第25話 警察上層部の陰謀

しかし、翌日、その感情は強制的に半減させられた。

木下が久々に二度寝をして惰眠をむさぼっていると、石原から電話がかかってきた。

「もしも……」

『おいっ、起きてるか? いま家か? いや、どこでもいい。テレビつけてニュースを見ろ!』

いきなりまくしたてられて、受話器を耳から離す。

「どうしたんですか?」

右手に持っていた電話を左に持ち替えて、空いた右手でテレビのリモコンを操作する。

『さっき聞いたんだが、本庁の連中が安藤を連れて行ってしまったらしい』

「連れて行ったって、これだけの事件で、特別捜査本部までできたんだから、仕方ないんじゃな……」

そこで、テレビのチャンネルをニュースにあわせると『緊急特番! 連続殺人事件の犯人逮捕される!』と大きなテロップと、本庁の部長たち三人が大々的に記者会見をしているシーンが流れた。


《……というわけで、我々、警察の絶え間ない努力の成果が実り、世間を騒がしてきた少女だけを狙う連続殺人犯“ガールズキラー”を逮捕しましたことをお知らせいたします》


本庁はなにもしてないけどな、とツッコミを入れたかった木下だったが、それよりも、マイクを持ちながら堂々と語る本部長の脇に写っている犯人の顔写真を見て、絶句した。

「……誰?」

そこに映っていたのはこの連続殺人事件の犯人・安藤とは別人だった。

『あいつら、警官がこれだけ注目されている事件の犯人だと警察にとって都合が悪いからって、エスケープゴートを使いやがった』

悔しがっている表情が目に浮かぶほど、不機嫌そうな口調だった。


『“平成最後の悪夢”とも呼ばれた、少女ばかりを殺害されるという痛ましい事件についてですが、連続殺人犯・“ガールズキラー”が捕まったと緊急記者会見が警視庁で行われました』


テレビのニュースは画面が切り替わり、アナウンサーが会見の模様を資料を見ながら伝えていた。


『今朝、殺人の容疑で逮捕された犯人は東京都、品川に住む安藤進容疑者四十五歳。無職。安藤容疑者は、事件に対して全面的に認めているようです。なお……』


最初に起こった事件の詳細を説明しだしたので、木下はテレビの電源を切って石原との会話に集中する。

「……それって、身代わりってことですか?」

『ああ、おそらく、どこからも苦情がこない身元不明の人間か、既に死んでいる人間か……とにかく、安藤をどうするのか、俺は課長に問いつめるつもりだ。おまえもくるか?』

「いきます!」

こうなっては謹慎などしていられない。

急いで着替えて、木下は部屋を飛び出した。


「本庁は俺たちがまとめていた調書や証拠も全部、ごっそり持って行ったようだ。そして、どうやら、それらはすべて破棄するらしい」

石原が、迎えにきてくれた車の中で木下に説明する。

「……なんでそんなことを。いくら警官が犯人だったからと言って、別人を犯人に仕立て上げるなんて、やりすぎでしょう」

「あいつらはバレた時のことなんて考えちゃいない。いま切り抜ければどうせみんな忘れる、そう考えてるよ」

「警察官の安藤さんの名前を公表すると、よくドラマで言われる“警察の信頼が地に落ちる”からですか?」

「そうだ。だが、本当は自分が責任をとる可能性を極力、ゼロにしたいだけだ。自分の保身だよ。警察の信頼や面子なんて二の次さ」

上司に聞かれただけで左遷されそうな物騒な台詞を苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てる。

大急ぎで車を署の駐車場に止めると、ふたりは走り出して裏口の扉を開けた。

「「課長!」」

木下と石原が近藤課長の席へ向かうと、同僚たちの悲しげな視線を集まる。

「これはどういうことですか!」

「おいっ! お前たちは謹慎中だろ! ……とはいえ、今回はことがことだ。事情を説明してやるからこっちに来い」

近藤課長に連れられて、空き室になっていた取調室に入る。

「さて、なにから話したもんだかな」

「安藤はどうなったんですか?」

「まずは昨夜、お前たちが帰ってからの話しをするか。安藤の自供を聞き取り、供述をまとめていたところに本庁の連中が押し寄せてきてな。朝には送検するつもりだったんだが、どうやら署長が先に知らせてしまったようで、安藤の身柄も、供述書も全部持って行かれてしまった」

「安藤はどうなるんですか? きちんと裁かれるんですか?」

「そりゃ、そうだろう。いくら警察官とはいえ、犯罪者は犯罪者だ。悪いことをしたら捕まる。テレビで別の顔と名前が報道されようが、当の本人が辞職しておしまいと言うわけにはいかん」

「テレビで公開された写真のひとは誰ですか?」

そこで、近藤課長は首をかしげた。

「よくわからんのだが、えーあーい? とか言うので創った画像だとか」

「AIか!」

いまは世界に存在しない人物があたかも存在するかのような写真を創れる。本庁の連中はそれを公表したのだ。

「お前たちの憤りはわかる。だが、警察は組織だ。いくら所轄が手柄をあげようが、本庁の言うことに従うしかない」

「僕たちは手柄のことを言ってるんじゃないんです」

「そうです。安藤がきちんと罪に見合った裁きが下るか、それを心配しているんです」

「確かに。あんな報道をされては、どういう処分を下すのか不安になるのは当然だ。わしも今朝、本庁にいる知り合いに聞いてみたが、極秘扱いで知らないと言われてしまった」

近藤課長の知り合いといえば、そこそこの地位にいるはずだ。その人でも知らない、もしくは極秘情報といえば、かけなしのトップシークレットだろう。本部長クラスでも知る人物は限られてくるかもしれない。

「まあ、わしも安藤の行方は調べてみるが……いまは、少女たちの命を奪ってきた連続殺人犯が捕まり、殺人の連鎖が止まったことを喜ぼうではないか」

釈然としなかったが、ふたりはうなずくしかなかった。


しかし、日下部から急展開の事態が起きたと連絡がきたのはここから三日後のことだった。

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