第9話 超優秀な探偵事務所

「犯人がわかった? しかも、現役警察官だと?」

署に戻って、課長にひたすら小言を言われたあと、木下は定時で帰宅を告げてそのまま日下部探偵事務所を訪れていた。

日下部は木下の言葉を信じられないのか、呆れたようなため息をついた。

「うん。証拠はないけど、ほぼ間違いないと思う」

「……じゃあ、これは意味なくなったな」

鞄から十数枚の紙を取り出して、テーブルの上に置く。

「なに、これ?」

「容疑者リストだよ。前科がないけど若い女にひどいことをしている奴からしようとしてる奴らを昨日頼まれてからすぐまとめてみた」

「はやっ! てか、えええっ、なんでそんなの持ってるのさ」

「うちにはそういう作業が超一流の助手がいるから」

日下部はコーヒーを飲みながら、親指を後ろへむけて言う。

指先では、美咲愛が妹の恋とケーキを食べながらテレビを観ていた。

「それに、お前もうちはそういうイリーガルな仕事やってるって知ってるだろうが。裏の仲間同士になら、横の繋がりが厚いから口も軽くなる。この手の情報はすぐ拾えるのさ」

「じゃあ、それはそれで警察に報告を……」

木下が即座に手をだして、書類を集めようとするが、それを日下部が背中に隠す。

「おっと、それはだめだ」

「なんでさ。女の子がひどい目にあってるんだろ? 警察で保護しないと」

「こういう情報は信用が大事なんだ。俺が集めた情報をすぐ警察に話したという噂が広まったらこの業界かなりやりにくくなる。これはあくまでも『殺人事件』の犯人を特定するための参考資料として扱ってもらわなければこっちが困る」

「そんなこと言ってる場合!」

珍しく、木下は本気で怒っている。

そこには連続殺人犯の正体が身内だという憤りも含まれているかもしれない。

「まあまあ。落ち着けよ。うちにはもうひとり、超優秀な助手がいるだろ?」

「…………?」

「恋」

「なあに?」

ソファーに寝転がっている妹の方が起き上がり、日下部の方を見る。

「ここに載ってるおっさんたちを調べて、犯罪に手をだしているようだったらこらしめてきてくれ」

「はーい」

まだ中学生と言えば通る小柄な身長とあどけない笑顔で書類を受け取る。

しかし、木下は目の前の子どもが、大人数人が束になっても勝てない、尋常じゃない怪力を持っていることを知っていた。

「愛も手伝ってくれ。頼む」

「はいはい。言われなくてもやりますわよ」

姉の方はこちらの方を見ずに言う。

「と、言うわけだ。こっちはこっちでやるさ」

その瞳に有無を言わさぬ色が見えたので、木下もそれ以上はなにも言えなかった。

「話しを戻して。で? その警察のエースさんが犯人だとして、どうやって捕まえるんだ?」

「まずはアリバイ、そして、殺害方法、動機を調べてほしい」

「全部こっちに丸投げかい」

日下部がコーヒーのお代わりを促しながら言う。

「もちろん、僕もいろいろと調べてみるさ。特に動機と、犯行のタイミングを中心に。ただ、この手の事件は、快楽殺人と呼ばれ、異常犯罪者がおこしがちだが、ごくまれに冷静沈着な頭脳犯がおこすことがある。安藤さんの場合は後者だね。こっちの場合は非常に厄介で、動機がないし、アリバイや証拠を見つけるのが難しい。実際、連続殺人事件なのに、手がかりがまるでない」

木下はため息をつく。

「まあ、確かに、殺人に限らず、犯罪は行えば行うほど、捕まるリスクが高まるよな。その行動範囲や傾向を掴みやすい」

「ただ、これまで捜査線上にもあがってないってことは、現役警察官の、しかも現場の捜査員の中では一番偉いと言ってもいい人だからうまく目をそらして、早めに証拠物件を処分してきたんだろうね」

「こりゃ、厄介なやつだな。……まあ、俺でなかったらだけど」

「え?」

「ここは超優秀な探偵事務所だぜ? 優秀な俺は尾行が超得意だから、しばらくその男を張り付いてやるよ。そうすれば現行犯逮捕だってできるかもな」

「君のことだから、心配はしないけど、無理はしないでね。下手に怪我をされたら、愛さんに治療費を請求されかねない」

「ちがいない」

日下部が楽しそうに笑うと、木下もつられて笑った。

木下は佐藤里奈が幽霊となってでてきてから、初めて笑ったな、と思った。

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