第1話 勇者の学校
『学びの街』と呼称されるこの街が、春になって活気づくのは例年のことだった。
街を抜けた先にある学校、王立ウィンプ訓練学校の入学試験がこの時期、盛大に行われるのだ。
それに伴い、試験に挑む若者たちとその保護者はもちろん、お祭り気分の野次馬、セール品を狙う冒険者たち、出稼ぎの商人たちなどなどで、街中は人でごった返しになるのである。
学校のカタログにはこう説明されている。
『王国認定の勇者および、そのパーティたる人材を育成することを目的とする教育機関』。
初代勇者リト・ウィンプの名を借りたその学舎は、その名に恥じることなく、多くの優秀な人材を輩出してきた。
それこそ初代を除く歴代勇者たち全員が、その卒業生であることは誰もが知る常識。
それもあって今日では、ウィンプを卒業したかどうかで、人材の価値は天と地の差が出るとまで言われるようになった。
300人の受験定員に対し、倍近くの希望者が集まるのは毎年の恒例行事。
しかも出願登録は先着順ということもあり受験生は必死だ。
現に受付開始1時間前にして、すでに先が見えないほどの行列が作られている。
おそらくは日の出と共に行動した者、あるいは前日から並び続けている者たち(本当は禁止されている)が多いのが原因だ。
そしてその行列にまた1人、夢を追う若者が陳列した。
爽やかな顔立ちと反比例して、背中に背負った木刀と、ボリューム感を感じさせる伸びた短髪が、野生的な印象を与える。
加えて流行を無視したデザインと年季の入った服装からは、どうにも田舎者の臭いが拭えない、そんな少年だった。
「よぉ。お互い、出遅れちまったな」
突然、前に並んでいた少年が振り向いた。列に加わった少年とは対照的に、夜会にでも参加するような服を小綺麗に着こなした出で立ちは、育ちの良さが伺える。
初対面相手に話しかける様子は慣れたもので、相当気さくな性格をしているようだ。そんな気さくな少年は改めて向き直すと、ニッと無邪気な笑顔を見せた。
「俺はロック・ロルバート。15だ。お前は? 」
そう言って握手を求めるロックの背中で2人の若者、つまりロックの前に並んでいた2人が声を潜め始めた。
「ロルバートって、あの……?」
「ああ。武器屋の大手、ロルバート商会のボンボンだ……」
そんな会話を耳にして、少年はロックの顔を見る。しかしロックは気にしていないのか、それとも単純に聞こえていなかったのか、変わらず笑顔のままだった。
「メスト・ガルシア。俺も15だ」
よろしくと握手に応えると、ロックは嬉しそうに手を揺らした。どうやら同い年ということが嬉しかったらしい。
ウィンプの受験条件は15~18歳。確か読んだパンフレットにそんなことが書いてあったなと、メストは思い出す。
つまりそれは同期になっても、必ずしも同い年になるわけじゃないのだ……とメストはこの時になってようやく気がついた。
「出身は? 王都じゃないよな? 見ない顔だ」
「南のマツバセ村だ」
「知らないなぁ……南っていうとカール大橋らへんか? 」
「いや、もっと先だな」
「もっと? ここまで何日かかったんだ?」
「5日」
「5日!? どんだけ遠いんだよっ! ずっと馬車に揺られてたってか? 」
「……? いや、走ってきたけど」
は? と声が漏れて、しばらくの沈黙。そしてロックは吹き出した。メストの肩を叩きながら、楽しそうに声を上げる。
「なんだよジョークかよ。真顔だからマジにとっちまったよこのヤロー」
「……?」
キョトンとした表情のメスト。それをよそにロックは声を上げる。
「気に入ったぜメスト。お前、何科希望なんだ? 一緒なら嬉しいけどな」
「科? なんだそれ? 」
「なにって……学科だよ。しらねぇのか? 」
知らないと肩を竦めるメスト。いよいよロックは不思議なものを見る様子だった。
彼としては、変な奴に絡んでしまったと後悔の念が現れたかもしれない。しかしそれでもロックは、無視することなく、メストに対して向き合った。
「ウィンプは4年制の学校だろ? けど4年間ずっと同じクラスってわけじゃねぇ。最初の2年は研修生。そんで、残りの2年は専門分野に別れて勉強すんだ」
「専門? 」
「戦士科、魔法科、兵士科、生物科、武器科の5つ。自分で好きに選べるんだ……って、こんなことも知らないで、お前なんのためにウィンプに入ろうとしてんだ? 」
「? ……勇者になるためだけど」
再び沈黙、そして吹き出す。
しかし次はロックだけではない。前に並んでいる2人。そしていつの間にか後ろに並んでいた数名も一緒に笑いを漏らした。どうやら会話は筒抜けだったらしい。
「あはははっ! やっぱお前面白いなぁ。最高だ。そうだよな? そのためのウィンプ訓練学校だよな? 」
「俺、変なこと言ったか?」
「いやいや変じゃない。すまん、気を悪くしないでくれ。……でも残念だな。それなら俺とは別クラスだ。俺は――」
言いかけて、ロックの言葉は野太い声に遮られた。
見ると、前から2人の恰幅の良い男性がこちらに向かって歩いている。
