に帰れば感謝はされず、ジト目攻撃。

 幾ら私が人生の先輩方並みにタフとは言えど、そりゃあまあ、メンタルはやられますわな。

「そりゃきつかね」

私の話を聞いてくれた、人生の先輩はそう言いました。

「まあ、帰る前にコンビニでコーヒー一杯飲むのは、良かと思うよ。いったんリセットできるけんね。ばってん、旦那さんがそぎゃん人だったとは、結婚する前にわからんだったとね?」

「何て言うか……ここまで、頭がお花畑とは思っていませんでした」

「確かに、ちょっと年齢を考えると幼なかね。他力本願過ぎるって言うか、大人だけんね。自分の意見もちゃんと言わな、赤ちゃんじゃあるまいし」

 人生の先輩、相変わらずのぶった切りです。

「少し、離れてみるのはどぎゃんね?」

 そして、私のためにそんな提案をしてくれました。

「実家でも何でも良かけん、旦那から少し離れて、リフレッシュしたら、少しは疲れも取れるかもしれんよ。旦那にも良か冷却期間になるたい」

「そぎゃんですね……」

 とりあえず、気持ちのリセットをするために、このアドバイスは参考にすることにしました。

 丁度、時期的に長めのお休みがあります。旦那はそのお休み期間も、出勤予定。

「来年は、一緒に過ごすけん、今年は行かしてくれんね。友達が島におるばってん、今年で赴任が終わるとよ」

 私は旦那にそう言って、旅行に行くことを告げました。

 友達がとある島に住んでいたのですが、赴任期間が残り後一年で、前から「良ければ遊びに来て」と誘われていたのです。

 せっかくなので、まとめて休みがある時期に、明るい南の島へと行くことにしました。

 やっぱり、家に帰るなり、体育座りをした小学生の幽霊がいるような雰囲気は、きっついです。

 明るい南の島で、友達にも会って、リフレッシユ♪とのテンションで、私は旅行中の旦那の夕飯も作り置きをしておいて、出かけました。

 まさかその一年後の長期休みの時に、別居のための引っ越しをするとは、この時は夢にも思いませんでしたけどね。てへぺろ。

 そして、南国の島の風景と、久々に再会した友人とのおしゃべりに、すっかり癒された私は、「ちゃんと夫婦になるためにも、気張らないかんなー」と思いながら家へと帰りました、が。

 戻った次の日に、実はセックス再チャレンジの予定をしていたのですが、体調不良でダウンしてしまいました。

 まあ……本音を言えば、私、アパートに帰って、旦那見た瞬間、何と言うか、「あ、宿題片づけなきゃ」みたいな気持ちになったんですよねー。

 で、宿題って基本的に嫌なものじゃあないですか。

 「絶対しなきゃいけない」ってわかっているけど、先延ばししたいな、的な。

 ただ、本能はそう言っても。

 理性は、言うわけですよ。

 「何のために、リフレッシュして来たんだ!」ってね。

 しかし。

 「したくないけど、頑張らなきゃ!」って思っても、体は正直ですわ。

「とりあえず、本日のセックスは無理ですわ」と、サインを出すために、疲労感どっと出して来たんです。

 人生の先輩の一人と会ってご飯食べる予定だったんですが、キャンセルして自宅へと戻りました。

 旦那とは、その後でデート★って予定していたんですよ。

 夜の方が盛り上がるかなーと、思ってですね。

 けれど体調不良で戻って来た私。旦那は出かけているようで、アパートにはいませんでした。

 どこかほっとした私は、「旦那、すまん」と思いながら、彼にラインを送りました。

『ごめん、体調不良で戻って来ました。申しわけないんだけど、今日はキャンセルでよろしく。眠っているけど、気にしないで。仕切り直しだから、自分でも調べたりしてね』

 そして、やれやれ、旦那にも悪いことしたなーと思いながら横になろうとしていると、旦那から返信が来ました。

『わかりました。ゆっくり休んでね、したくてしたくてたまらないけど、我慢我慢。二人でやることだからね』

 このメッセージ見た私は、はいっ⁉となりました。

 いや、これは体調不良の人に出すには、あんまりな文章です。

 さて、皆様。

 これの「どこがあんまりな文章」なのか。

 ご理解できますでしょうか?

