第23話 連続殺人の動機

そこへ、突如、木下の後ろに佐藤里奈の霊が降りてきた。

(わっ……!)

木下は声をあげないよう、手を口にあてて身構える。

「?」

それを見た安藤が不思議そうな表情をしたかと思うと、両手でまぶたをこすり、木下の隣、佐藤里奈の方を凝視する。

「?」

石原も木下の方を向くが、なにも見えないため、何に驚いているのかわからなかった。

安藤の視線を感じたのか、佐藤里奈は木下の後ろに隠れ、それでも勇気を振り絞って安藤に指をさした。

「…………」

それが安藤にも見えているのか、なにか悟ったような表情をして、ゆっくりと地面に膝をついた。

「あ、安藤さん?」

「……木下くん、君は“彼女”が見えるのか?」

「ええ。見えています。……声は聞こえませんけどね」

「そうか。ならば、君には隠せないな。そうだ。“ガールズキラー”は私だ」

「……っ!」

それを聞いた石原が瞬時に手錠を取り出そうとするのを木下が止める。

「なぜ止める!」

「なんで。……なんで安藤さんは少女ばかり狙ったんですか」

「私は、正しい行いのためにやったんだ」

佐藤里奈から視線を外さず、安藤が語る。

「……さっき言っていた“正義”というやつですか?」

「そう。今日までの話だがね。いまは間違っていたのだと思い知らされた。……だからもういいんだ」

「もういいとはなんだ! 人を何人も殺しておいて、それでも刑事か!」

泣きそうな顔をしている安藤に、石原が怒鳴るが、彼の心にはおそらく、一ミリもその怒りは届いていないだろう。

彼には彼のロジックがあり、それが世界のすべてなのだ。

日下部のような裏社会の人間を見てきた木下には少しだけそれが理解できた。

「いつ、どうして“ガールズキラー”になったんですか?」

「君たちは知っているかな? “正義の殺し屋”という存在を」

石原の言葉に無反応だった安藤が、木下の問いには答えた。

心が折れた犯罪者にとって、自分の心理を理解してくれる者の言葉しか耳に届かないのだ。

安藤の自白に、あわてて石原が再びボイスレコーダーで録音を始めた。

「いつだったかは忘れた。彼の何度かの殺人現場を見ていくうちに、私の中に“悲しい”なのか、“愉しい”なのか、よくわからない、不思議な感情がうまれたんだ。いや、いま思えば、“嬉しい”だったんだと思う」

「…………」

たんたんと話す安藤に、ふたりは黙って聞くしかなかった。

「そう。“嬉しい”だ。人の死体を見ることや、殺人現場に来たことに対してではない。自分のやりたいこと、やるべきこと。そう。“正義”を見つけたからだ」

「それが若い女の子を殺すことか!」

「ただ殺すことだけでは“正義”ではないんだよ」

さきほどまでの青白い表情からうって変わって、安藤は瞳を輝かせながら語り出した。

「刑事の敵でありながら、私は彼に憧れたよ。彼が殺す相手はかならず人々から怨まれる犯罪者のような者ばかり。法から逃れてやりたい放題な分、よりたちが悪い。そういう輩を正義の名の下に成敗する」

「それがあんたのやりたいことなのか?」

「いいや。私は彼の正義を理解できるが、私の正義は違う。私にとって、正義は神格化なのだよ」

それを聞いた石原がいぶがしがる。

「神格化?」

「そう。私には、美しい少女たちが老いて朽ちていくのが我慢ならなかった。私にとっての正義、使命とは、彼女たちを永遠に美しいままで天に召してあげる。神格化してやることだ」

「ふざけるな! そんな理由で殺しを続けたのか!」

「私は『彼』から、自分の心に嘘をつかない、心のままに行動することの尊さを教えてもらった」

「イかれている。これ以上聞いても無駄なようだな。安藤、貴方を連続殺人犯として連行します」

石原が安藤の両腕に手錠をかける。

「……安藤さん、ひとつだけいいですか?」

「なにかな?」

「貴方なら、この状況ですら切り抜けることができるはずだ。しかし、それをしないということは、『彼女』を視たからですか?」

「そう。そして、彼女が君を頼ったからだ。その時点で私は負けを認めたのだよ。そうでなければ、目の錯覚として処理することができたかもしれない」

「…………」

木下が佐藤里奈を見ると、彼女は木下の後ろに隠れるようにしてまだ怯えていた。

自分を殺した殺人犯が目の前にいるのだから当然だろう。

こうして三人(四人?)はパトカーに乗って、署にむかった。

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