第8話正義の殺し屋
「はい。こちら警察です」
石原が電話に出る。
「え? なんですか? 『近所のパチンコ店が出玉操作してるから店長を逮捕してくれ』って?」
一瞬、そんなことで電話かけるなと怒るか、電話を切ろうかと考えたが、深呼吸をして冷静になる。
「……あのですねえ。もうパチンコはだめですよ。規制のせいで出玉の少ない台しか流用されなくなりまして、遊技人口も十年以上も減り続け、それでも利益を出さないといけないので、ますます還元率は下がり、客は負け続ける。都内なんて、換金するだけで一割も取られるからまったくもって勝てる要素がない。ぼったくりどころか、大金をどぶに捨てるアミューズメントと成り下がって、もはや、“ギャンブル”ですらないです。もう止めた方がいいです。まだボートレースの方が頭数が少ない分、当てやすいですよ」
地域密着のおまわりさんをめざしつつ、相手にあわせた会話を五分もしてあげると、相手は納得して電話を切ってくれた。
すると、また数秒後、電話がかかってきた。
「はい。競馬もわりにあわないですよ……。あ、いえ、なんでもありません」
また同じ人からかと思って電話に出ると、今度は警ら課からだった。
「え? 死体遺棄ですか? わかりました。すぐそちらに向かいます。住所は……はい。わかりました。では、しつれいします」
いそいで電話を切ると、課長がこちらをむく。
「どうした?」
「課長、川沿いの草むらで倒れているのをジョギング中の人が発見したそうです。事故か事件かわかりませんが、確認に行ってきます」
「そうか。行ってこい」
課長にそれだけ告げると、石原がスーツの上着を手に取り、走り出した。
「どうだ? 様子は」
石原が現場に到着すると、先に着いていた同じ課の仲間に声をかける。
「ああ。三十分前にジョギング中の男性が人が倒れているのを見つけて、救急車を呼んでくれたんだが、すでに亡くなっていたというんだ」
河原から少し離れた草むらの中、ブルーシートで隠していた死体の顔を見せる。
五十歳を過ぎた頃だろうか。
「死因は?」
「……それが問題なんだ。詳しくはこれから解剖にまわすからその結果まちで、確実なことは言えないんだが、目立った外傷はなし。鑑識の予想では心臓麻痺じゃないかという話なんだが、年齢のわりに健康そのもの。奥さんの話では、心臓に持病を抱えてたわけでもなく、コレステロール値も異常なし。突然死する要素はないようだ」
「ということは、事故や事件の可能性もある?」
「事故はないだろうな。ほら、こうしてただっ広い草むらで倒れていたわけだから。人の通りが少ないから、たまに野球の練習をしている人なんかもいるようだが、昨日今日は雨だったからそれもなし」
石原が顎に手をあててしばらく考えて、口を開く。
「じゃあ、殺された可能性は?」
「わからん。さっきも言ったように、外傷はないからなんとも言えんな。ただ、少し気になることがある」
「気になること?」
「ああ、被害者は中堅企業の社長さんなんだが、こう見えて女癖が悪かったようだ。複数の愛人がいたらしいんだが、妊娠させても認知もしないし、少額の手切れ金を払ってあとは知らぬ存ぜぬを決めてたらしい。女の子たちから殺してほしいと言われるほどには怨まれてたようだ」
「あ~。それはひどい奴だな」
石原が再び、死体にブルーシートをかけながら答える。
「それでだ。お前は聞いたことあるか?“正義の殺し屋”の存在を」
「正義の殺し屋?」
「そう。実は、ここ何件か、原因不明の心臓麻痺で死んだ人たちはその正義の殺し屋とやらが殺したという噂があるんだよ。それも、この被害者と同じように、人から怨まれている人ばかり。その男に、愛人たちがこの社長さんを殺してくれと依頼していたとしたら……」
そこまで言って、石原に顔を近づけ、小声でささやく。
「ここだけの話だが、そいつはどうやら触れただけで人を殺すことができるらしいんだ」
「触れただけで?」
「そう。電気ウナギのように、電気を放出して、触れた相手を心臓麻痺にできるって話だ」
「だから、この被害者を殺したのはそいつ、ということか」
「そう。ただ、噂だし、本当に存在しているかすら謎だがな」
「こいつの愛人に聞いても憎い奴を殺してくれた恩人のような相手のことを素直に答えてくれるはずもない、か」
たとえ、複数の人間から怨まれていたとしても、これが殺人事件ならば、警察としては捜査をしないといけないわけだが、外傷もなく、事件性も薄いこの状況では上は殺人と関連はないと判断し、心臓麻痺の事故として処理するだろう。
「正義の殺し屋……ねぇ」
自業自得、とまでは言わないが、同情できない被害者に向かって、石原は一言つぶやいた。
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