 まあ、「あんまりだわ、これは」と思われた方は、同士!の方々だと思います。

「えーと???」

 と思われ方。

 人の感じ方は様々とは言え、多少注意は必要なことかもしれません。

 ご解説しておきましょう。

 前提としましては、私は体調不良です。

 そして、予定していた「セックスの仕切り直し」は延期になりました。

 そのことに、私は大変申し訳なく思っています。

『わかりました。ゆっくり休んでね』までは、良いんです。

 定型文と言って良い文章です。問題は、ここからです。

『したくてしたくてたまらないけど、我慢我慢。二人でやることだからね』

 何でしょう、この「我慢してやっているよ」感。

 この「仕切り直し」の段取りをしたのは、私。

 旦那に「この本読んでみて」と、セックスのために参考になりそうな本を探して、薦めたのも私。

 いや、あんた。

 この「仕切り直し」のために、どれだけ自分で動いたっての⁉って思いますわ、流石に。

 例えて言うなら、二人で旅行するために段取りを色々して、「どんな所に行きたい?」と聞いても、「どんな所でも良いよ」と参考にならぬ返事をし、こちらが気張って準備していたけれど、体調不良で行けなくなって、「ごめんねー」と謝ると、「いいよ。ゆっくり休んでね。でも、旅行行きたかったなー」って上から目線で言われてくださいよ。

 流石に、殺意沸きませんか⁉

 しかも、旦那がやったことは、ジト目攻撃のみ。

 もしかしたら、旦那的には色々やっていた気になっていたかもしれませんが、何の役にも立っていません。

 えーかげんにさらせえよ!と、私は思いました。

 ただ座っていただけの人が、たとえそう本当に思っていたとしても、言葉にはしてはいけないはずです。

 そして、「怒り」はきちんと伝えるべきだと、思いました。

『いや、それはちょっと違うよ。「したくてしたくてたまらないから」って、今伝えることじゃないよ。だいたい、この日に向けて、何か自分から調べたりしたことあった⁉』

『えーと、オススメの本を読んだくらい……』

『あのね、セックスは突っ込むだけじゃないから。やれば何とかなると思っているなら、それは違うから! とにかく今は寝かせて!』

 旦那的には、「思ってもいないこと」だったのでしょう。

 もしかしたら、「自分は何て良い夫なんだ」と自己憐憫の浸っていたのかもしれません。

 どうも、離婚した今だからわかることなのですが、旦那、私のこういった一連の話を、「全く意味がわからない」と思っていたようなのです。

 何と言うのか……「理解」できない、みたいな。

 「相手」のことを思えば、言って良いこと悪いこと、ある程度は想像できるはずなのに、「それがわからない」。

 しかし、当時の私はそこまではわかりませんから、とりあえず、「怒り」を抱きつつ、体を休ませました。 

 そして、そのまま長期休み明けを迎え、怒涛の仕事の日々へと突入です。

 いやークソな環境の仕事って、クソなんですよ。

 できるだけ自分をフラットな状況に持って行こうとしても、やっぱり、クソはクソ。

 そもそも、何故子どもが来ているのに、事務所で仕事に関係のない話ができるんだ⁉

「こんな環境改善したいですー」と上司に提る案しても、「えええ」という感じで。

 頼むよ、一日あったことの報告をする「終礼」ぐらいさせろっっ。

 職場は仲良しクラブじゃねぇぇぇぇ!と、今までの環境が「仕事……。それは、全力で己の才覚を使い、真剣勝負で取り組む物!」だったので、(その合間を縫っての、人生の先輩達との会話だったんです)「仕事、何それ? キャピキャピ―」がどーしても馴染めません。 

 って言うか、よくこんな質の低い仕事しとるな、あんたらっっっ!と毎日心の中で突っ込んでいました。く

 仕事がこの状態で、家に帰れば、旦那はジト目攻撃。

 これで、何かお互いを気遣う交流ができたら良いのですが、旦那の「気遣い」は、ずれているのです。

 朝ごはんの準備ができているのに、髪をセットしているので、

「先にご飯食べてから、セットしてよ。その間に私が使えるから」

 と声をかけると、何故か哀しそうにします。

 いや、君も出勤するけど、私も出勤するんだよ。「一緒に朝御飯」は、無理なんだって。

 時間差でやった方が、効率が良いんだってば!

