第16話 ようやく見つけた犯人への道
「なんの電話だったんだ?」
木下が電話を切ると、助手席に座っている石原が聞いてきた。
「いえ、今回の事件のことで、僕の知り合いの情報屋からでした」
「なに? おまえ、情報屋使ってるのか? やるなぁ」
石原はいつになく、嬉しそうな表情で見る。
「どこどこの情報屋? 俺は下北沢のぐっさんをよく使ってるんだけど」
その表情は、同類を見つけたオタクのようだった。
「えっ……いや、中学校の時の同級生で、探偵やってるやつがいて……」
「あー。そっちかぁ。で、なんだって?」
どっちなのかわからなかったが、石原の追求が止まったので話しを戻す。
「なんか、犯人の住所がわかったとか」
「ああんっ!?」
この時の石原の顔を、木下は数年は忘れることはないだろう。鬼の形相でにらみつけられた。
「ひゃっ、ご、ごめんなさい」
つい謝ってしまったが、数秒後、木下は自分が悪いことは言ってないことを思いだし、おそるおそる石原のほうを見る。
石原も、大声をだしてしまったのを恥じているのか、目頭を押さえながら上をむいている。
「……この事件の犯人はどんなやつだと思う?」
ふいに、想定外の質問が飛んできた。
「え。えーっと、相当、隙のない、冷静な知能犯……ですか?」
「そうだ。だが、何も手がかりを残さない完全犯罪のタイプとは違い、あえて手がかりを残し、捜査を攪乱させる方法をとるタイプだ。そして、この犯罪は連続殺人にも関わらず、圧倒的に情報がなさすぎる」
「……?」
木下には石原がなにが言いたいのか、よくわからなかったのでなにも言えずにいた。
「連続殺人犯には動機はなく、殺すことが動機、自分が楽しむために殺す。そう言われているが、この事件には明らかにそれとは違う。また、殺害方法はなんだ? 日本の警察は優秀だ。その優秀な組織がどうやって殺したかの手がかりもつかめないわけがない。“上”が情報を隠してる?」
自問自答、というよりは、自分の中の推理を反芻しているようだった。
黙っていた木下は少しずつ、確信に近づいている石原の刑事としての才能に恐ろしくなってきた。
「いや、マスコミに注目されている中で、焦りこそ見せてるものの、秘密裏に解決しようとしているような動きはない。おそらく、初動捜査でつまづいている。殺害方法も俺たち“下”には降りてこないだけで、なんとなくは掴んでいるはずだ。だが、おそらく、殺害方法自体は捜査に関係はない。犯人は被害者を心臓麻痺で殺すことにこだわりがあるが、そこに手がかりはない」
この人はどういう思考回路をしているのだろう。
これが刑事なのか。
いや、この人もまた何人もの犯罪者という深淵を覗いてきたため、思考が犯罪者に近づいているのかもしれない。
そこで、ふと、冷静に戻ったのか、石原は木下の方をむく。
「それで? 犯人はどこに住んでいるって?」
「ああ、そういえば」
メールを受信するバイブの音を忘れていた。
スマホを確認して、メールに添付されている写真を見る。
「!」
そこには、殺害された女性の死体の写真が並べてある部屋が写っていた。
そして、メールにはその部屋らしき住所が記載されている。
「これをみてくださいっ」
あわてて、石原にスマホの画面を見せる。
「……っ!」
石原もこれは驚く。目を疑うように、木下のスマホを両手でつかみ、わなわなと手を震わせる。
「この住所に行けば犯人がいるのか?」
「ええ、犯人が帰ってきたからって電話を切られましたし」
「そうか。なら、急ぐか!」
「待ってくださいっ、二人では危険です。応援を呼びましょう!」
急に弱腰になった木下は青い顔で訴える。
「だが、その情報屋もちょうどいま、危険な目にあってるかもしれないじゃないか」
「大丈夫です! 彼は逃げるのは得意ですからっ! そこは心配してません」
いつになく真剣な表情の木下に圧倒されて、石原も言葉につまる。
「……むう? よくわからんが、それなら急いで家宅捜査礼状をとってもらうよう、課長に報告が先か?」
「オッケーです。急いで署に戻ります!」
木下が覆面パトカーのエンジンをかけると、急発車して署へ向かった。
「なに! それは本当か!」
木下たちの報告をうけた近藤課長が、勢いよく立ち上がって大声をあげた。
「間違いありません。こちらが証拠です」
懐からだしたスマホの画像を課長に見せる。
「ううむ。確かに、これは犯人にしか撮ることができんな。しかし、この住所とこの画像を結びつけるものはないのだろう?」
「そんなの、行けばわかりますよ。一気に行きましょう、一気に」
熱気盛んな石原がうずうずしながら課長に詰めかける。
「しかし、我々は待機と本庁から言われておるからな……」
「上に報告したら、絶対、本庁の連中だけで向いますよ。これは俺たちが掴んだネタです。俺たちに行かせてください」
「……勝算はあるのか?」
「信頼のおける情報です。絶対、犯人に繋がる物証を見つけてみせます」
「…………」
課長は木下と石原の顔を見定めるようにみつめて、何かを考えているようだった。ふたりはそれをじっと待つ。
「よかろう」
たっぷりと入った水が湯になる時間がたち、課長の重い口が動いた。
「だが、物事には手順というものがある。捜査令状をとってからだ。それには時間がかかる。明日の早朝、七時に家宅捜査へ入る」
「そんな。逃げられちゃいますよ」
「まだ犯人にもこちらが情報を掴んでいると気づかれていないだろう。木下、そうだな?」
「え? ええ、まあ、たぶん」
「はっきりとせん奴だな。そういうわけだから、まずはその家の住人の名前とか情報を整理してからだ。捜査員の選別や配置のシミュレーションもせんといかん。みんなも、そのつもりで頼む」
刑事課の面々が神妙な顔でうなずく。
本庁から待機の指示には、みんなも鬱憤をためていたようだ。
「それから、これは本庁に極秘の任務だ。くれぐれもバレないようにしてくれよ」
「「はいっ」」
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