第29話 “正義の殺し屋”のきまぐれ
「…………」
なにを言っているのかわからなかった。木下には佐藤理恵の霊が見える。姿を隠したままの時もあったが、呼びかければ出現してくれた。しかし、あの一件以来、どう呼びかけても彼女は反応しなかった。
それゆえに、木下は佐藤里奈が完全に成仏したと思っていたが、工藤はそれをあっさりと否定した。
「僕には幽霊は見えない。しかし、そこに居ることは感じられる。多少、電気を操ることができるからね」
電気と幽霊がどういう関係があるのだろうか。それにしても、人を心臓麻痺にして殺すことができるほどの電力を「多少」で済ませるのか。
「これはあくまでも想像だけどね。人間は筋肉を電気信号で動かしているが、霊も筋肉といった実体がないだけで、同じなんだと思うよ。姿は見えないが、彼女の微量な電磁波を感じる。まあ、論より証拠だ」
工藤が右手をあげると、ばりっと言う音とともに、電気を放流したのか、小さな火花がおきた。
「……っ!」
反射的に顔を両腕でかばう。そして、おそるおそる、工藤が指をさす方を見ると、佐藤里奈の姿がうっすらと現れた。
「えっ?」
驚きの声をあげると、隠れていたのがバレた子供ように、彼女は恥ずかしそうにうつむく。
「その様子ではやっぱりいたようだね。佐藤里奈さんかな?」
「まあ、ええ……」
いま、木下は驚きのあまり、どんな表情をしているのか、なんと答えているのか自分でもわからなかった。
なぜ、彼女が成仏していないのか、黙って隠れていたのかという疑問。彼女にまた会えた嬉しさ。彼女の無念がはれなかったので成仏できなかったのかという残念さが入り交じった複雑な感情だった。
「それはよかった。では、改めて」
工藤が、佐藤里奈のいる方角にむかって頭を下げた。
「安藤の件で君が殺されることになったのは間接的にせよ、僕にも責任がある。謝って済む問題ではないが、謝りたい」
安藤さんは工藤の行っている一方的だが純粋な“正義”に感化され、自分も若く、美しい少女を、美しいまま殺害することが正しい行いで、指名だという妄想にとり憑かれてしまった。
工藤さえいなければ、安藤さんも狂うことはなかったのだ。
「その責任をとるために、安藤さんを殺したんですか?」
直接的な言葉に、佐藤里奈が少し眉をひそめた。
自分のせいで人が殺されて喜ぶ人間などいない。言ってから木下は少し後悔した。
しかし、その思いは、問いに対する工藤の答えによって粉砕された。
「……今回の依頼人は安藤自身だ」
「!」
驚きのあまり、言葉がない木下にではなく、佐藤里奈のいる方向を見つめながら、工藤は話しを続ける。
「最終的な判断をしたのは、警察の上層部ではあるが、死を願ったのは安藤の方からだと聞いている。しかし、会ってみてわかったが、安藤は罪の意識や責任を感じて願ったのではなく、あくまでも自分のためだった」
「どういうことですか?」
「安藤の目的はふたつ。まず、自分が模倣した殺人方法のオリジナル、つまり、僕に会いたかった。いや、『僕に殺されたかった』が正しいか。そして、もうひとつ。それは君だ。君を視たから死を願った」
工藤は苦笑いにも似た表情で佐藤里奈を指さす。
「安藤は佐藤さん、貴女を視て、考えた。“未練がある霊がこの世に存在するのならば、あの世もあるに違いない”……と」
「だから、死んで、あの世に行くために君に殺してもらうように依頼をした?」
「そう」
そこで、ようやく、工藤は木下の方を向いて答えた。
「僕に会い、僕に殺されてあの世に行きたい安藤。犯罪を続けた悪人・安藤を成敗したい僕。そして、それらを利用して警察官が犯した連続事件を闇に葬りたい警察の上層部。三者の利害が一致したというわけだ」
「そんな……。警察が……」
安藤の死に警察が関わっていると日下部の資料にもあったが、やはり、当事者の口から聞かされると、一段とショックが大きかった。
「だから、この事件は当然、なかったことにされる。元々、存在しない人間という扱いだったしな」
「しかし、君が殺人を犯したことは事実だ。たとえ、本人が死を願ったとしても、それを手伝えば、自殺幇助。立派な犯罪だ。君を逮捕する」
「それはできないと言っただろう。事件にされない案件なのだから。たとえ、僕を捕まえても上からの圧力ですぐ解放される」
「うぐぐ……」
おそらく、工藤の言うとおりだろう。木下はたやすく想像できる結末に、歯噛みする。
「僕はこれからも“正義”をつらぬく。僕を逮捕したければ、僕を再起不能にするか、殺すしかない。しかし、一般人の君には無理だ。君の友達の日下部さんならできるかもしれないけどね」
「まこさん……日下部を知っているのか?」
「彼はこの世界じゃ、有名だよ」
どう有名なのか聞こうとすると、不意に木下の背後でドアが開く音がした。
「なんだ。声がするが……。あ、木下。……と、工藤さん。ここでなにしてる?」
入ってきたのは署長だった。
近くに署長室があり、これだけ話しをしていれば、声も届くだろう。不審に思った署長がやってくるのも当然だった。
「あ、いや……」
「ちょうどよかった。工藤さん。表彰状を忘れていったでしょう。取りに来てください」
あわてて説明しようとする木下の言葉をふさぎ、署長は工藤を部屋から連れて行こうとする。
「ちょっと、署長。待ってください」
「木下。お前はこの謹慎中に貯まってる仕事があるだろう。早く片づけなさい」
有無をいわさない口調で言うと、署長と工藤は部屋から出て行った。
「…………」
ばたんと閉められた空間に、静寂が流れた。
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