 それに、夜の間に洗濯物は外に干せるだけにしていましたけど、洗濯物は外に干す作業もあります。時間があれば、夕飯&弁当の下ごしらえもしないといけない。 そして、少しでも長く休んでいたい。

 正直に言いましょう。

 旦那の相手、するの鬱陶しかったんですよ。

 旦那が欲しかった「確定された未来」を叶えるには、私が「専業主婦」並みに頑張らないといけないわけです。

「お前の稼ぎが少ないのに、お前の思う通りにできるわけないだろ!」ってことなのに、旦那はそのことを理解していないわけです。

 ネットの掲示板に以前に書いてあった、「子どもを産んだ嫁にゆっくりして欲しくて、『子ども見とくから、美容院行ってきなよ』とか『買い物行ってきなよ』とか声をかけても、『いいよ』と妻は言って、出かけようとしなかった。ある時、『友達と買い物でも行って来たら』と声をかけたら、『いい加減にして! 家には、美容院に行くお金も、まして友達と買い物に行くお金もないのよ!』とぶち切られて、旦那さんは茫然となった」話を読んたことがあるのですが、あれね、ブチ切れたお嫁さんの気持ち、よくわかりますわ。

 旦那さんに「お前の稼ぎが少ないんだから、行けるわけないだろう!」とはあまり言いたくないがために、「いいよ」と返事をしていたお嫁さん。

 そんな言葉より、自分のことを自分でして、時々「今日は俺が何か買ってくるわ。お小遣いの範囲だから安いけど、何が食べたい?」って言ってくれた方が、どれだけ楽かっっっっっ。

 帰った時に、「今日はこれ買ってきたら、一緒に食べよう」と旦那が言ってくれたら、きっとこの時の私、癒されていたでしようね。

 それとか、「セックスについて、こんなことを調べたから、協力して欲しい」と言われたら、俄然前向きになれただろうなーと思います。それか、稼ぎを増やすか(笑)

だけど、現実はそうではなく。

「どうして、僕の望みを叶えてくれないの」と言う、怨念の思いが籠ったジト目攻撃が毎日待っているわけです。

 いやそれなら、私も一緒ですわ。

 私の望んでいるのは、「お互いに協力し合って作り上げていく家庭生活」なのに、何ですか、これ。

「私が欲しいのは、『旦那』であって、『息子』じゃなかっっっっ!」

 『新婚生活どぎゃんね?』と電話してきた母に、私はそう絶叫しました。

 もちろん、コンビニ駐車場、車の中です。

『まあ……ねぇ……』

 母、絶句。

『でもねえ、プライドもあって、それを満たすだけの能力もある人って、あまりおらんよ』

「問題はそこじゃなかっ!」

 再び、私絶叫です。

「別に仕事はできるんでも、稼ぎがなくても良かとよ。問題は、自分は何の努力もせんで、男のプライドば満たそうとしとるとこよ。私を使って、簡単に自分のプライドを満足させようってとこが、嫌とっ!」

