第10話 死の匂い

連続殺人犯の捜査が本格化し、他の刑事があわただしい、という状況は木下にとって都合がよかった。自分も捜査とかこつけて街を自由に歩けるからだ。

普段、サボり気味の木下が率先してパトロールなどしていたら顔見知りの警官に出会った時によけいな詮索をされてしまう。

まさか、被害者の少女の幽霊にとり憑かれているから真面目に捜査している、などと言えるはずがない。

とはいえ、戦士にも休息は必要だ。この暑い中、たっぷり一時間も歩いたので、木下は近くの喫茶店に入って休んでいた。

汗をかいた後で冷たいコーヒーを一気に飲むとトイレが近くなる。二階のトイレまで上って、用を足して戻ると、佐藤里奈が席に座っていた。

「…………」

まだ慣れない、佐藤里奈の霊の出現に、木下は軽く頭を抱えた。

周りに大勢の人が話している中、自分以外に見えるはずのない彼女に声をかけるわけにもいかず、黙って、佐藤里奈の前に座る。

そこでふと気づいた。目の前にしまったはずのメニュー表が開いていることに。

そこには『季節限定! マンゴー大盛りパフェ』と書かれた写真が載っていた。

「……頼めって?」

独り言のようにつぶやくと、彼女はうなずく。

いや、食べられないでしょ。とは思ったが、断って怨まれても困るので、とりあえず頼んだ。彼女の気が済んだら自分が食べればいい。甘い物は嫌いではない。

「お待たせしました。マンゴー大盛りパフェでございます」

だが、店員が持ってきたパフェはわりと写真通りで、結構なボリュームだった。これを後で食べるのかと思うとちょっとうめきたくなった。

「?」

目の前にだされたパフェを向かい側に押した木下の行動を訝しげに見ていた店員だったが、すぐに「まぁ、いいか」と思ったのか、お辞儀をして去っていった。

佐藤里奈はその殺人的な糖分の塊を前にして、手をあわせ、ずっとにこにこしている。もしかして、食べているのだろうか?

しばらく首をかしげていると、気が済んだのか、彼女が手でパフェを押し当てて、木下に食べるようジェスチャーをする。

言われるがままに、わけもわからず1ミリも減っていないパフェを手元に戻し、一口食べる。

「……?」

もっと激甘いと思っていたが、予想より甘くない。というより、味が薄い。もしかして、彼女が食べた分、味が無くなったのだろうか。

空気を食べているとまでは言わないが、甘くないアイスやクリームをこの量食べるのはなかなかきつそうだ。

半分ほど食べた頃、にこにこしていた佐藤里奈の表情が険しくなった。

「どうかし……」

普通に声をかけようとして、木下は口に手をあて周りを見る。

しかし、周囲の人たちはおしゃべりで気づかれなかったようだ。

佐藤里奈は後ろを振り返り、いま入ってきたばかりの女性を指さす。

見た目は三十路手前か少し過ぎた頃か。女性の色気が漂う美人だった。

彼女は店員から持ち帰り用のアイスコーヒーを受け取っていた。

「うわぁ」

どちらかといえば若い女の子の方が好みの木下も思わず声をだすほどだった。その木下の表情を見て、ちょっと怒ったように両手を振りかざす佐藤里奈。

ブブブブッ

そこで携帯電話のバイブ機能が鳴る。画面を見るとメール着信一件と表記されている。我に返ってメールを見ると、そこには“今の人、殺される”と書かれてあった。

「……っ!」

佐藤里奈を見ると、神妙な顔でうなずく。

霊的ななにか、死の匂いや気配のようなものを感じたのか。

詳しくはわからなかったが、木下はすぐさま席を立ち、急いで会計を済ませた。

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