All for One 終わりの1

月輪話子

All for One 終わりの1

卒業式。

6年14組、1名の卒業が証明された。


春先の頃、地下300mにある学び舎の大講堂。

「6年14組」

「はい」

私はクラス代表として起立する。


檀上までの足取りは重く視界が涙で歪む。


「卒業おめでとう。」

「ありがとうございます。」


校長から渡された卒業証書を震える手で受け取る。



「鑑別」により、6年14組は私1人しか残らなかった。


私は勝者だ。クラス25人の中で一番優秀な成績を残した私がなるべくして残った。

淘汰された哀れな元同窓生たちはなるべくして「処理」された、ただそれだけのことだ。


だから自分の決断を気に病む必要などない。

この場にいるのは、紛れもなく「私」だ。この私、ただ1人だ。


卒業式が粛々と進む中、私は泣きながらずっと自分にそう言い聞かせていた。


――――――――――――――――――――


「鑑別会議で」

「完璧な1名だけ輩出する」

「受け入れに余裕はない」

「では現6年からは」

「ああ、廃棄施設行だ」


1年前の春、ポイント稼ぎのため職員室を訪ねようとした折、偶然耳にした教官たちの断片的な会話から、私の計画は始まった。


“今年の「鑑別」ではクラス25名中1名を士官候補生として登用し、残り24名は廃棄施設行になる”


そう咀嚼した私は血の気が引いて震える胸に「南東洋社会主義連邦史」の教科書をぎゅっと抱き寄せた。


聞き違い・思い込みであれと願ったが、実際に人体の廃棄とリサイクルを行う施設の存在は聞いたことがある。


去年までの「鑑別」は優秀な人材5名を幹部候補生としてに取り立て、それ以下は最深部の就労施設に送られる仕組みだったはずだ、とか、

孤児を集めた学費無償の学校とはいえそんな暴挙が許されるのか?とか、

いや私たちに個人番号はないし、軍部直轄の閉鎖空間たるここでなら口裏を合わせることはできるのかもしれない、とか


誰にも聞く当てのない疑問が頭を占領し出したが、すぐに無駄なことだと腹にしまい込み、

次に現状把握とこの危機を打開する方法を探すことに思考を切り替える。


校舎から地上への脱走は不可能。密告しようにも寄る辺もない。状況事態を覆すことは困難だ。


私の5年までの成績はクラス4位、十分一番を狙えるポジション。

仮にしくじったとしても手段を選ばなければ、やりようはいくらでもある。



「絶対にトップに立ち続けてやる!廃棄処理なんかされてたまるもんか。」


――――――――――――――――――――


卒業式の2週間前。ついにこの日が来た。大丈夫だ、覚悟を決めた日から手抜かりはない。


「ではこれより、鑑別会議の結果を通達する。


…の前に、お前達に不自由を強いていることをまず謝罪する。

毎年興奮して暴れるやつが出るんでな。悪いがしばらく辛抱してくれ。」


休日。教官からの召集を受け多目的室に集まった私たちは、人数分用意されたリクライニング付きの車椅子に、身動きが取れないよう拘束されていた。


「では早速だが主席から発表に移る。


主席は…安倉。おめでとう、これからみんなのブレーンとして存分にその力を振るってくれ。」


やった!!やってやった!生き残るのは私だ!私が生き残った!

この日のために、私がどれほど血のにじむような努力をし、根回しに奔走してきたことか!


「他のみんなもこれまでの成績や健康状態を総合的に考慮した配置を決めた。各々役割を果たしどこかで安倉を支えてやってほしい。」


はい!ご愁傷様!

皆私のサポートなんて気にせず、何処かの農場で豚さんの餌になってください。さよならー。


「以上、簡単にだが選定結果の報告を終える。すみません、ではお願いします。」


教官が話を終えた瞬間、教室の扉が勢いよく開き、驚いて体が一瞬痙攣した。

不安を煽る十数人の足音が響くが、目隠しと猿轡のせいで先生の招き人が誰なのか知るすべはない。

瞬く間に彼らが生徒の掛ける椅子1つ1つの後ろに規則的に並んでいく気配を感じた。

嫌な予感だけが背筋を駆け上がる。不安なのは皆同じのようで、布に吸われた声とガタガタと車椅子を揺らす抗議の音があちこちから聞こえる。


ああ、通達後早々処分されるのか。…私の背後にもいる様子なのが不可解だが。


一抹の訝しさを覚えていた矢先、首元にチクリと小さな痛みが走る。注射を打たれたようだ。

麻酔か!?