『でも、それはあんたの「感覚」だけんね』

 しかし、母上。そこで、一言差し込みます。

『完璧な人なんておらんよ。あた(貴方)だって、完璧な妻しとらんたい』

「だから、私は完璧な夫なぞ、求めとらん!」

 求めているのは、「一緒に家庭を作り上げていける夫」です。

『あのね。kaku』

 ヒートアップする私に、母は言葉を続けました。

『他人は、変わらんよ。変われるのは、自分だけたい』

 正論です。

 まごうことなき、見事な正論です。

 母は父方の祖父母と同居して、二人を見送りました。

 ええ。

 それはもう、見事な嫁姑の諍いもありました。

 それでも、母は耐えきったのです。

 その人生経験の言葉は、重みが違います。

 しかし、これは今思えば、「いったいどんだけの縛ゲーよ⁉」って感じでした。

 世の中には、人が提供する優しさを「当然」とし、当たり前のように享受する人達もいるのです。

 それを仕事先でも散々見て来たはずなのに、私は我が旦那がそうだとは、考えもしなかったのです。

 でも、当然のことながら。

 当時の私は、母の言葉に考え込みました。

 確かに、今の私に必要なのは、旦那のことを受け入れるキャパなのかもしれない、と。

 しかし、母との通話を終え、家に帰れば、あいかわらずジト目攻撃の旦那。

 私を労わってくれる気配、一切なし。

 そんな相手に、どこまでキャパを広げれば良いのか。

 そこでふと、婚活中に受けていたメイク教室で、講師さんに言われたことを思い出しました。

『あなたの本来の気質は、とても優しい人です。でも、肩がこれだけ凝っているなら、腹も立ちやすくりますね。それをさらに理性で抑えているから、疲れるんですよ』

 これだよ!と思いました。

 これをやらないと、行けんわっと言うことで、「肩こり解消!」で旦那を受け入れるキャパを広げることにしたのです。

 そうしたら、早速肩こり解消の対策を探るために、ネットで検索です。

 ひどい肩こりは慢性化していましたので、整骨院には通っていましたが、もうちょっと根本的な解決方法を知りたい、と思いました。

 あ、「何かあったらネット検索(通称ググる)ですか?」と言わないでください。

 クグって何が悪いんですか?

 ネットは、嘘もデマもたくさんありますが、手軽で色んな情報に溢れています。

 ダイジェストで色々な情報を探れるのが、ネットの何よりのメリットです。

 その情報の裏付けや、詳しいことをより調べる時は、な本を探したり、人に聞いたりします。

 そして、わかったことは、肩こりには運動が良いということと、「整体は良い」ということでした。

「だったら、ストレッチかなー」と、私 は思いました。

 以前メンタルで調子を崩した時、スポーツジムに通っていて、その時に、ストレッチバレエをよくやっていたのです。

 私らの世代は、上原きみ子さんの「ハーイ、まりちゃん」(小学館)でバレエに憧れ、しかし「近くに教室がない」という事実の上に、バレエを習うのを諦めた、という哀しい過去が「あるある」としてあります。

