第26話 連続殺人犯のその後

あまりの眩しさに目を覚ますと、時計はまだ朝六時を少しすぎた時刻だった。

どうやらカーテンを開けたまま寝てしまっていたらしい。

朝日が射し込み、目が眩むほどの明るさに思わず起きてしまった。

カーテンを閉めてまた寝るかと思ったが、そこまで眠気も残ってなかったので、身体を起こして着替えをすることにした。

久しぶりにゆっくりと湯に浸かり、ネットの海を泳ぎつつ、朝食をすませてから家を出る。

日下部探偵事務所に向かう途中、木下はここしばらくの出来事を思い返した。

なかなか激動の展開だった。

佐藤里奈の幽霊が見えるようになったとはいえ、これだけ犯人を一生懸命に追う事など初めてかもしれない。

せっかく捕まえたのになかったことにされて悲しい気持ちはしばらく消えることはないだろうが。

ふとでてきた自画自賛に、刑事としてはおかしいな、と心の中で失笑した。

佐藤里奈のお陰で、署内での同僚たちからの木下への評価も変わったようだ。普段いい加減な不良がたまたま良いことをしたことで好感度があがった。その程度だが、たまには誉められるというのも悪くはない。

そんな風に考えていたら、事務所にたどり着いていた。

チャイムを鳴らして、ドアを開けてもらうと、すでに石原が着いているようだ。玄関に見知った靴が並んであった。

「いらっしゃい」

「よぉ」

美咲姉妹の妹、恋が玄関で出迎えてくれ、中に入ると日下部が木下に声をかける。

台所にはもうひとりの事務員兼秘書の美咲愛がコーヒーを入れていた。

今日は日下部がいれた薄いものではなく、美味しいコーヒーが飲めそうだ。

「さて、木下も来たことだし、本編に入るか」

「その前に、聞きたいことがあるんだけど」

「なによ」

まだ石原にも伝えてなかったようで、木下がソファーに座ると、日下部が脇にあった封筒から数枚の書類を取り出すが、そこへ木下が口をはさむ。

「あの日、安藤さんをあの場所へ向かうようにしむけたようだけど、なにをしたの?」

「ああ、それは俺も気になってました」

木下の質問に石原も身を乗り出す。

「一言で言うと催眠でおびき寄せた」

「催眠?」

石原が少し呆れたように聞き返す。

「そんなことできるの?」

木下は日下部の能力を知っていたが半信半疑だ。

「人は誰もが自分が信じたいものを見たくて、信じたいものを聞きたいもんだ。安藤も自分の絶対的な正義を信じて、犯行に及んでいたのだから、そこを突けばいいと考えた。ヒントはお前だ」

「僕?」

「ポイントはお前にとり憑いているという被害者の子の幽霊だ。安藤の正義は本人にとっては百パーセントの善行だ。その絶対的な自信を覆せるのはどうしたらいい。俺は当の本人に否定してもらうのがいい」

「つまり?」

「催眠で女の子の幻影を見せて、あの場所へ連れて行く。そして、安らかに眠るように天国へ送ったはずの被害者が幽霊となって安藤の元へ現れたらどうだ。しかも、その女の子は安藤を怨んでいる。お前のしたことはすべて無駄。それどころか悪逆非道な行為だと伝えたら、絶対、自我が崩壊すると思ってな。そうなれば、その場で発狂に近い行動をとる。そこをお前たちに見られたらボロをだすと思ってな」

「なるほど」

石原は納得したようにうなずくが、木下にはそれだけでは安藤さんは落ちなかったことを知っている。確かに、日下部の作戦がなければいくら調査しても捕まえるどころか、尻尾すらださなかっただろう。安藤さんはあの時でさえ、逃げ切る自信があったはずだ。

佐藤里奈を見ることさえなければ。

しかし、なぜ、あの時、安藤さんは幽霊の彼女を見ることができたのだろう。

「さて、じゃあ、つぎはこれだ」

思考の渦に飲み込まれかけていた木下の目の前に、書類の束がだされた。

「これは?」

「警察で取り調べしてた安藤の供述書」

「「はぁ?」」

なんでもない、という風に言う日下部に、石原と木下が声をそろえて言った。

「なんでこれがここにあるんですか!」

「そうだよ! 本庁に持って行かれたはずだよ!」

「まぁまぁ、落ち着きなさいよ。おふたりさん。追求は読んでからでもいいでしょ」

「…………」

納得いかない表情で、各一部ずつコピーしてくれた供述書に目を通す。

安藤進。年齢四十五歳。独身。結婚歴なし。

などといった通例の情報が続く。

取り調べは当初、順調に進展したが、ある場所から一気に止まったようだった。安藤は少女連続殺人の容疑を認めたが、問題はそこからだった。

動機があまりにも突飛すぎて理解できないと書かれていた。

それもそのはずだ。

『正義のため』とか、『殺した少女の霊が現れたから自首した』など誰が信じるのか。

自分は『正義の殺し屋』によって正義とはなにかを理解し、自分にとっての正義は美しい少女を美しいまま天におくることである。

正義とは、自分に課せられた使命であり、任務だ。

そう、近藤課長に言った内容を本庁の取調室で語ったようだ。

殺害方法も自白したようで、その手順が事細かに書かれている。

ターゲットとなる若い女性。十代の女子を見つけたらその行動パターンを調べ、隙を見つける。ひとりになるタイミングを見計らって、一瞬で気絶させたら別人の名義で借りた部屋へと連れて行き、より美しくするための化粧を施したり、写真を撮ってから浴槽に入れて殺害したようだ。

たまに、その最中に目を覚まされることもあったというが、佐藤里奈の場合もこのケースに当てはまるのだろう。

水の貯まった浴槽に身体を浸けたのち、電流を流す道具、それはもはや武器だが、それで苦しまず、傷つけずに殺したと書いてあった。

すべてが『美しいままで殺す』ことに特化した殺し方であり、一見、動機は供述通りだと思われるが、所轄は安藤の動機を否定し、別の目的があったのではないかと疑ったが、しかし、本庁はそれを受け入れた。

受け入れたというより、利用したというのが正しい。

独身で親兄弟もいなかったせいもあったのかもしれない。本庁は取り調べのあと、すぐに安藤を精神病院へと隔離した。

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