第2話 歓迎
「よぉし、 よく聞けガキどもっ! 俺が今年の試験監督、パラドーナ・ジェリコだ。よろしくぅ!」
号令台の上に立ったジェリコが勢いよく親指を立てた。
喉を『強化』しているのではないかと疑いたくなるほどの声量は対301人用なのか、それとも素のものなのか。
どちらにせよ、彼の話を聞き逃す心配はなさそうだとメストは安心したような、呆れたような表情を見せた。
案内されたグランドは受験者全員を集めても、まだまだ余裕のスペースを見せている。
戦うため場所、というよりはトレーニングのための空間なのだろう。
走るためのトラックや木人に矢の的。
あとはなんと名称すればいいのかわからない、ただトレーニング器具なのだろうと思えるものが、あちらこちらに設置されていた。
「すげぇ、本物のジェリコ戦士長だ」
「ああ。戦士協会最強の戦士……あとでサインもらえないかな? 」
隣の少年たちが楽しそうに声を漏らす。
どうやらあの声の大きいおじさんは有名人らしい。
けれど番号順で整列させられたせいで、メストからはほんの小さくなったジェリコしか捉えることができなかった。
諦めて目線を下げる。
そこには慌てて作りましたと言わんばかりの汚い「301」の番号札が、自分の胸にぶら下がっていた。
ふぅと小さく息を吐く。
なんだか予期せぬアクシデントが舞い込んできた……そんな対応をされた感覚を覚える。
気分はすっかり捨て猫のようだ。
「うちの学校の入学試験は毎年違う。なぜなら毎年、試験監督が違うからだ。試験の内容は試験監督の一存で決められている。つまり……俺のことだ」
号令台の上ではジェリコの話が続いている。
周りの受験者たちは「試験」という言葉に敏感に反応したようにメストは見えた。
ジェリコを見て興奮していた生徒たちも、緊張した様子で話を聞いている。
生徒によって過去の試験内容などを調べて対策してきたのかもしれない。しかし今のジェリコの口ぶりを見るに、そんなものは意味をなさないようだ。
「去年は学力試験なんてもんがあったらしいがな。そんなもん俺はやらねぇ。試験は3つ! 『体力試験』『魔力試験』、そして『戦闘試験』だっ!」
ジェリコの言葉に受験者たちは様々な反応を見せる。
「よしっ!」と喜びを露わにする者。
「そんな……」と、手にした書物を落として落胆する者。
そしてメストと同じように表情を変えず、何食わぬ顔で話を聞いている者も数名見られた。
そんな十人十色の反応を前にしても、ジェリコはお構いなしに話を続ける。
「知ってると思うが合格者は100名。3つの試験の合計点、上位100名だ。学力で勝負しようって思ってた奴は、まぁ運が悪かったと思ってあきらめな」
ガハハハッと豪快に笑うとジェリコは号令台を降りて行った。
そしてほかの試験監督たちの指示によって、試験が開始されていった。
どうやら受験番号順に進めていくというわけではなく、1~100番が『体力試験』、101~200番が『魔力試験』といった感じで、同時進行で行っていくらしい。
その流れで301番に当たるシロノは、最初に『戦闘試験』を行うグループに振り分けられていた。
■
試験官に誘導され、整列していたグラウンドから少し離れた平坦な空間に通されると、再びそこで整列するように指示される。
その途中、101人いた受験生はさらに分別され、メストが指示された場所には51人の受験生が待機する形となった。
その場所は古い闘技場を思わせるような作りになってはいるものの、長らく手入れが疎かになっているのがわかる。
いや、あるいは頻繁に壊れるため、もはや修復もしないのか。
とにかくあちらこちらに損傷が見られる、小さな戦場のような空間だった。
「ここ、戦士科の授業で使う実戦場らしいぞ」
声を聞いてメストは横を向いた。
そこには先ほど知り合ったばかりのロックの姿があった。
メストの前に並んでいたので当たり前ではあるが、その胸には「300」の番号札がつけられていた。
「驚いたぜ。お前、勇者の身内だったんだな」