だけど…どうして主席…の私ま…で…


私は疑念の中ゆっくりと意識を失っていく。


――――――――――――――――――――


全身をひどい痛みに気づき、目を覚ます。

あの気味の悪い出来事から幾ばく経ったのだろうか…。


「気が付いたか。」


すぐ隣から教官の声が聞こえる。


拘束は既に解かれ、場所も(恐らく)第3化学室に移されていた。

苦情と問質したいことは山ほどあったが、手術台から起き上がろうにも腕にも顎にも力が上手く入らない。


腹立たしさと不安を感じながら視線を下にずらし自分の体を見やると、一瞬、息が止まった。



「結構きれいだろ。普通はバランスが悪くなって接続ピースをはめないといけなくなるそうだが、“ウチ”はぴったりだったとさ。」



そこには見慣れた自分の体はなかった。



綺麗だった未成年らしい体は生々しい手術痕のつぎはぎで歪み、女の曲線的なラインは頭身が伸びて男の様な平坦なモノに変わっていた。


接続ピース?何の話だ?

どうなってる!?私は生き残ったんじゃないの?

頭は申し分ないがフィジカルの補強のために義肢に挿げ替えました、とでもいうのか?

ひどい…、勝手にやるなよ!


「…ああ、ボディ部分が全員男だったこともあるかもな。」


全員男?


「足は陸上部の健脚、大野。

胴は野球部の趙。

腕は松下だ。手芸部の廣井と迷ったが、功を奏したな、さすが俺。」


まさか。


「6年14組25名、1つの体にきっちり収めることができた。

脳はお前だ、安倉。これからもクラスのみんなをまとめてくれよ。」


――――――――――――――――――――


25教室、6年生25人の卒業式は続く。


今の体にも随分慣れた。

痛みはほぼ消え、ジョギングや読み書きも問題はなく行える。

逆に以前より全てが簡単に、効率的に行えるようになっている手応えすらある。


私の1年間の不断の努力が思わぬ結果となって返ってきたことで、最初はひどく打ちのめされ、誰も彼もを呪い、

しばらくはカウンセリングルームに頻繁に足を運ぶ必要があったが、

先生方の助力もあり、これから訪れるであろう順風満帆な人生に想いを馳せるようになれてから心の澱は澄んでいった。


しかし、割り切ったと言えど、今日のような晴れの日はさすがに感情の瓶を開けてしまう。


私は生き残った。私一人だけが、生き残った。私が1番で、それ以外は2番以下だったから。

選ばれた私が、今、ここにいる、ただそれだけのことだ。

淘汰され、哀れにも私の部品にされたクラスメートのことをいつまでも気に病む必要はない。


そうだ、そんな優秀な私の体に組み込まれ彼らも喜んでいるに違いない。


その証拠に、ほら、越中君の目玉は先刻から涙をこぼしている。

いや、涙腺だから東野か?まあどちらでもいい。

松下君の白い腕もカタカタと小さく震え続ける。


何とも見苦しいが、あなたたちのその煩悶くらいなら引き受けてやってもいい。


…いや、理屈付けようとして本心から遠ざかってしまった。それは違う。


これは「私の」体だ。

私が統御しているのだから自分の意思で泣いているし、体を震わせている。


しかし、私はその反応を望んではいない。私の意識下の行動ではない。

罪悪感はあれど今の状況を悲観しているわけでも感極まっているわけではない。


だから!何なんださっきから。そんなことを考える必要はないのに。


私は集合体ではなく、私という個だ。

私自身がそう感じているのだから、きっとそうだ。



私がこの体を生かしてやっている…この体に私が生かされている?

私の脳が私の意思を生み出している…私は体全体で思考している?

私はこの体の主だ…いや私は脳だ。

私は「6年14組」という集合体だ。


…私は誰?私は今どこにいる?

角野が酸素を補充し、碧ちゃんが全身に血を送り出し、越中君が捉えた光を脳に…、

私はクーア君の頭蓋に守られながら、脳で考えを巡らせる。


私はこの体にとっての脳でしかない?


違う。


私はこれは私の体だ。すべて私の支配下のものだ。


本当に?


だめだ

だめだ

だめだこれ以上考えては考えない考えるなカンガエナイト壊れてしまう私が自分を見失えば私の存在が認識されない消えたくないたくさん傷つけたのに私がワタシがたたしはあたシがゎたそ………


ワタシハ、イッタイ、ナニ?



吹き出すアイデンティティへの胡乱。集団としての深層心理。

自我は居場所を見失い宙に浮き、「彼女」は跡形もなく消えゆく。




「…これで卒業式を閉会します。6年生退場。」


そして教頭の声を聴いた「6年14組」は席を立ち、卒業証書をもって廊下へ出る。

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