どちらも同じ軍服のようなきっちりしたセットアップで、片方は数取器をカチカチと鳴らし、もう片方は声を荒げて若者たちを整列させていた。
やべっと声を漏らして、ロックは前を向き直す。
メストとはいうと状況が飲み込めないまま、近づいてくる2人を眺めてた。
「97……98……99……300! よし、ここまでだ」
立ち止まって片割れが数取器を掲げた。そして2人はアイコンタクトをとると、シロノの前に割り込み列を分裂させた。
「よぉし! 定員はここまでだ。ここから後ろは帰ってよし!」
その言葉を聞くなり、一斉に若者たちの不満が漏れた。気づけばメストの後ろには50以上の列が出来ている。怒声、悲鳴、懇願……色々入り混じったカオスなヤジ。
そんな中でギリギリ滑り込んだロックが顔を出し「ごめんな」と舌を出した。
「騒ぐなっ! いくら喚こうと決まりは決まりだ」
「我が校は王国直下の教育機関。意義申し立ては構わんが、それは国の決定に反することであると心得よ」
うう……とあからさまに群衆が引いていく。
けれど諦めきれないのか、それとも納得ができないのか。誰一人としてその場から動こうとする者はいない。
――そんな中で、2人の男の前にメストが一歩近づいた。
「なんだきさま、異議申立てか? 」
「いや、よくわかんないけど……これを渡せって」
懐から取り出したのは一通の便箋。
長いこと懐に入れていたのだろう。本来の白が汗で変色して、少し黄色がかった色をしていた。
「はぁ? ……なんだそれは? 」
半ば奪い取るようにそれを手に取る男。もう一人の数取器の男はというと、すぐ隣で男が便を開く様子を眺めていた。
「ふん……ふむ……ふ……ん……? ……ん? んんっ⁉︎」
男の表情がみるみるうちに変わっていく。いやその顔色が青ざめていくと言うべきかもしれない。
文面を睨み殺す勢いでじっと見つめ、何度も何度も頭から読み直し、ついに男は自慢の大きな口を開いた。
「ゆ、勇者からの推薦状っ!? 」
途端に群衆はざわめき出し、そしてその視線はメストへと注がれていく。先ほどのヤジとは違う、けれど確かに困惑した声があちらこちらに漏れ始める。
当のメストはというと、未だ状況が掴めず、ぼーっと頭をぽりぽりかいていた。
「ど、どうする? 」
「どうするって……推薦状なんて聞いたこともない。我々では判断しかねる」
困惑する2人。一方シロノの後ろでは、群衆の妄想が話をどんどん膨らませていく。
「あいつ、勇者の血族か? 」
「え? 勇者に息子がいたのか? 」
「いや、だとしたら王国から知らせがあるだろ」
「そうだそうだ。盛大にお祝いするはずだ」
「しかし、あの変わり者勇者だから……」
ざわめきは次第に大きくなっていく。比例して列も徐々に乱れ始め、シロノを囲うように人が集まり出していた。
そんな様子をロックはただ困惑して見つめていた。
おそらく、この中で1番驚いたのはロックだろう。
たまたま自分の後ろに並んだその男を、ロックは丁度いいと思っていた。
見るからに田舎臭い、垢抜けない雰囲気が、けれど根暗すぎない整った顔立ちが、
ロックにとっては理想的に見えたのだ。
自分以上にならない、主役になれない、そんな友達というポジションに置いていいと思える、そんな人物に。
だからこの状況はよろしくない。そう言うかのようにロックは苦い表情を見せた。
「なんの騒ぎだ? 」
そんな時、ざわめきを一閃するような低音で重い声が響いた。
人だかりが割れ、新たに軍服を着た大柄の男が姿を表す。
しかし同じ服装でありながらその身なりは対照的で、着崩して露出した肌着のタンクトップからは、鍛え上げられた筋肉が激しい自己主張を成している。
「ジェリコ先生、これを……」
ジェリコと呼ばれたその男が便箋を受け取ると、ふむと目を通し始める。そして一通り読み終わって、楽しそうに口元を緩めた。
「勇者の推薦とならば、受験させないわけにはいくまい。入れてやれ」
「し、しかし! こんなもの、本当に勇者が書いたものか……」
「間違いなく本物だ。お前らは知らんだろうが、この印は女王に認められたごく一部の人間が持つ特命印。これを偽造するのは不可能だ」
な? と2人の男に便に押された印を見せるジェリコ。
男たちは、さっきまで横柄な態度が嘘のように、はぁと恐縮した様子で頷いた。
「それにな。この汚っねぇ字は間違いなく、あの
ガハハッと豪快な笑い。そして便箋を男に押し付けて、元来た道を戻っていく。
周りの群衆は、台風が過ぎた後のように静まり返っている。
「わかったらさっさとガキどもを入れろ! 今年は301人だ。テキパキいくぞっ! 」
振り向くことなく背中越しの声。けれど驚くほどに耳に通るその声に、2人の男は背筋を伸ばして返事をした。
シロノはその背中をジッと見つめる。離れていてもわかる、大きく太い逞しい背中。そんな背中を見つめて、なぜだが尊敬するあの恩人の姿を思い出していた――。
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