第13話 死者からのメッセージ
『佐藤里奈は下校途中、何者かに襲われ殺害。
死亡推定時刻は七月二十日午後十時頃。
所持品、所持金などは無くなっておらず、物取りの線はないと思われるが、被害者の普段かけていたメガネだけがなくなっている。
被害者は部活が終わる午後五時半に学校を出て、その日の夜に殺害されたと思われる。
死因は心臓麻痺。七月二十一日、被害者の家から五キロほどの公園で発見される。
着衣の乱れや体液も無いため、強姦の線もなし。
家族・友人の証言からも誰かに怨まれている可能性も見あたらず、怨恨の線もなし。
動機と思わしきものは特になく、通り魔による犯行の方向で捜査する。
なお、今回は本庁と所轄の合同捜査であるが、所轄は後方支援。
ここのところ、一部の職員による独断専行が目立つ。
規律を正して、義務を執行してほしい。以上』
木下は捜査資料を読みながら悩んでいた。
犯人はわかったが、犯行手段と動機、行動パターンがまったく読めない。
動向は日下部が尾行してくれているので、そのうちわかると思うが、先日犯行が行われたばかりなので、しばらくはおとなしくしているだろう。
そうなれば、せっかくの尾行も無駄になるかもしれない。
日下部のことだから、なにかしらのヒントは手に入れてくるかもしれないが、決定的な証拠が出て来る可能性は低そうだ。
かたかたかた……
木下が座ってる目の前のテーブルと水の入ったコップが震えている。
「ん?」
地震か。しかし、周りをみても、震えているのは木下のテーブルの上のコップだけだ。
かたんっ
触れてもいないのに、急にコップが倒れた。
「!?」
捜査資料に水がぶち撒かれたが、まるで、水が特定の文字だけを選んでいるように、滲んで消えていく。
文字がかすれてない所を読んでみる。
『佐藤里奈は下校途中、何者かに襲われ殺害。
死亡推定時刻は七月二十日■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■か■■■■■■ネ■■がな■■■■■る■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■午後五時半■■■■■に■■殺害された■■■■■■
死因は心臓麻痺。七月二十一日、被害者の家から五キロほどの公園で発見される。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
動機と思わしきものは■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■正■■■義■■執行■■■■■■■』
「…………」
これは明らかになにかを伝えたい意志を感じた。
ふと、向かいを見ると、佐藤里奈がうつむいて座っていた。
やはり彼女のしわざか。
木下は佐藤里奈のポルターガイスト現象には慣れたと思っていたが、これには絶句させられた。
「死亡推定時刻が午後五時半? 報告書には午後十時とあるが……」
空白の四時間弱はなにを意味しているのだろうか。
アリバイつくりか。それとも、別の意図があるのか。
そして、この『かネがなる』というのはなんだ?
「……鐘か!」
東京では、夏場は午後五時半、冬場は午後四時半。
暗くなるタイミングで、夕焼けチャイムを子育て支援課の方で鳴らしている。
殺される瞬間、彼女はそれを聞いたのだ。
しかし、それはアリバイを崩せる証拠にならないし、証言にもならない。
どうしたらいい。なにが手がかりになる。
動機は……正義のため? 余計にわからなくなる。
連続殺人のたぐいは、自分の快楽のためか、罪に対する罰を与え秩序を保とうとするものか。どちらにせよ、自分なりのルールがある。
人を殺す。頭の中で考えたことは誰しもがあるだろうが、実行に移すとなると、相当のエネルギーを必要とする。
完全犯罪をやり遂げようとするのならばなおさらだ。
それを行うことによって膨大な報酬、達成感などがなければ、通常のケースではリスクとリターンが圧倒的にあわない。
安藤の場合は、おそらく後者。
『自分の正義』を行っているという達成感、使命感で連続で人を殺すモチベーションを維持している。
冷静沈着で頭脳明晰。マンガの中だと主人公になれるだろうエリート刑事が殺人犯。よほどのミスがなければ、証拠はでてこないだろう。
やはり、安藤自信を探る以外の手はないか。
「よう、やっぱりここにいたか」
背後から、相方の石原が声をかけてきた。
「あ。石原さん」
『彼女』の隣に石原が座る。
石原に幽霊が見えるわけがないので、触れないか少し焦ったが、すぐに姿を消したので、それは杞憂に終わったようだ。
「会議に出席しなかったから、課長がカンカンだったぞ」
「すみません」
「その資料だって、お前の分を持ってくるの大変だったんだぞ。って、濡れてんじゃねえか」
「あ」
考えすぎて、テーブルの上が水浸しだったのを忘れていた。
あわてて店員さんを呼んで拭いて貰う。
「それで、捜査会議の方はどうなったんですか?」
「どうもこうもねぇよ。情報は本庁に吸い上げられるけど、所轄には回ってこない。おまえ等は足だけ使ってろと言わんばかりに、遺留品の出所を探させられてるが、どれも百円ショップや量販店のどこでも買える代物だ。特定できるわけがない」
よほど鬱憤がたまっているのか、石原はコップに入っていた氷をばりばりかみ砕きながらぼやく。
「死因は心臓麻痺だが、どうやって殺してるかもわからん。死体の周りに花びらを撒き、人気のない公園に遺棄していなかったら事故として処理されてもおかしくなかった」
確かに。まだ若い女性が道ばたで心臓発作で死ぬなどなかなかありえないが、事件性や他殺性がなければ、警察は事故として処理していた可能性は高かっただろう。
海や川で死んでいたら、ほぼ確実に事故案件だ。
それなのに、わざわざ犯罪性を臭わせる所が犯人の余裕なのか、アーティストを気取っているのか。はたまた、警察に対する挑戦か。
「それでは、僕たちは待機ですか」
本庁の指示は、いつもこれだった。
石原もうなずく。
「そうだ。……と、課長には言われた」
「と言うことは?」
「決まってるだろ。俺たちにできることをやるんだ」
テーブルからレシートをつかみ、石原は立ち上がって言った。
そうだ。証拠がないからどうした。
できることをやるしかないじゃないか。
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