第14話 尾行(前半)

七月も後半になると、学校も夏休みに入るようで、平日の夕方でも学生らしい若い男女たちが私服や制服で街を歩き、青春を謳歌していた。

女子高生たちは、いま流行のタピオカドリンクを飲みながらわいわい楽しそうに騒いでいる。

そんな中、夕方になっても熱気が冷めやらぬ駅前を汗一つかかず、平然とした表情で歩く男。そして、それをだるそうな顔で追う男。

駅近の商店街を抜け、夜に備えてまだ暖簾の出ていない個人経営の居酒屋を過ぎ去り、男は適当にゴミが捨てられている裏路地を歩く。

先頭を歩く男は安藤進。

木下と同じ警察署の古株で、彼を尊敬している刑事も数多い。

そして、その後を尾行するように追っているのは日下部真。

非合法の依頼をよく引き受けていると後ろ暗い噂の多い“日下部探偵事務所”の所長。いまは木下に頼まれ、連続殺人犯と思われる安藤の後を尾けていた。

商店街から三百メートルは歩いただろうか。

人気のすくないわりに車どおりは多い狭い道を抜けると、少しさびれたマンションの中へと入って行った。

途中、何度か後ろを振り替えられたが、気づかれることなく目的地へ辿りつけたようだ。

だが、問題はここからだ。

安藤はポストからチラシや書類を取り出し、自室へと向かう。ここで部屋番号を見逃しては探偵として三流だ。

エレベーターで降りた階数を確認すると、あわてて階段で着いていく。

到着すると、安藤はちょうど部屋の前に立ち、鍵を開けるところだった。

305号室。

三階の一番端っこの部屋。

いそいで、日下部は安藤が部屋に入るところを写真に撮ろうとカメラをむけるが、安藤はさっさと部屋に入ってしまい、撮ることはできなかった。

仕方なく、自宅へ戻った時刻と部屋番号、道中で気になった事を木下へ伝えるためメモを書きだす。

「……ん?」

メモの整理をしていると、ふと、日下部は違和感をおぼえた。

時刻は六時を過ぎた頃。陽が落ちるのが遅い時期とはいえ、周りの家々では電気を点ける時間帯だ。

しかし、安藤が部屋に入ってから五分たっても、電気を点けていないのか、光りが一切漏れていない。

カーテンを閉めていたとしても、安藤の部屋の上の階も下の階もカーテンはしてあるが、かすかに電気が灯いているのがわかる。

中から外へ光が漏れないよう、完全に遮断しているのか。

もう少し近づいて探ってみようか、日下部が考えた時、部屋から安藤が部屋から出てきた。

コンビニに買い物かと思ったが、部屋に入った時と同じ、まるでこれから出社でもするのかという格好だった。

日下部の違和感はますます強まる。

これから出かけるというのなら、好都合だ。部屋の中を調べさせて貰おう。安藤の尾行はひとまず中止して、部屋の物色へと頭を切り替える。

安藤がエレベーターで一階まで降りたのを確認すると、日下部は周りを伺いながら、安藤の部屋の前に近づき、急いでピッキングする。


かちゃっ


鍵の開いた音が鳴ると、すぐにドアを開けて中へ入る。

電気を点けるわけにもいかないので、携帯のバックライトで辺りを照らす。

廊下を抜け、奥の部屋にたどり着くと、部屋全体が木の板で舗装されており、これでは電気を点けても外に光が漏れないわけだ。

「…………っ!」

最初見た瞬間はそれがなにかわからなかった。

しかし、目が薄暗い光に慣れていくと、写っているものの正体が鮮明になる。

「これは、死体か」

つい、独り言が漏れる。

非合法な依頼を請け負う事が多い日下部にとって死体は見慣れないものではなかったが、それでも、これだけ多い死体の写真を見たのは初めてだった。

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