第21話 作戦会議
「ようこそ。日下部探偵事務所へ」
事務所へ着くと、部屋には従業員の姉妹は居らず、日下部だけだった。
だからか、テーブルにだされたコーヒーは、いつもより薄かった。
「初めまして。所長の日下部です。いつも木下をお世話してます。今後ともよろしくおねがいします」
「こちらこそ。いつも木下をお世話してます、石原です。今回は捜査協力ありがとうございます」
「…………」
似たもの同士か、気があうのか、なぜか、木下はふたりを引き合わせてしまったことを後悔していた。
「さて、今回の事件ですが……」
さっそく、石原が話しを切り出すと、日下部も待ってましたとばかりにほほえみながら、脇にあった封筒を取り出す。
「今回の連続殺人事件で用いられている殺害方法がわかりました」
「ほう」
「その前に、こちらをごらんください」
日下部がスマホで撮ったと思われる数枚の写真を机の上に広げる。
「これは……」
石原が驚きの声をあげる。
容疑者・安藤の部屋に日下部が忍び込んで撮影したものだったが、木下へ送ったものはその一部なのだろう。メールに添付されていた枚数より何点か多いようだ。
被害者の女性が被写体となっている写真のうち、数枚に赤いペンで丸がつけてあった。
若干、かすれているものの、どれも同じ男性のようだった。
「この人は?」
「自称・“正義の殺し屋”工藤。本名はわかりません。しかし、裏の社会では少しは名が通っている暗殺者です。殺す相手は、依頼料の高い低いではなく、彼が殺すに値する者しか殺さないという噂です」
「こいつが……」
「知っているんですか?」
「ああ、ちょっと前に心臓麻痺の不審死があってな。その時にこの“正義の殺し屋”が犯人じゃないか、という話がでたんだが……」
「そうです。こいつは体内でかなりの高圧電流を生み出せるようで、ターゲットの身体に触れるだけで心臓麻痺を起こし、事故に見せて殺すことができます。だから、証拠も残らない。警察もこの男を知る人間は少ないでしょう。話しが反れました。僕の勘ですが、安藤はこの男をどうやら崇拝しているようですね」
「「崇拝?」」
木下と石原がハモる。
ここで、ふと、日下部は自分のコーヒーコップの中身が空だと気づき、お代わりを持ってこようと席をたつ。
「そう。工藤に何かを感じとったのか、彼と同じ殺し方で少女たちを殺すことに執着しているようですね。現に殺された四人はすべて同じ殺され方をしている」
日下部はコーヒーの入ったポットを持ってきて、ふたりにも注ぐ。
「……正義」
「なに?」
「そうだ! 安藤さんは正義を執行していると言っていた! 共通点はそこだ!」
「お、おい。どういうことだよ?」
木下の叫び声に驚いた石原が戸惑う。
「安藤さんの“正義”がなんなのかはわからないけど、その、工藤というやつの影響をうけているのは間違いない」
「誰がそんなこと言ってたんだよ? 報告になかったぞ」
「えっと……それは……」
殺された佐藤里奈から聞いたとは言えず、どもる木下。
「まぁ、それはさておき」
木下をフォローするかのように、日下部が手を叩き、再び、テーブルの上の書類に注目させる。
「こちらがその殺害に使われている道具です」
一番下の写真を取り出し、ふたりに見せる。
ぱっと見、警官が常備している警棒のようだった。
しかし、警棒にしては若干、棒の部分が長い。
「これはどうも、特注で作られた道具のようです」
「特注?」
「そう。なんとか制作者に近い人間を捜して、聞いてみたところ、安藤は電気で人を殺せる道具を探していたらしいですね。もちろん、そんな物はないと言ったら、じゃあ、作れる者はいないか、と探し回ったようです。相手も本職の刑事だ。探偵よりも顔も捜査網も広い。すぐに作れる者をみつけたようです」
「それで、これを作ったと? スタンガンのような物なんですか?」
「そのようですね。この棒の先端から電流が流れるようになっていて、相手の心臓にあてて放出すると心臓麻痺で死ぬようです」
「でも、それだと皮膚に焦げ目の跡が残り、すぐにわかりそうなもんだが……」
石原の言葉に、日下部は見直したかのように、少しほほえみ、頬に手をあてる。
「さすがですね。安藤は道具を作ってもらう際に二つ注文をしたんです」
「注文?」
木下がコーヒーを飲みながら問い返す。
「ひとつ。電流で、相手を苦しませることなく殺せること。ふたつ。電流で殺す相手の肌を火傷や壊死の跡を残さず綺麗に殺せること」
「無理だろ」
石原が即答する。
そんなことが簡単にできるなら、完全犯罪が平気でできてしまう。
「だから、特注なんですよ。どうやら、殺す相手を水にひたし、心臓部に強い電流を放出させて安楽死させる方法のようですね。僕が殺害現場に行った時も、より電流を通すよう、浴槽に塩が入ってました」
「殺害現場に入った?」
「えっと、僕が安藤さんの尾行を頼んだ時、ちょうどあの部屋に忍び込んで証拠を探してもらったんです」
「……聞かなかったことにする」
しぶい表情の石原を、平然とした顔で日下部はコーヒーをすする。
「それがよろしいかと。まぁ、それはともかく。いくら特注品とはいえ、それだけ高圧電流をこんな小さな道具で放出するわけですから、耐久性の問題で、あと数回しか使えないらしいですね」
「なるほど。しかし、これ以上被害を出さないためにも一回も使わせるわけにはいかないな。その制作者に安藤さんの写真を見せて、証言してもらえば、すぐに逮捕して解決だ」
「それは無理ですね」
立ち上がろうとする石原を、日下部は目で制して答える。
「え?」
「はい?」
石原と木下のふたりが、目を点にさせ、日下部を見るが、当人はやれやれと言った調子で両手をあげる。
「誰が制作者が日本人だと言いました? 相手は海外の研究者ですよ。僕は仲介した人から話を又聞きしただけです」
「じゃあ、その仲介者から話しを聞けば……」
「そちらも無理ですね。裏の人間ですから、叩けば埃がでるし、組織もそれを許さないでしょう。逃げられるか、しらをきられるか。どちらにせよ遠回りになります」
「……せっかく、ここまできたのに。振り出しに戻ったか」
「いえいえ。ここはオードソックスな方法で捕まえましょう」
「オードソックス?」
「釣り、ですよ。“幻覚見せて自白させちゃおう”大作戦です」
座り直した石原に、日下部がにたぁ、と邪悪な笑みで答える。
「???」
石原と木下がお互いに疑問符を浮かべながら、顔を見合わせた。
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