 私も、そんな「あるある」の一人。

 本格的にバレエをやる勇気はないものの、バレエをやってみたい気持ちはある。 それならば、「バレエストレッチ」は、とても良い方法ではないかっと、思ったのです。

そう……「宿題」は、楽しくやるのが良いのです。

 興味のあることを楽しみながら、自分を改革。

 これぞ、楽しい自己改革。

 まあ、そんなテンションで「バレエストレッチを始めよう」と、私は近くにあるバレエ教室をネットで探し始めました。 

 それと同時に、整骨院だけじゃなくて、整体にも行くことにしました。

 整体は保険が聞きませんが、私は、前に整骨院の先生に言われたことかあったのです。

『kakuさんは、姿勢が悪いから、肩凝りが起こるんですよ。姿勢に気を付けてください』

 既に「肩こり解消」=「自分のキャパを広げる」と言う図式が私の頭には存在していましたから、「こりゃええわ!」となったわけです。

 整体は、背骨を整えることもしてくれます。

 体が硬くなれば、気持ちも固まります。

 調子が悪い時は、大抵体も硬くなっています。

 体に必要な物は、適度なリラックスなのです。

 よしよしよし、と私は思いました。

 私の「キャパ拡大計画」、なかなか良い感じです。占い師さんに相談しても、

「良いですね。自分に意識を向ければ、旦那さんの荒も気にならなくなりそうですよ」

 と言われ、ますます「よしよしよし」、と私はなりました。

 ―が。

 そんな自分の「キャパ拡大計画中」の日々を進めていた中、台所の流しに、お弁当のおかずをフリージングしていたタッパーがありました。

 あれ?と私は思いました。

 私は、このタッパーに三日分のおかずを入れていました。

 私もお弁当がいる日もありましたから、余分に用意してあり、しかもそれは昨日作った物だったのです。見れば、シリコンカップも無造作に置かれています。

 うーん? と思いながらも私はそれらを洗いました。

 洗い物をするのは、全然構いませんでした。

 なんせ、旦那は一時間近くの電車通勤。

 私は、車で三十分。

 朝ごはんを作る気力はないけれど、洗い物なぞ、一人分の、しかも食事する時に使った食器など、たかが知れています。

 しかし、料理は別です。

 いくら炊飯器活用だー電子レンジ活用だーとは言っても、手間は、手間。

 できるだけ、手短に。

 けれど、できるだけ美味しく。

 「きのう何たべた?」(よしながふみ著 講談社)のシロさんが凄いな、と思うところは、それを「楽しみ」にできることなんですよ。

 幾ら料理が好きでも、毎日毎日作るのは、うんざりするんです。

 体調が悪い奥さんに向かって、「今日は簡単な物で良いよ」と言い放つ男性がいらっしゃいますが、あれ、アホですからね。

 料理に、「簡単なもの」はないんです。

 自分の体調が悪い時に、同じように言われてください。

 殺意わきませんか?

 そういう時にやる正しい行動は、「何か買ってくるよ。何が良い?」と奥さんに聞くことなんです。

 で、洗い物をしなから、私は「旦那が余分におかずを持って行ったのかなー」と考えました。

 それならば、「明日の夕飯はゴーヤチャンプルーかな」と思って、私は乾燥しいたけをタッパーに入れて、水を入れて、冷蔵庫に入れました。

 ゴーヤチャンプルーならば、多めに作られるし、比較的手間がなく作れます。

 明日の夕飯の段取りを決めた私は、身支度を整えて、仕事へと出かけました。

 そして、その日の夜。

 次の日の夕飯であるゴーヤチャンプルーと、お弁当用にシリコンカップに入れたゴーヤチャンプルーを、冷蔵庫と冷凍庫にそれぞれ入れて、やれやれと思いながら部屋へと戻りました。