「身内じゃあないよ。子どものころから世話してもらってたんだ」
「世話って……つまり育て親ってことか?」
「そうだね」
はーと驚いた表情を見せるロック。
メストには一体今の会話の中に、何が驚くことがあったのかわからない。
そもそも彼が『勇者』であることは知っていたが、その『勇者』がここまで世間に特別視しされていることを知らなかったのだ。
「まぁとにかく、受験できてよかったな。絶対合格しろよ」
「お互いな。……えっと、ロルバート」
「……ロックでいい。苗字で呼ばれるの嫌いなんだ」
「そうか。なら俺もメストで」
そう言うとロックは慣れた様子でニッと笑った。
対照的にメストはポリポリと頬を掻いて戸惑った様子を見せる。
思えばこれまで同世代の友達など一人もいなかった。
村にはもちろん、近い歳の子どもはいた。
けれどどの子ども、どの村人も、ある日突然現れた勇者以外、シロノには近づこうとはしなかった。
あの事件以降、勇者だけがシロノにとっての育て親であり、友人だったのだ。
「しかしツイてるよな俺たち。あのジェリコ戦士長の試験が受けれるなんてよ」
「そんなにすごい人なのか、さっきのジェリコって人」
はぁー? と表情豊かに眉を顰めるロック。
どうやらまた失言してしまったらしいとメストは気づいた。
「お前まさかジェリコ戦士長を知らねえのか?」
「う、うん」
「……どんなド田舎出身なんだよ」
大袈裟に溜息をつきつつも、ロックは続けて説明し始める。
なんでも国内には戦士や冒険者の仕事を管理する
その中で、戦士を専門にした国内最大規模の人数と権力を持った
そのトップである戦士長を務めているのがジェリコなのだと言う。
「ジェリコ戦士長の逸話は数えきれないほどあるんだぜ? 超巨大なトロールの群れを一人で駆逐した話とか、ワイバーンを素手で絞め殺した話なんてのもあるんだ」
「よくわかんないけど、とにかくすごいんだな」
「すごいなんてもんじゃねぇ。実績の多さでは勇者にも負けてねぇよ」
「そいつは違うな。実際に
いつの間にそこにいたのか、2人の間に顔だけ覗かせてジェリコが唾を飛ばす。
猫のように飛び跳ねるロックと驚いた表情を見せるメストに、ジェリコはいたずらっぽく笑い声をあげた。
「おう坊主。褒めてくれるのは嬉しいが、世間体だけで人を知った気になってたら、つまらんぞ」
「は、はい。すみません」
「ばぁか。おっさんの戯言よ。真に受けるな。ガハハハッ!」
バンッ! とロックの背中を叩くと、ズカズカと足を進めるジェリコ。
よほどの衝撃だったのだろうか、ゴホゴホと咳き込むロックにメストは背中をさする。
「よぉし、全員いるなっ? 数えないぞ? いない奴は失格にする。 めんどいからな」
肩に背負っていた籠を下ろすと、受験生を前に仁王立ちするジョリコ。
人間一人入りそうなほど大きなその籠には、剣や槍、ハンマーといった様々な武器が乱雑に収められている。
「よぉし! それでは本日の『戦闘試験』について説明するぞ」
述べた通り、人数確認もせずジェリコは話を進め始めた。
本当にこの試験はこの試験監督の一存で成り立っているのだとよくわかる。
「つっても内容はいたってシンプル。お前らにはいまから
授業で使ってるからボロボロだがなと籠の武器を見ながらジェリコは笑う。
加えて今メストたちが立っている場所は代々、戦士科の生徒がその技術を磨いてきた実戦場なのだと説明する。
名の売れた戦士も、ジェリコ自身も、そして歴代の勇者たちもこの場所でみんなと同じように強くなっていったのだと。
そんな話を聞いて、複数の生徒は表情を緩ませる。
聖地に足を踏み入れたことがうれしいのだろう。
もちろんメストはピンとこない様子だった。
「……相手を戦闘不能、もしくはギブアップさせれば勝ち、100点。負けた方はもちろん0点だ」
受験生にざわめきが起こる。
たしかにわかりやすい試験だとメストは思った。
つまり合格が欲しければ、どんな手を使っても勝てということなのだ。
『戦闘試験』さながらこの試験は『実戦試験』と言ったところか。
