第11話 正義の殺し屋②前半

松木優美は十人に聞けば九人が「美人」だと答える。性格も彼女を知る者に聞けば、気を配れる、優しい女性だと言うだろう。

しかし、それは造られた美しさだった。

全身をいじるほどの整形ではなかったが、それなりに費用をかけ、性格も男受けする母なる愛情を振りまく女性を演じていた。

そうして、彼女に近づく男性を誘惑し、虜にして金品を巻き上げる、いわゆる結婚詐欺師だった。

今もターゲットとなる男性とのデートに向かう途中で、ホテルへ行くため、タクシーを拾おうと駅まで歩いていた。

「松木優美だな?」

駅に備え付けてあるゴミ箱に、飲み干したコーヒーのカップを捨てると、そこへ後ろから男性に声をかけられた。

無遠慮な若い男の声に、一瞬驚いたように身体を震わせ、後ろを振り返る。

立っていたのは二十代前半。やや細目ではあるががっちりとした体型で、イケメン。彼もまた、女性にアンケートをとれば多くが好みのタイプと答えるだろう。

だから、松木優美は最初、ナンパかと思った。

しかし、瞬時に違うと察した。彼は自分の名前を知っていたし、なにより、自分を見る目がなんとも不愉快だったからだ。

「……なんでしょう?」

これまで、男性からここまで無機質な物でも見てるような目で見られたことはなかった松木優美はやや、苛立ちながらも穏やかに答えた。

「お前に騙された、高田浩助、三原俊、木崎光。知っているな?」

「貴方、だれ?」

一瞬、顔色が変わったが、すぐに目を細めて逆に問いかける。

「私はその三人に頼まれてここに来た。お前のことは調べさせてもらったよ。その結果、十分に裁きが下せることが判明した」

「はぁ?」

もはや取り繕う気もないのか、微笑の仮面を外した松木優美があきれたような声をだした。

「騙された? 裁き? なんのこと?」

「詳細は言わなくてもわかってるだろう。結婚することをちらつかせ、三人から五百万を越える金品を要求した罪だ」

「罪って、なに言ってるの? 私はあの人たちの好意で貰っただけよ。結婚を前提としたおつきあいなら、当然でしょ」

「しかし、お前は三人の誰とも結婚する気はなかった」

「決めつけないでくれる? 迷っている間に縁を切るって言い出したのはそっちの方なのよ」

「……反省の色なし、か」

男が松木優美に一歩近づく。

「すみません~。警察の者ですが、どうしましたか?」

少し距離をとって見ていた木下が不穏な空気を感じて、二人に近づく。

「あ、刑事さん。この人、ちょっと変なんです~」

警察手帳を見せる木下に松木優美が甘えた声をだして男に背を向けた。その瞬間、すかさず男は松木優美の首の後ろ、うなじを左手で触れた。

「っ! なにするのよっ!」

嫌悪感からか、松木優美は鬼のような形相で男の手をすぐはねのけ、木下の後ろへ隠れる。

「こ、この人、セクハラで逮捕しちゃってくださいっ!」

「いや、それは難しいんですが……。とりあえず事情を聞きたいので、お二人とも署に来てもらえますか?」

「え~っ、私、これからどうしても抜けられない用事があるんです~」

「また結婚詐欺相手から婚約指輪を貰いに行くんだよな」

「あんたには関係ないでしょっ! 私、もう行くから!」

「ちょっとっ」

木下が止めるのも聞かず、松木優美は駅の方へ歩きだしていた。

仕方なく男の方を見ると、口に手をあてながら笑っている。

「……失礼、私はこういう者です」

懐から名刺を取り出し、木下に渡す。そこには名前の隣にこう書かれていた。


“貴方の正義、請け負います”

“正義の殺し屋工藤”

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