 そして、翌日。

 私は、流しにお弁当のおかず入れタッパーがあるのに気付きました。

 そこには、シリコンカップ三つも、一緒に転がっていました。

 私が昨日作ったゴーヤチャンプルーを入れたシリコンカップも三つです。

 そして、この日作る予定にしていたおかずを追加で入れて、おかず入れのタッパーは、三日分のおかずがフリージングできることになっていました。

 えっ?と思いながら、私はリビングルームの扉を開きました。

 そこには、朝食を今まさに食べようとしていた夫がいました。

 夫は、ご飯に私が昨日作ったゴーヤチャンプルーをかけていたのです。

 それが、その日の夫の分のおかずではなく、私がお弁当用にフリージングした物であることは、一目瞭然でした。

「何しているの⁉」

 私は、思わず叫びました。

「それ、お弁当用のおかず何だけど!」

「えっ?」

 旦那は、「考えもしませんでした」と言う表情で私を見ました。

「え、駄目だった?」

 そして、開口一番そう言い放ったのです。

 はっ?と、私は耳を疑いました。

 否。いやいやいやいや。

 何と言うか。

 この人、何言ってんの⁉と、正直思いましたね。

 旦那が軽い気持ちで食べているそのおかずは、私がきつい仕事の合間を縫って、何とか気力と体力を費やして、用意していた物だったのです。

 旦那の望みを叶えられない以上、それだけはやろうと、自分にムチ打ちながらやってきたこと。

 それを、旦那は少しもわかっていなかったのです。

 多分。

 セックスのことがなければ、私はここまで怒らなかったのかな、とも思います。

「あのさ、見てわからない⁉ それはお弁当用なの。私の分も入っているの。何でそれを、一人で食べれるわけ⁉ 信じられない!」

 気付いたら、私は絶叫していました。

「あ、ごめんっ」

 旦那は慌てて謝って来ましたが、私は今まで我慢してきた分、もういいやって思いました。

「とにかく、もう、私ご飯作らないから。これからは、自分でご飯も作って!」

 別に、妻がわざわざご飯を作らなくても良いのです。

 実際旦那も、「僕が作ろうか?」言って来たぐらいです。

 ただ、旦那に台所を使わせると、どうなるか想像に難くなかったので、私がやっていたわけです。

 しかし、それもみんな頭から飛びました。

 もう、良い。

 そんな言葉が頭に浮かび、私は朝の支度を始めました。

「え、ご、ごめん。わからなくて……」

「だったら、聞けば良いじゃん! 『これ食べて良い?』って。仕事先の子ども達ですら、それはするわ!」

 ちなみに私の仕事先の子ども達、皆就学前です。

 旦那がどんな考えで、このお弁当用に用意していた物を食べていたのか、今でも私にはわかりません。

「男はね。わからんとよ。『お弁当用』って書いておった方が良かったかもしれんたい」

 とは、後日、この出来事を愚痴った時の竹馬の友の言葉ではありますが。

「いや、わかるよ。そこまでお弁当用に体裁を整えてあったら、ふつーは、わかる。その上で『食べたい』と思ったら、聞く」

 という別の方からの意見もあり、正直、「どちらが本当なんだ?」と私も確信が持てないのです。

『そこにあったから、食べたんです』

 で、恒例のコンビニ駐車場で。

 仕事の後私は相談した占い師さんに、そう言われました。

 因みに、賢明な方々はもう気付いておられると思いますが、私が相談している占い師さんは、一人ではありません。

 「婚活していますが、何か?」の結婚相談所の方々と同じで、個人情報を特定しないために、みんな「占い師さん」で統一しています。

「そこにあったから……食べた……」

 一方の私は。

 占い師さんの言葉を、復唱しました。

『はい、そうです。それ以下でもそれ以上でもないです』

 何でしょう、この「山があったら上りました」的なノリは。

「お弁当のおかずとか、作った私の手間とかは……」

『考えていないですね』

 きっぱりすっぱり、占い師さんは言い切りました。

「そ、それは、就学前の子ども以下では⁉」

 私は思わず、そう叫んでしまいました。

『と、言うより育ち盛りの子どもですね。それでも、作ってあった物を食べるなら、一言許可をもらったりしますけどね』

 おいおいおいおい!と、私は思いました。

『ただ、旦那さんの気持ちとしては、「そんなに怒らなくて良いのに!」みたいです』

「でしょーね……」

 仕事の傍ら、毎日夕飯を作っていた私の気持ちなど、旦那は考えもしないのでしょう。

 セックスのことも、生活のことも、自分から動かず、「どうしたら良いか」を考えもしない。

「離婚……ですかねぇ?」

 その時。初めて、私の頭に「離婚」という言葉が過りました。

『とりあえず、旦那さんには自分のことは自分でしてもらったらどうですか? もう子どもじゃないんだし、負担が減ったら、あなたにも余裕ができるじゃないですか』

 この言葉に、確かにな、と私は頷きました。

 旦那を受け入れるためのキャパを広げるためにも、私には「余裕」が必要です。

 自分の意識を「旦那」から「自分」に向けて、少し余裕を持とう、と思いました。

「変えられるのは、自分だけ」ならば、自分に意識を向けて、自分を変えることに今は集中すれば、疲れなくてすみそうです。

 よし、それで行こう!

 私は自分でそう結論を出して、占い師さんとの通話を終えると、スーパーに寄って、買い物をしてから家に戻りました。

 旦那に自分の分のご飯を作ってもらうことになるならば、旦那用の冷蔵庫がいるかもなーとも考え、アパートに戻りました。

「ただいまー」

 と言いながらドアを開けると、ちょうど台所で旦那が洗い物中でした。

 旦那は私を見ると、自分の部屋に走って行きました。

 はっ?と、思いました。

 ジト目で私を見て、次の瞬間逃げるように、自分の部屋に走って行く。アラフォー世代の、成人男性が。

 ちなみに。

 この時の旦那の表情思い出しながら、仕事先の子ども達相手に、「ゲームで負けた時、こんな風にしないでね」と、『もういい! もう止めるっ!』と、実演してみせると。

 就学時前の、保育園生&幼稚園生達、「ないわ、これはないわ」という表情で、「しない、しない」と首を振ります。

 私が旦那との生活の中で得た、一番使えるものが、旦那がこの時浮かべていた表情です。

 しかし、保育園生&幼稚園生ですら、「ないわ、これはないわ」と思う、ジト目表情を浮かべていた旦那、アラフォー成人男性。

 私は、この瞬間。

 初めて、知りました。

 愛は、減るのだと。

 そして、後に知ることになります。

 減って行った愛は、決して元に戻ることはないのだと。




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