恐ろしくシンプルで、恐ろしく残酷な試験だとメストは思った。
「ジェリコ戦士長」
最前列にいた一人の受験生が手を挙げる。
金髪のオールバックにガタイのいい体格、そして首から頬にかけたタトゥーが、その者の素行の悪さを前面に押し出している。
「ここでは先生と呼べ」
「……ジェリコ先生、そのタイマンの相手はどうやって決めんだ」
乱暴な言葉遣いが引っかかるものの、その質問が気になる者が大半だったのだろう。
息を吞むように受験者たちの視線がジェリコに集まっていく。
「そうさな。テキトーにくじでも使うかと思ったが……せっかくだ。お前、からいってみるか? 」
えーっと確かめるようにその受験生の番号札を見るジェリコ。
するとその青年は自ら進んで身を乗り出した。
「テッド・カーター。……それはいいんだけどよ。俺の相手は301番にしてくんねぇかな。勇者の推薦だがの特別待遇の坊ちゃんとよぉ」
ほう、と面白そうに声を漏らすジェリコ。
メストの隣ではなぜかロックが不安な表情を浮かべていた。
「何か不服なことでもあるのかね」
「あるねっ! 勇者だがなんだが知らねぇが、俺は家柄で特別扱いされてるガキが大っ嫌いなんだ。……まさか、勇者の推薦だがら合格させるってわけじゃねぇよな?」
そんなわけあるかと呆れつつ、頭を掻くジェリコだったが、めんどくさそうな仕草とは対照的にその表情は劇の開幕を待つ子どものように楽しそうだった。
「だ、そうだが。どうする301番?」
ジェリコの声に受験者が波打つように顔を後ろに向ける。
その視線の先はもちろん、最後列にいたメストに向けられていた。
「……メスト、やめとけ」
そんなメストにロックが耳打ちをする。
「あのテッドって奴は、王都じゃ有名なチンピラだ。毎日のように暴行やら窃盗やらの事件を起こしてるし、噂じゃ人も殺してるって話だ」
「そんな悪い奴でも入学できるんだな」
「あ? ああ、ここは年齢さえクリアしとけば、種族も出身も関係ないから……ってそうじゃなくて!」
「おい、聞いてんのかっ!? 嫌なら嫌で構わんぞ」
ジェリコの催促が飛ぶ。
それにシロノははぁと声を漏らすと、
「わかった。じゃそれで」
とあっけらかんに答えた。
騒めく受験生たち、そんなメストの態度も癪に触るのか、テッドは大袈裟に舌を鳴らした。
「よぉし、決まりだな! じゃあ最初は252番と301番。それ以外は端で見学! 」
ジェリコの号令に受験生たちがそれぞれ移動を始める。
その場に残ったのは3人のみ。
その1人であるロックが慌ててメストの肩を握った。
「バカッ! テッドはただのチンピラじゃね。王都じゃ負けなしの実力者だ! それにどんな卑怯な手を使ってくるかわかんねぇぞ! 」
「けど、結局誰かとやらなくちゃいけないんだろ?」
「だからって、よりにもよって……」
「もし、くじ引きになったらお前と当たるかも知れない」
「……!」
ロックは驚いた。
たとえ勇者の関係者と言っても、ロックにとってはさっき出会ったばかりの他人なのだ。
これまで出会ってきた人々の1人に過ぎないのだ。
しかしメストにとって、ロックはそうではなかった。
彼にとっては気さくに声を掛けてきたこの少年が、
名前で呼んでいいと初めて言ってくれたこのこの少年が、
生まれて初めて、同い年の「友達」になるかもしれない存在だったのだ。
「俺はお前を失格にさせたくない」
その目はじっとロックを見つめる。
言わずもがな真剣だった。
そんなメストを前にロックは、ゆっくりと握った肩を離した。
その表情は恥ずかしがればいいのか、呆れたらいいのかわからずにいた。
「……地味に失礼なこと言ってんぞお前」
「え? そうか?」
はてと頭を捻るメストに、大きなため息ひとつ。
そして背中を叩くと、他の受験生同様、ロックは訓練場の隅へと移動し始めた。
「負けたら許さねーからな。メスト!」
「……おう」
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